段ボールの中身[月の視点]
栞が、どこかに行くのをついていく。
「物置があるって知ってた?」
「知らなかった」
栞は、そう言って奥から大きな段ボールを押しながら持ってきた。
「今から、キッチンで燃やすからそっち持ってくれない?」
「何で、燃やすんだよ」
「これがあったら、囚われたままなんだよ。」
栞は、泣きながら言う。
「中、見てもいいか?」
「うん」
俺は、中を開けた。
「スケッチブックか」
「下には、写真もある。」
スケッチブックの中を見る。
さっきの彼の絵だ。
あの子供達を描いたみたいに優しいタッチの綺麗な絵。
「お別れしなきゃ、前に進めない」
大量のスケッチブックの下には、アルバムがある。
栞と彼の幸せそうな笑顔が、並んでる。
「これ……」
「返したのに、受け取ってくれなかったんだよ。」
婚約指輪が入った箱。
ネックレス、時計、帽子、マフラー…。
「捨てられなくて、一番奥にしまってた。麻美も、この箱は知らない。」
「婚姻届まで、とってたの?」
「日付書いたら出せるように、準備してた。」
栞の目から涙が流れ落ちる。
「手紙だな」
「うん、半年会えなかったから手紙でやり取りしてた。それも、捨てれなかった。でも、もう燃やす」
栞は、手紙を一枚開けて俺に見せた。
「結婚するのが決まってから、大貴が単身赴任で会えなくてなんとなく手紙をお互いに書こうってなって。これは、最後の手紙。」
栞との未来を想像した内容が、沢山書いてある。
彼は、俺に見せたような人間ではない。
側面だけ見ても、その人の輪郭さえ描けない。
絵と同じだ。
全体を見て、触れて初めてその人を描く事が出来る。
「大貴さんは、栞を愛していたんだな。本気で…。」
「でも、時間は戻せないから…。月、そっち持って」
「栞、捨てる必要なんてないだろ?」
「前を向きたいから」
俺は、栞をとめた。
「栞、彼ともう一度話せよ。」
「もう、話すことなんてないよ」
「気持ちを押さえきれないんだろ?だったら、ちゃんとぶつけてみろよ。二人で、ちゃんと話せよ」
「そしたら、大貴も僕もお互いを欲しくなるだけだよ。麻美を傷つけたくない。麻美を幸せにしたい。」
「栞が、麻ちゃんを大切で大好きなのはわかってる。でも、こんな風に終わらすのはお互いにとってよくないよ。」
俺の言葉に、栞の目から涙がとめどなく流れていく。
「麻美を傷つけたくない。麻美を幸せにしたい。麻美がいなかったら、僕は今を生きていない。」
麻ちゃんを傷つけたくない栞は、そう言うと余計に涙がこぼれる。
「麻ちゃんへの気持ちはわかってる。でも、栞の気持ちは、どうなるんだよ。そんな血だらけの心で、麻ちゃんを幸せにできるのか?栞が、描きたい絵が描けるのか?さっきは、俺が居たから彼も遠慮した部分があると思うんだよ。二人で話せば、もしかしたら違うかもしれないだろ?」
俺は、段ボールの中から婚約指輪を取って、栞に渡した。
「無理だよ、月」
栞は、首を横にふった。
「ちゃんとお別れしなきゃ…。また、求めるんだよ。俺も、流星とそうだったからわかる。終わらすにしても、ちゃんとした方がいい。だから、栞。彼と話すべきだよ」
俺は、栞の手に婚約指輪を握らせた。
「月、麻美を裏切るのが怖い。」
「そうなった時は、そうなった時だから…。今は、考えるのをやめやよう。」
栞の今の気持ちが、俺にはわかる。
俺は、今、星とやっと向き合ってる。
栞にも、そうなって欲しい。
「月、僕。今のままで、大貴に話しをしてくるよ。さっきみたいに、私なんて言いたくない。」
「そうだな。ありのままの栞で話してみろよ。」
「これ、ちゃんと返してくるよ」
栞は、指輪の箱を開けた。
俺は、栞の頭を撫でた。
「全部話してくるよ。僕の気持ちを全部。」
「うん」
「麻美と幸せになりたい気持ちは、本当だから」
「わかってる。」
「だけど、こんな気持ちのままだと麻美を苦しめてしまうから…。ちゃんと終わらせてくるよ。」
「うん」
栞は、段ボールの中から最後の手紙と婚約指輪をつけた写真を一枚とスケッチブック、婚姻届を手に取った。
そして、段ボールを押しながらまた戻していく。
どうやら、それを彼に、持って行くつもりのようだ。




