忘れさせてあげたい[月の視点]
シャワーを浴びる。
「ここに、置いとくから」
「ありがとう」
栞が、声をかけてくれた。
栞が、彼に出会ったのは、俺と二十歳で再会した後だと思う。
俺のせいだ。
あの時、俺が栞に酷い言い方をしたから…。
シャワーからあがって、服を着替えた。
俺の服は、もう洗濯機にいれてくれていた。
タオルで、頭を拭きながら栞の所に戻った。
「僕もはいるよ」
「うん」
水を飲んで、座った。
俺が、ちゃんと栞に向き合っていたら…。
今頃、栞は辛い思いしてなくて、病気だってなってなかったんじゃないか…。
選ばなかった道の先に、幸せがあるような気がするのは…。
選んだ道が、辛すぎるからだ。
栞を選んでいたって、俺は、あの手術を受けてる。
どれを選んでも俺の手術はある。
だとしたら、子供を望めない栞の
苦しみは同じじゃないか…。
だったら、俺が栞を選ぶ道は駄目だ。
一番いいのは、彼を選んで栞が病気にならない道だ。
「月、どうしたの?」
栞は、ビールを俺の前に置いた。
今日は、栞のパジャマ姿にドキドキしてしまう。
栞は、頭をタオルで拭いてる。
「ごめん。俺、変だわ」
ビールを開けて、飲む。
「ドキドキするの?」
栞は、水を飲みながら笑った。
「する」
俺は、そう言ってまたビールを飲む。
「何で?」
「わからない。ただ、栞の中から彼を消してあげたいって思ったら…。ドキドキしてきた。」
「何それ、ハハハ」
栞は、俺から少し離れた場所に座ってビールを開ける。
「子供諦めたくなかったんだよな。凍結出来たら、よかったな。栞の子供は、綺麗だったろうな」
「月…。僕は、選べなかったんだよ。その未来。選ばなかったんじゃなくて、選べなかった。だから、諦めるしかないのにね」
栞は、そう言って泣いてる。
「さっきから考えてた。もう二度と選択出来ない道の方が、幸せに思えた。二十歳の時に、俺が栞の気持ちを受けとめたら、病気にならなかったのかな?とか…。その後も関わってたら、早く気づいてあげられたのかな?とか…。戻れないのなんて、わかってる。なのに、後悔ばかりが押し寄せて。彼と結婚して子供がいる未来を選べなかったのは、俺にも責任あるんじゃないかって思って。」
栞は、俺の近くにやってきた。
「何で、月に責任があるんだよ。泣かないでよ。はい、ティッシュ。」
「ありがとう」
「月は、何も悪くないよ。宿命なんて、言葉を使いたくないけど。僕が、病気になるのは初めから決められていたんだと思う。だから、月には何の関係もないんだよ。」
栞は、俺の肩に頭をおいた。
いつもの俺達に戻ったみたいに、心臓は静まっていた。
「俺も、真子と結婚して子供欲しかったんだよ。だけど俺は、自分で選んだ道で…栞みたいに選べなかったわけじゃないから。後悔しても、仕方ないのに…。時々、子連れを見ると胸が締め付けられて…。もう、真子は母親になってると思うんだ。結婚式の時に、妊娠してたから…。栞みたいに見てしまったら、俺も気が狂うと思う」
栞は、俺を見つめる。
「喫茶店にね。行ったのは、わざとだった。もしかしたら、大貴が居たりして…。何て、思って行ったんだ。」
「いつ、行ったんだ?」
「月と、そうなろうとした後だよ。まだ、体の奥底に大貴がいたのを感じた。見つけた時、声をかけようとした。でもね、小さな子供が大貴の膝の上に乗ったのが見えた時に…。僕が、大貴と一緒に作りたかったものを大貴は別の人と作っちゃったんだって思った。本当は、僕が大貴の隣で笑っていたかった。それでも、僕をまだ好きであの場所にいるんだって。心だけは、僕のものなんだって…。思い込もうとした。そう思えば思う程に、空しくて…。僕の心に空っぽだけが広がってくのを感じたんだ」
「また、俺のせいだよな。」
栞は、首を横にふった。
「月のせいじゃない。僕が、大貴を忘れられなかっただけなんだ。味覚も嗅覚も触覚も、欲しいと思うもの全てが同じだった。僕と大貴は、二十歳のクリスマスイブに出会ったんだ。聞いてくれる?」
「うん、聞くよ」
俺は、栞の頭をポンポンと叩いた。




