暫く休むから[詩音の視点]
病室にはいると晴海は、俺達を待っていた。
「話があるんだ。」
左目だけで、俺達をジッと見つめる。
「話って何?」
「暫く、海の華を兄貴に任せたいんだけどいいかな?」
「晴海は、どうする?」
「少し休もうと思ってる。」
「退院するまでって話なら、僕一人でも何とか…」
そう言った華の言葉に…。
「違う」
晴海は、怒った声を出した。
『美咲三兄弟は、あんまり怒らないね』
昔から色んな人に言われた言葉だった。
晴海の声に、正直、華も俺も優君も驚いた顔をした。
「ごめん。暫く、料理から離れたいだけなんだ。」
「それは、何でだ?」
「右目の視力の回復が、ほとんど難しいって言われた。正直、運転も好きだから…。受け入れるのが…。それに、珍しく苛立ってる。こんな俺が作る料理が、誰かを幸せに出来る気がしない。」
「晴海、僕のせいだよね。あの日、僕が看板を下げに行けばよかったんだよね。」
華は、ポロポロと泣き出した。
「それは、関係ない。何をどうしたって、起きた出来事をかえる事は出来ないよ。だから、華を責めたりはしない。悪いのは、あの人と俺だから」
「晴海は、何も悪くないだろ?」
「悪いよ」
晴海の左目から、涙がこぼれ落ちる。
「晴海のどこが悪いんだよ」
泣かないつもりだったのに、泣いてしまっていた。
「俺が、安西さんを一番好きな人にしようとしたんだ。あの人は、それを見ていた。一番は、ずっと渚じゃなきゃいけなかったのに…。その気持ちまで奪って欲しいと思ったんだ。それが、いけなかったんだよ。」
「それのどこが、悪い事なんだよ。」
俺は、涙が止められなかった。
兄貴として、晴海のその気持ちは嬉しかった。
「あの人を深く傷つけたんだよ。こんな風にされる程に…」
「何故、被害にあった晴海君が、自分を責めなければいけないのかわからない。」
優君は、泣きながら晴海を見つめて言った。
「俺は、被害者じゃありませんよ。あの人を傷つけた。その報いがこれなんです。罰を受けなければならなかったんです。」
「何の罰を晴海が受ける必要があるの?」
「あの人に、酷い事をした罰。渚より好きになれないくせに、一緒にいた罰」
「そんなの向こうだって、晴海にしたんだよ。好きになれないって、亡くなった人を越える事なんて出来なくて当たり前だよ。それをわかっていて付き合ったんでしょ?」
華が泣きながら晴海を見つめてる。
「華、兄貴、椚さん。もしかしたら、俺はもう料理が出来ないかもしれない。」
「そんな事ない」
「自分の体だから、わかるんだよ。手が、おかしいんだよ。感覚が、戻らないんだ。安西さんは、ゆっくり戻るって言ってくれたよ。だけど、どうしてもそんな気がしないんだよ。」
「戻るに決まってるだろ?昨日の今日で何がわかるんだよ。」
「そうだよ、晴海」
「二人に、何がわかるんだよ」
晴海が、俺と華を左目で睨みつけた。
「さっきも言ったけど、俺、無性に苛立つんだ。今まで感じた事ない程に…。このまま誰かといると傍にいる人みんな傷つけてしまうのがわかるんだ。だから、もうお見舞いとかいいから…。華とも離れて暮らしたい。」
「晴海、そんな事言って、一人になったらいなくなるなんて考えていたら…。兄として、許さないからな」
「兄貴、料理も失くしたら俺、生きていけないよ。わかるだろ?死なない約束なんて、出来ないよ。わかるだろ?」
俺は、何も答えられなかった。
晴海に料理を教えたのは、俺だから…。
「失くしたなら、また見つければいいでしょ?それに、変わる何かを…。そうでしょ?晴海」
「まだ、ギターが弾けるくせに偉そうな事言ってんじゃねーよ。」
晴海の苛立ちをぶつけられて、華は驚いた顔をしていた。
「ごめん。これ以上、みんなを傷つけたくない。帰ってくれ。いつかがあるなら、また。」
「晴海、明日もくるから」
「服なら、外に置いてくれたら取りに行くから」
「晴海」
「もう、出てってよ。みんな」
晴海は、頭を抱えてベッドに横になった。
晴海の痛みを拭ってやれない事をハッキリと感じた。
晴海を絶望から救ってあげれない事をハッキリと感じた。
泣きながら、俺達三人は病室を出て黙って歩いた。




