追い出してよ[栞の視点]
「入って」
大貴が、ホテルの部屋にいれてくれた。
「何か用か?」
冷たく言われた。
「これを返しにきたんだ。」
僕は、紙袋から婚約指輪を取り出して渡す。
「それは、栞にあげたものだからいらないなら捨てて」
「これがあると、縛られるんだよ。だから、受け取って」
「じゃあ、捨てとくよ。それだけなら、帰ってくれ。栞を、もう見るの辛いから…」
そう言って、僕を追い出そうとする。
ビリッって音がして、紙袋が破れた。
中身が、落ちた。
「ごめん」
僕は、しゃがんで拾い集める。
「懐かしいな、この写真」
写真を大貴が、拾った。
「何で、こんなの持ってきてるの?」
中身を僕に渡しながら、大貴が話してきた。
涙が、流れてくる。
「昨日、僕は大貴に嘘をついた。僕の最初も最後も大貴のままだよ。したいと思った人とは、最後まで出来なかった。僕の恋人は、麻美だから…。今日来たのは、大貴とちゃんとサヨナラをしたかったから。ごめん、帰るね」
僕が、立ち上がろうとする腕を大貴が引き寄せた。
バサバサとスケッチブックと一緒に持ってきたものが、落ちた。
「そんな事、言われたら我慢できなくなる」
「えっ?」
「ごめん。出て行かないと、俺、栞を襲ってしまうから」
大貴は、僕から離れた。
「帰って、栞」
「嫌だよ」
「何言ってんの?」
「してよ。」
「駄目だよ、栞」
大貴は、下を向いた。
「して、大貴。僕の中から、大貴を追い出してよ。僕は、今でも大貴と結婚して、大貴の子供が欲しいんだよ。こんな気持ち、もういらないよ。苦しくて、いらないよ」
涙が流れてとまらない。
「栞を抱いたら、また次も抱きたくなる。一回じゃ足りなくなる。だから、駄目だよ。今日一日抱き合ったって足りないんだよ。」
「僕は、ズルい。」
「俺も、ズルいよ。もう、栞とどうにもならないってわかってるのに…。それでも、栞を欲しがってる。ごめん。」
大貴は、僕の頬に触れる。
「あの時は、話せなかったから…。今日は、たくさん話をしようか…」
「うん」
僕は、ズルい。
大貴の肩に頭を乗せる。
「栞、俺達が出会った時の事覚えてる?」
「覚えてるよ、いちごタルト」
「よかった、ちょっとごめんね」
大貴は、立ち上がった。
僕は、スマホを見た。
ごめんね。
暫くは、電源を切らせてね、麻美。
「これ、覚えてる?」
「いちごタルト」
「昨日、買って食べてなかったんだけど…。食べる?」
「うん」
「フォーク、はい」
「ありがとう」
「コーヒー、缶しか買ってないけどいい?」
「うん、いただきます」
僕は、大貴とあの頃みたいに、いちごタルトを半分にして食べる。
「美味しい」
涙が、流れてきた。
「栞の味覚は、かわってないんだな?ついてるよ」
そう言って、唇に触れた。
「あっ、ごめん。味覚なんてかわらないよ。」
「それは、嬉しいね。あのさ、これを一緒に食べた日。俺は、この人と一生一緒にいるんだって思ったんだよ。」
「そうだったの?」
大貴は、グラスにコーヒーを半分いれてくれた。
「俺だけが、栞を好きなんじゃないかって思った。だから、味覚だけでも同じなら、美味しいものを食べるだけでもいいって思ったんだ。」
そう言って大貴は、コーヒーを飲んだ。
「僕も、好きだったよ。出会った日からずっと…。」
「知らなかったな。あの日、栞にキスをしたのは賭けだったんだ。もし、受け入れてくれなかったら諦めよう。そう決めた。栞が、受け入れてくれて嬉しかった。まるで、元々一つだったみたいに、ピッタリくっついたのを忘れられなかった。」
大貴の言葉に驚いた。
「その顔は、同じだった?」
僕は、大貴に頷いた。
「嬉しいね」
大貴は、僕の頭を撫でてくれる。
「もう、戻れないなんて。」
「もう一度だけ、つけてよ。捨てる前にさ」
大貴は、僕の左手をとった。
「つけていい?」
「うん」
大貴は、僕の指に婚約指輪をつけた。
「やっぱり、よく似合っているよ。栞が、捨ててくれないか?俺には、出来ないよ。ほら、売ったりしたらお金にいくらかなるだろ?栞からしたら、はした金だろうけど…。画材道具買うのとかに使ってくれたらいいから」
「出来ないよ」
「栞、何怒ってるの?」
「捨てるとか売れとか勝手な事ばかり言わないでよ。だったら、僕の中から大貴を追い出してよ。」
ガタンっ
「ごめん」
大貴にコーヒーがかかった。
苦しくて、息ができない。
何で、こんなに辛いの…。




