僕を傷つけていいから[安西の視点]
下りてきた時には、華君はもう帰っていたようだった。
コンコン
「はい」
僕は、扉を開けた。
「晴海、体調はどう?」
「美矢、帰って」
「どうして?」
僕は、晴海に近づいた。
触れようとした、手を払われた。
「一人にしてくれ?」
「腕が、おかしいのか?」
「俺に、構わないでくれ」
晴海は、左手で僕を押す。
「構うよ。僕は、晴海の彼氏だから」
「別れてくれていい。一人でいたい。じゃないと、美矢を傷つける。帰ってくれ」
左手で、必死で僕を近づけないように頑張っている。
「晴海、僕がいるから」
暴れる晴海を引き寄せて、抱きしめた。
「離してくれ、帰ってくれ」
「嫌だ」
自分でもビックリするぐらい大きな声を出してしまった。
「ごめん。驚かすつもりはなかったんだ。」
晴海の左目から、涙が溢れ落ちる。
僕は、その涙を拭った。
「晴海が、こうなったのは僕のせいだね。ごめんね。出会わなければ、晴海は今も幸せだったよね」
晴海は、僕の手を掴んだ。
「何で、そんな話をするの?華か兄貴に何か聞いたの?」
僕は、晴海に見つめられると嘘がつけない。
「違うよ。晴海を傷つけた人に今日、会ったんだ。その人は、僕のせいだと言った。晴海が二つの目で、僕を映せない事を喜んでいたよ。」
僕は、晴海の目の包帯にそっと触れながら、涙を流しながら晴海を見つめていた。
「そんな…」
「ごめんね。晴海に嘘はつけない。」
「美矢、俺は…。俺は…。」
晴海の手は、震えている。
その震える左手で、僕の頬に触れる。
「美矢を色んな場所に連れて行ってあげたかった。美味しいものを食べさせてあげたかった。でも、もうどれも出来ないんだよ。」
自分の手が、元に戻らないのに気づいて晴海は絶望していた。
「一緒に住もうか?」
僕の言葉に、晴海は驚いた顔をした。
「晴海とやりたい事がある。連れて行きたい場所がある。自分の人生を諦めるのは、その後にしてもらえないだろうか?僕が、晴海としたい事を全部やった後にしてくれないかな?」
晴海は、僕の言葉に涙を流す。
「美矢は、俺が生きていきたくないと思ってる気持ちがわかるんだね。」
「わかるよ。だから、生きていてくれとは言わない。ただ、それをするのは、僕が晴海にしたい事を全部してからにして欲しい。駄目かな?」
晴海は、首を横にふってくれた。
「ごめんね。僕の我儘に晴海を巻き込んでしまって…。」
晴海は、また首を横にふってくれる。
「一緒にいると美矢にあたる。傷つける。」
「いくらでも、僕を傷つけてくれて構わない。だって、僕が晴海から人生を終わらす権利を奪ってしまうのだから…。その罰は、受けるよ。」
「美矢、どうしてそんな風に言うの?」
「愛しているから生きてくれなんて、厚かましいお願いを僕は、晴海にしてしまっている。ごめんね。僕は、身勝手だね。晴海から、人生を終わらす権利を奪ってまで、自分の傍にいて欲しいと思ってる。」
晴海は、僕の手を握りしめた。
「そんな権利は、おかしいよ。普通は、生きてくれって言うんだよ。美矢」
「死にたかった僕は、そんな言葉を晴海に言えないよ。それを言えるのは、生きる事しか考えた事のない人だけだよ。」
晴海は、僕の胸に顔を埋めた。
「美矢が、やりたい事、全部叶えてから…。俺の人生をどうするか
を決めるよ」
僕は、晴海の言葉に晴海を抱きしめる。
「ありがとう。僕は、晴海とやりたい事が、たくさんあるんだ。」
晴海は、僕から離れて右手を差し出した。
「美矢、二日も経ったのに変なんだよ。」
僕は、晴海の右手を触る。
「自分の腕じゃないみたいなんだよ。」
「少しだけ触ってもいい?」
晴海は、頷いた。
僕は、右手を優しく擦った。
「もう、料理を作れないのがわかる。美矢、料理は僕の命だったんだよ。」
「そうだね」
僕は、晴海の右手を握りしめた。
この手が、僕に触れた。
この手が、あの美味しそうな料理を作ったのだ。
晴海の絶望も苛立ちも悔しさも悲しさも、全部、全部、僕にぶつけてくれていいから…。
僕は、口が裂けても言えない言葉を晴海を抱きしめて心の中で呟いた。
愛しているから死なないで…




