忘れられない理由[栞の視点]
月は、僕の話を聞いてくれると言ってくれた。
「僕と大貴が、出会ったのは太陽町にあるケーキ屋さんだったんだ。そこは、タルトが有名でね。僕は、一人のクリスマスを過ごす為に買いに行ったんだ。そこに一つだけ残ってたいちごタルトを指差したのは、僕と大貴だったんだ。」
月は、僕の話を優しく頷いて聞いてくれる。
「僕はね、違うタルトにしようとした。そしたら、大貴が一緒に食べない?って聞いてきたんだよ。僕は、頷いた。コンビニでコーヒーを買って、寒空の下近くの公園で二人でいちごタルトを食べたのがきっかけだった。」
懐かしくて、嬉しくて、涙が流れるのに笑顔が浮かぶ。
「僕達は、それからも会って美味しいものを食べたんだ。付き合うなんて、口にしなかった。言葉なんていらないぐらいに、お互いに惹かれ合ってるのがわかった。1ヶ月程経って、初めてキスをした。した瞬間から、ハッキリとわかった。僕の唇の形にピッタリとはまって、くっついた。最初から、僕達は、一つだったみたいに感じた。」
涙が流れてくる、僕はそれを拭う事もせずにビールを飲んだ。
「放れられなくなる。キスだけでそう感じた。大貴のつけてる香水の匂いは、僕が好きな香りで。また、1ヶ月が経った頃。僕達は、肌を重ねた。パズルのピースをはめるように、カチッと全てがはまったのを感じた。体も心もはまった。この人とは、放れられない。そう強く感じた。」
胸が締め付けられてくる。
大貴に、触れられた部分が痛い。
「抱き合えば抱き合う程、僕と大貴の結びつきは強くなっていった。絡まった糸のように強く強く結びついた。だから、あの日、ほどけなかった糸を無理やり引きちぎった。それから、ずっと血を流してるのを感じてる。」
僕は、立ち上がってスケッチブックを取り出した。
「入院中、ずっと、子供の絵を描いていた。月、僕はもうこんな絵を描けないんだ。」
僕は、月にスケッチブックの絵を見せた。
「病気の子供達に、絵を描くのが僕の入院生活の幸せだった。そこにいる、家族が喜んでくれる。それが、幸せだった。なのに、退院した瞬間。描きたくなくなって…。家族連れも見たくなくなったんだ。見ると苦しくて、辛くて…。息の仕方も忘れてしまうんだ。」
僕は、月の腕にしがみついた。
「栞、わかるよ。その気持ちわかるよ。」
「月、それでも僕はまたこんな絵を描きたくて堪らないんだ。」
月は、僕の絵を見て泣いた。
「こんな鳥肌が立つほど美しい作品を、もう二度と栞が描けないなんて…。苦しいだろ?」
そう言って、僕の頬の涙を拭ってくれる。
「大貴に、触れられて脳裏に浮かんだのはこの絵達だった。描ける。大貴に触れられたら…。そう思った瞬間。麻美に対する罪悪感が沸きあがった。月、僕の中に大貴への愛が血を流してるんだ。止め方がわからずに今日まできてしまったんだよ。」
「栞、俺が止めれないか?」
苦しみから自由にしてあげたいと強く月が、思ってくれてるのを感じる。
「無理だよ。だって、僕はずっと。大貴と結婚して、子供が欲しかった。気持ちに蓋をしてたから…。ずっと、気づかないフリをしていたから…。溢れだして止まらないんだよ。」
月は、僕を引き寄せた。
「彼に、抱かれてもいいんだよ。麻ちゃんが駄目だって言っても、俺が許す。世間が何て言おうと俺が許す。そんなに苦しいなら、もう一度触れてきたっていいんだよ。もしかしたら、あの頃と違うかもしれないだろ?」
「月…。でも、わざとあんな事したんだよ。嫌われる為にしたんだよ。大貴の中で、僕を汚い存在にしてもらいたかったんだよ。想い出は、綺麗なままになるから…。破壊したかったんだよ。全部…全部」
僕は、月から離れて立ち上がった。
「月、わかったよ。あれを置いてるから忘れられないんだよ。」
僕は、涙を拭って立ち上がった。




