助けてあげたい[月の視点]
俺は、栞が彼に気持ちをぶつけるのをただ見ていた。
栞が泣くと、俺まで泣けてくる。
胸が、押し潰される。
わかるよ、栞。
彼の子供が欲しかった気持ちも、結婚したかった気持ちも…。
わざと嘘をついて、俺にキスをしてきた。
俺は、わざと栞を引き寄せた。
もう、自由になりたい。
栞が、そう言ってる気がした。
「ごめんね、月」
ビールをかけられた、俺と栞はびしょ濡れだった。
「わざとしたんだ。ごめん」
俺の言葉に、栞は泣いている。
「嬉しかった。キスされて…。抱き締められて…。体の関係だけでもいいかなって思った愚かな自分を呪ってやりたかった。」
俺は、栞の涙を拭ってあげる。
「わかるよ。俺が、真子に同じことされたら受け入れたいと思うから…。」
栞は、俺の手を握りしめた。
「どうすれば、よかったの?麻美に手を出さずに待っていたらよかったの?そしたら、僕はまた大貴に愛されたの?」
栞の手が震えているのがわかる。
「麻ちゃんがいなかったら、栞は生きていなかったよ。」
俺は、栞の頬を撫でる。
「月、僕は酷い人間だよ。大貴に会って、胸を踊らせて…抱かれてもいいとさえ思った。あの日、月と途中までしてなかったら…。僕は、流されていたよ。だって、体が大貴を覚えているから。でも、月のお陰で…。思い出せたのは、月とのあの日だった。だから、僕は麻美を裏切らずにすんだ。流されずにすんだ。」
栞の目からは、止めどなく涙が流れ落ちる。
「栞、自分をあんまり責めるなよ。栞は、彼を愛していたから結婚しようと思ったんだろ?そんな人に、まだ愛してるって言われたら気持ちが揺らいでしまう事は仕方ないよ。」
俺は、反対の手で栞の頭を撫でた。
「月、僕はね。彼の隣で絵を描くのが大好きだったんだ。彼が、パソコンで仕事をする。そんな彼を僕が描く。この先、ずっーとその日々が続いていくんだって信じて疑わなかった。」
栞は、優しく微笑んで涙をポロポロと流す。
「彼に受け入れてもらえなかった時、頭の中に死って文字だけが浮かんだ。あー。彼は、僕じゃなくて子供が欲しいだけだったんだ。そう思ったら、胸が押し潰されて苦しくて…。もう、男を好きになりたくないって思った。だって、男はみんな子供を欲しがると思ったから…。だから、麻美に行ったわけじゃないよ。麻美の事は、本当に心から、守ってあげたかったから。」
俺は、栞の気持ちがわかる。
俺も、同じだから…。
だから女性とは、付き合う気になれなかった。
「愛していたんだな…栞。」
「うん、愛してた。でも、もうどうにもならないって月ならわかるよね?」
「わかるよ。」
「この体が、大貴を忘れてしまえばいいのに…。月、忘れたいよ。僕。子供が欲しい気持ちも、大貴と結婚したかった気持ちも…。何もかも忘れたいよ。」
「忘れさせてやろうか?俺のも忘れさせてくれよ。栞」
俺は、栞の頬にある手を唇まで滑らせる。
「誰が得するんだよ。麻美も、星さんも傷つける事を僕はしないよ。」
そう言った栞を抱き締めていた。
「死なないでくれよ」
急に、栞が、いなくなる気がした。
「これから、麻美と結婚するのに死ぬわけないだろ?馬鹿だな、月は…。」
俺の背中をパチパチ叩く栞の手は嘘をついていた。
「嘘つくなよ。」
俺は、栞の顔を覗き込んだ。
「嘘つくなよ、栞」
「何でもないよ、大丈夫。明日になれば、元通りだよ。大貴に会った事も忘れるよ」
「泣いてるくせに、そんな嘘つくなよ。もっと、一緒に居たかったんだろ?もっと、優しくされたかったんだろ?もっと、愛してるって言われたかったんだろう?彼をもう一度手に入れたかったんだろ?」
「そうだよ。僕は、最低だよ。大貴に愛されたかったんだよ。もう一度、大貴の愛が欲しくなったんだよ。もう、二度と元には戻らないのに…。不倫でも何でもいいから、傍にいたいって思った。自分を消したい。」
「消す必要はない。会えば気持ちが戻ってしまう程、愛していたんだろ?わかるよ。だからって、麻ちゃんをおいていこうとするな。麻ちゃんは、ちゃんとわかってるよ。栞の事、全部。」
俺の言葉に、栞はすがりついて泣く。
彼は、栞の心をグチャグチャにした。
あの日に、戻したんだ。
栞は、それに苦しんでいる。
助けてあげたい。
どうすれば……。




