初デート
「あ! ちょっと待った!」
せっかく手をつないで歩き出したけど、流れを止めたのは俺だった。
「どうしたの?」
彼女が不思議そうに首を傾げた。
「制服でウロウロしてたらまた警官に追われる。俺ら着替えたほうがいいんじゃね?」
「そうだね……」
俺の提案に彼女は顎に手を添えて少しだけ考えるそぶりを見せたかと思ったら、パッと目を見開いた。
何かいい考えでも浮かんだんだろうか。
「私…朔哉くんとデートする時、どうしても着たかった服があるの」
デートって言葉にドキリとする。
そうか……これはデートか。
自然と顔がほころぶ。
が、今はにやけてる場合じゃない。
「いったん家に帰りたいけど……」
彼女は不安そうに俺の顔を見た。
ん?
一瞬何を戸惑っているのかと思ったが、すぐにその理由を思いついた。
『俺』死んでるんだっけ。
そんな奴がウロウロしてたら大騒ぎになる。
「俺、ここで待ってるよ」
わかった、じゃあ、って言葉が返ってくると思ったが、彼女は俺の顔をジッと見たまま動かなくなってしまった。
しかも物凄く不安そうな顔をして……。
あれ、俺なんか間違ったか?
そう思ったとき、俺の手を握っていた彼女の手にギュッと力がこもった。
「離れ……たくない」
ズキューン――。
今俺の心臓は確実に彼女に撃ち抜かれた。
「で、でも、俺……」
君のご両親とかに顔バレしてるよね。そんな俺がのこのこ彼女と手をつないで現れたら、警官に追われるだけじゃすまなくなるんじゃ……。
「――ッ!」
彼女は必死に涙をこらえていた。
「ご、ごごごごごごごめん。えっと……その……」
戸惑う俺に、彼女は涙をぬぐって気丈にふるまう。
「私こそごめんなさい。変なこと言って……。でも、この手を離したら、朔哉くんが消えちゃいそうで……怖くて……」
俺……ホント馬鹿。自分のことばっかりで、彼女のこと何も考えてなかった。
ひとりで浮かれてはしゃいで……サイテー。
彼女には悪いが、消えてしまえるなら、今すぐににでも消えたい。
でも今は、ほんの少しでも彼女に償えるのなら、彼女が求める『俺』でありたい。
神様はそこまで非情じゃないだろ?
「大丈夫。ぜったい消えたりしない。どんなことをしてでもここで待ってる。俺のこと信じて」
じっと俺を見つめる彼女の瞳。
悲しみに揺れていた瞳が、少しだけ笑みに染まる。
「うん」
彼女はうなずくと、名残惜しそうにつないでいた手を離した。
「すぐに戻ってくるから……だから、待ってて」
「うん」
俺は力強くうなずいた。
勢いよく走りだした彼女の背中に声をかけた。
「ずっと待ってるから、慌てなくていいから――」
「絶対無理をしないこと! でしょ」
彼女は俺の言葉を奪うと、にっこりと笑った。
やっぱり、彼女は笑った顔のほうが断然可愛い。
思いのほか早く戻ってきた彼女を見て、俺は息が止まった。
少し大きめのサイズの白いパーカーにブルーのチェックのロングスカートを穿いた彼女の姿に、俺の心臓は二度目の銃撃を受けた。
目の前でほほ笑む彼女は本当に『俺』の『彼女』なのか?
信じられん。
彼女は俺の姿を見るなりホッと安心したように息を吐き出した。
俺は目が離せなくて、ジッと彼女のことを見つめていた。
すると、少し頬を染め俺の顔を見る彼女。
「ヘン……かな」
ヘンなのは俺だ。
家に帰るわけにもいかないから、とりあえず制服のブレザーを脱いで持っていたジャージを羽織った。
こんな奴と一緒に居る彼女が可哀そうだ。
そんなことを思っていたから、返事ができなかった。
それを、彼女は違う意味で受け取ってしまった。
「どうしよう……似合わなかったのかな……」
ブルブルと首が取れるんじゃないかってくらい俺は首を振った。
似合ってないんじゃない。
「すごく……似合ってる」
「ホントにぃ~」
疑いのまなざしを向ける彼女。
「ホント、俺、ウソつかない」
どう答えていいかわからなくて、でもまた黙ってしまうとヘンに誤解されてしまうから、とりあえず思ってることを口にした。
そしたらカタコトの日本語が口からでた。
冴えない奴……自分でも情けない。
でも、彼女は喜んでくれた。
「良かったぁ~。似合わないって言われたらどうしようって思ってたから、朔哉くんに似合うって言ってもらえてホッとした」
すると、彼女は俺に手を差し出してきた。
「お待たせ。行こ」
遠慮がちに差し出した俺の手を、彼女はギュッと握った。
そして、ハンバーガーショップに行った。
おいしそうにハンバーガーを頬張る彼女は、俺の視線に気づいたのか恥ずかしそうに俯いた。
「食い意地のはった女だなって、呆れてる?」
「まさかっ! おいしそうに食べるなって思ってさ。こっちまで幸せな気分になる」
「朔哉くんと食べると何でもおいしくなるの」
ストレートな言い方に、俺は飲んでいたコーラを思わず噴き出した。
キャァーと照れるながらも、すごく楽しそうに笑う彼女。
彼女を見ているだけで、胸が高鳴る。
「もうひとつ、お願いがあるんだけど……」
彼女のお願いなら、もう何でも聞いてあげたくなる。
「何?」
彼女は少し恥ずかしそうに俯いた。
「何か記念に……おそろいの物が欲しいんだけど……」
か、かわいい。嫌なわけがない。
「な、何にする?」
思わず食い気味に聞いてた。
彼女は嬉しそうにニッコリ笑った。
俺はもうその笑顔だけで、充分幸せな気分になれた。
イロイロ考えた挙句、おそろいのスマホケースにすることにした。