安西さんの想い[星の視点]
安西さんは、冷蔵庫から何かを取り出してもってきた。
「ぬか漬けだよ」
そう言って、僕と月に渡した。
「うまいな」
「ほんとに美味しい」
安西さんは、笑ってる。
「挫折からうまく乗り越えられなくて、貯金も底をついて、いよいよ人生にピリオドをうつしかないかな?って思った時に、霧人のお兄さんがやってきた。そして、僕にあの場所の絵を描かせる事と、簡単に出来る料理を教えてくれたんだ。」
そう言って、安西さんはぬか漬けを食べている。
「美矢君、キャンバスはそれだけじゃないんだよ。そう言って、天の川カフェの料理の盛り付けをさせてくれたんだ。」
「確かに、あの店のメニューは素敵だよな」
「橘も食べた事あるんだな。そうだよ。霧人のお兄さんは、お皿のキャンバスに絵を描く事を教えてくれた。だから僕は、リハビリを頑張って、絵を描こうと思ったんだ。僕は、なぜか新しい道を示してもらったら、急に元の道に戻りたくなったんだ。」
「安西さんは、晴海君に新しい道を示してあげたいんですか?」
僕の言葉に、安西さんは頷いた。
「霧人のお兄さんが僕にしてくれた事を、僕もしてあげたいって思ったんだ。晴海が、抱える苛立ちも悲しみも絶望も全て受け止めてあげたいって思ったんだ。」
「安西なら、出来る気がするよ」
「橘…。ありがとう」
安西さんは、月に笑った。
「じゃあ、俺達はそろそろ帰るわ」
「僕も、明日から美咲さんの店の絵の打ち合わせだから…。今日は、早めに休むよ」
「ごちそうさま。じゃあな」
僕達は、安西さんの家を出た。
「月、晴海君、大丈夫かな?」
「安西がいるから、大丈夫だろ」
月は、そう言いながらスマホで何かやり取りをしていた。
「明日、婆ちゃんと爺ちゃんに会いに行ってくるよ」
「うん、行ってきなよ」
「星、色々ごめんな」
そう言って、月は手を繋いでくれた。
「晴海君が、落ち着いてからでいいから…。結婚式」
「そうだな。俺が、いなくならないように祈っててくれよ。」
月は、そう言って僕の頭を撫でる。
「晴海君の目、本当にもう無理なのかな?」
「そうだよな。技術があるから、何とかなりそうなのにな。」
「腕は、また使えるようになるよね。晴海君の料理大好きだから、また食べたいよ」
「そうだな。でも、今はきっとそれがプレッシャーに感じるんだろうな。」
そう言って、月はまた立ち止まってスマホをいじっていた。
「星、今日は久々に二人で飲まないか?」
「飲み過ぎは、注意だよ」
「意識なくなるまでは、飲まないよ」
「じゃあ、早く帰ろう」
そう言って、僕は月を引っ張った。
電車に、二人で乗る。
一緒に家に帰ってくるだけで、こんなに幸せだなんて
「明日は、朝早くに行くから、ゆっくり休んでていいからな」
月は、僕の頭を撫でながら言った。
「わかった」
「何か、お腹すいたな」
「何か、作るよ、座ってて」
「うん、わかった」
月が、そこにいるだけでテンションが上がる。
晴海君も安西さんと幸せになりたいって思っただけなのに、何でこんな事になるのかな。
僕は、冷蔵庫を見る。
しょうが焼き作れる。
それにしよう。
ふたつの目で見える世界と片目を閉じた世界は、まるで別の世界だった。
晴海君が、これから進んで行く事になる道は苦痛しかない気がして仕方がない。
安西さんが言っていたみたいに、晴海君も苛立ちを抱えているのだろう…。
順調にいかないのが人生だとしても、落ちる穴は浅い方がいいに決まってる。
僕は、しょうが焼きを作った。
「できたよ」
月は、またスマホをいじっていた。
「うまそうだな。いただきます」
僕は、月にビールを渡した。
もう、深い落とし穴はいらない。
僕は、月にピッタリくっついた。
「どうした?」
「幸せだなって思って」
「そうだな」
月は、笑って僕を抱き締めてくれた。
僕と月は、下らない話をしながら飲んだ。




