表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

『俺』だけど、俺じゃない

 ちょっと無茶しすぎたかな……。

 彼女の息が荒い。


「やっぱり病院へ行った方がいいんじゃない?」

「だ……いじょうぶ……だから」


 逃げるって言ってもどこにも行く当てもなく、俺たちは小高い公園に居た。

 公園のベンチに座って、かれこれもう十分以上経つのに、彼女の息はなかなか整わない。


「でも――」


 言い募ろうとする俺の口を、彼女は両手で覆った。


「やっと会えたのに、また離れ離れになってしまうのは……イヤ」


 彼女の真摯な瞳に見つめられてドキリとする。


「本当に大丈夫?」


 しつこく聞く俺に、彼女はクスっと笑みをこぼした。


「……心配性なのね」


 だって……。


 彼女は、か細くて儚くて、今にも消えてしまいそうだから。


「大丈夫よ。朔哉くんは絶対に私を死なせたりしない。そうでしょ?」


 彼女は自分の心臓を指さしてそう言った。

 そう言えば、心臓移植したって言ってたっけ。しかも……。


「君の中に『俺』は居るんだよね」


 彼女はゆっくりと頷いた。


「ずるいよ……」


そのひと言が、彼女の中で塞き止めていた思いを溢れ出させた。


「また明日、じゃあねって、そう言って別れた。でもそれっきり……朔哉くんとは会えなくなっちゃった。朔哉くんに会いたいから、辛くても苦しくても頑張ってきたのに、気付いたら私の中に居て……私が生きることを諦めたら……朔夜くんも死んじゃうから……でも、会いたくて逢いたくてあいたくて……どんなに願っても会う事は叶わなくて、私の中に居ても朔哉くんのぬくもりは……全然伝わってこないの……。どんなに耳をすましても朔哉くんの声は……聞こえないの……声が……聞きたいのに……」


「……ごめん」


 謝ってもどうにもならないことだけど、謝らずにはいられなかった。

 彼女をこんなに悲しませているのは、まぎれもなく『俺』なんだよな。

 でも、俺じゃあ彼女の涙を止めることができない。

 彼女が求めているのは、俺じゃないから。

 それならどうして俺はここに居る?

 俺は何のためにここに居る?

 彼女を悲しませるためか?


 だとしたら、むごすぎるだろ。


「……朔哉……くん?」


 戸惑う彼女の声でハッとする。 

 気づけば彼女を抱きしめていた。


「うわぁ……ごごごごごごごごめん」


 慌てて彼女から離れたけど、自分でも予期しない行動に驚いて顔が火照った。


「……あなたが悪いわけじゃないのに……ごめんなさい」


 謝る彼女に、俺は返す言葉が見つからなくて俯いた。

 すると、彼女は大きく深呼吸すると、涙をぬぐった。


「お願いがあるんだけど……」


 彼女が少し言いにくそうに口を開いた。


「何?」

「今から、あなたの時間を私にくれる?」


 上目づかいに聞かれ、顔がカーッと熱くなった。

 慌てて視線をそらし、コホンと咳払いしてごまかす。

 俺の時間なんて惜しみなくあげられるけど、俺の反応を楽しんでいる彼女にささやかな抵抗を試みる。


「ひとつだけ約束してくれるなら」


「具合が悪くなったらすぐに言う事、でしょ?」


 俺が言おうとしていたセリフを彼女が奪った。

 よほど俺が驚いた顔をしていたのか、彼女はいたずらっぽい笑みを浮かべた。


「これ、朔哉くんの口癖だもん、分かってる。ちゃんと約束する」


 そう言うと、彼女は小指を目の前に出した。

 彼女は俺の顔をジッと見た。何かを待っている様子だけど、俺には彼女が何を待っているのか分からなかった。

 すると、彼女は俺の小指を掴んで自分の小指に絡ませた。


「や・く・そ・く」


 ね! そう言って笑った彼女に思わず見とれた。


 こんなに可愛い子が、マジで『俺』の彼女かよ。信じられん。

 と思ったのもつかの間。


 ギュルルルルルルルル~。


 色気もそっけもない音が響いた。

 マジか……なんでこんな時に腹が鳴るんだよ。確かに朝からろくなもん食ってないけど、今鳴らなくてもいいだろ。


「何か食べに行こ」


 脱力する俺に、彼女がニッコリほほ笑んだ。


 マジでいい子。惚れるはずだよ『俺』


 っていうか、なんでこんなにいい子が『俺』の彼女なわけ?


 謎だ。謎すぎる。俺がこの世界に来たこと以上に謎だ。


 考え込む俺の顔を、心配そうに彼女がのぞき込んできた。


「どうしたの?」


 きょとんとした目で俺の顔を見る彼女。


 か、かわいいぃぃぃぃ。


 思わずく言葉をこぼしそうになって慌てて口を押えた。


 こっちの『俺』はどうだったか知らんが、俺の人生の中では未だ『彼女』という存在が居た経験がない。


 耐性のない俺にはかなりしんどい。

 ってか、テンパるばっかりでどうしていいのかわからん。


 するとクスクスクスクス笑う声が聞こえてきた。


 見れば彼女が笑っていた。


「えっと……」


「ふふ……ごめんなさい。なんか懐かしいなと思って」


「え?」


「初めて話をした時も、朔哉くん、ずっと下ばかり向いて私の顔見てくれなかったな~って」


 そうか、こっちの『俺』も女の子に耐性がなかったんだ。

 なんか、安心した。


「ご、ごめん……。女の子と話すの慣れてなくて……」

「うん、知ってる」

「そ、そっか、そう……だよな」


 そりゃあ、そうか。二人は恋人同士だったんだから当然だよな。

 俺、バッカみて。自分に嫉妬してる俺は、いったい何なんだ?


 俺なのに『俺』じゃない。

 当たり前だけど、俺が知らない彼女を知っている『俺』のことが憎くて仕方がない。


「でも……」

「え?」

 

 聞き返した俺に、彼女ははにかんだように笑った。


「私も、朔哉くんと話すとき、いっつもドキドキしてたんだ。いっぱい話したいことがあるのに、朔哉くんの顔を見ると頭の中が真っ白になっちゃって、バイバイってしたあと、『あ~今日もちゃんと話せなかったな』って後悔してた」


 そう言って笑った彼女は少しだけ寂しそうだった。


「だから、今日は後悔しないようにたくさんお話したいの。聞いてくれる?」


「もちろん」


 即答してた。

 それがまた恥ずかしくてうつむいてしまった。


 そして、またしても邪魔な虫が鳴いた。


 ギュルルルルルルルル~。

 

 ホント、マジで、ちょっとは空気読め! 腹の虫!


「ごはん食べに行こっか」


 彼女は満面の笑みを浮かべて俺の手を握った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ