大丈夫ですから[星の視点]
美咲さんと椚さんのお店の最寄りの駅に降りた。
僕と安西さんは、お店の扉を開けた。
「荷物、これが安西君のだよ。」
美咲さんが、安西さんに荷物を渡してる。
「あれ?栞は?」
「橘といる。」
「そうですか。あのお二人は電車で来たのですか?」
「うん」
「車なので、送りますよ。詩音さんと椚さんも」
「あ、俺達はいいよ。まだ、この絵を見ていたいから…。また、明日ね。」
「気をつけて」
美咲さんと椚さんは、そう言って手を振ってくれた。
僕と安西さんは、麻美ちゃんの車に乗る。
後部座席に座った。
「太陽町の朝日駅から電車で?」
「うん、そうだよ」
僕の言葉に、麻美さんは小さな声でそうですかと言った。
「安西さんから、送りますね」
「はい、お願いします。」
グーと僕のお腹が鳴ってしまった。
「ご飯、まだですか?僕もです」
安西さんは、そう言って笑った。
「麻美さん、スーパーに寄ってもいいですか?何か、みんなで食べませんか?」
「私も、晩御飯まだなので助かります。」
麻美さんは、そう言った。
安西さんは、星町の方だった。
星町だけ24時間スーパーがある。
「栞は、彼に会ったのですね」
僕達を見ないように、麻美さんが言った。
安西さんは、難しい顔をして黙っていた。
「隠さなくても、大丈夫ですよ。知っているんです。栞が、彼を本当に忘れていない事を…。」
「彼って、誰ですか?」
僕の言葉に、麻美さんが「元婚約者」だと言った。
「酷いこと、言った人ですか」
僕は、驚いて大きな声をだしてしまった。
「酷い事を言われても、結婚して子供が欲しいと思った相手ですよ。そう簡単に、忘れられないと思っています。」
麻美さんは、星町のスーパーで車を止めた。
麻美さんは、悲しそうに目を伏せながら車を降りた。
「もしも、彼を選んでしまうならそれはそれで仕方ないと思っています。だけど、私は栞を愛しています。また、彼に傷つけられたら私が受け止めてあげたい。」
そう言いながら、麻美さんは指輪を触っている。
どうしようもないぐらい、不安な気持ちが僕にもわかる。
「それで、麻美さんは辛くないのですか?」
安西さんは、かごを持って麻美さんに尋ねる。
「辛いですよ。でも、栞が苦しんでいるのを見る方が辛いんです。治療の日々を思えば、栞が私と共に生きてくれてるだけで幸せです。いえ、誰といても栞が生きてさえいてくれるなら幸せなんです。」
麻美さんは、安西さんに笑いかけた。
安西さんは、材料をカゴにいれながら話すべきかどうか悩んでいるようだった。
「安西さん、何を作ってくれるんですか?」
「霧人が、よく作ってくれたものだけどいいかな?」
「はい」
「霧人は、生姜が大好きでね。」
「しょうが焼きですか?」
「そう、それそれ。生姜男子だったよ。霧人は…。ハハハ」
安西さんは、懐かしそうにカゴに入れる。
「もし、橘と藤堂がそうなってしまったら二人は嫌なのかな?」
安西さんの突然の質問に、僕と麻美さんは固まった。
「なーんて、あるわけないよね」
安西さんは、玉ねぎをカゴに入れる。
「有り得ますよね。月さんの事を栞は好きでしたから…」
麻美さんは、そう言ってカゴに刻みネギを入れた。
「僕は、そうなって二人が苦しみから解放されるならいいと思う。」
安西さんは、僕を見つめてる。
「二人とも、子供を望んでいたから…。その気持ちを消化しきれていないのは、感じてる。だから、その気持ちから解放されるならそうなってもいいって思ってしまうんだ。」
僕の言葉に麻美さんは、僕を見つめる。
「私も、星さんと同じ気持ちですよ。栞の中で、きっと子供を作る事、持つ事は、消化される事がなく残っています。月さんに抱かれる事で、消し去る事が出来るなら…。私もいいと思ってます。」
僕と麻美さんを安西さんは、見つめる。
「星さんと麻美さんは、強いね。僕なら、そんな風に思えないよ。狭いとこだけど、僕の家で飲まない?三人で」
麻美さんは、少し考えてから頷いた。
僕も頷いた。
「メッセージだけ、栞に送っておきます。」
「僕も…」
そう言って、送信した。
買い物を終えて、車に乗り込んだ。
二人はまるで、囚われた月と栞だ。
どうか、解放できますように…。
僕は、流れる景色に祈っていた。




