本当の気持ち[栞の視点]
月が、居てくれるから大丈夫だ。
店員さんが、ビールとウーロン茶を持ってきてくれた。
「栞、やっぱりビッチだったんだな。」
僕は、目を合わせられなかった。
「酷い、言い方だな」
月の言葉に、大貴は怒った。
「酷い?俺は、駄目でこいつはいいのかよ。」
大貴は、月の胸ぐらを掴んだ。
「危ないよ。」
月は、机を端にどかせた。
「栞、こいつと出来るなら俺とだって出来るんじゃないのか…」
「結婚してる人は、無理だよ。」
「だったら、結婚してなかったらよかったのかよ。」
大貴は、僕の肩を押さえつける。
「離せ。」
月が、大貴の手を掴んだ。
手を離してくれた。
「言いたい事があるなら、力じゃなくて口で言えよ」
月に言われて、大貴は、床に座り込んだ。
「今の家から、あの喫茶店は距離があるんだ。それでも、あそこに通っていたのはいつか栞に会える気がしていたからだった。」
「それって…」
「さっきの話しは、本当だよ。栞の事が忘れられない。俺は、栞と一緒にいたかっただけなんだと気づいたんだ。」
今さら、そんな事を言われると思っていなかった。
涙が込み上げてきた。
大貴は、俯いてる。
月は、気持ちをぶつけるんだって声に出さずに言った。
僕は、大貴の隣に座る。
「何で?何で、今さらそんな事、言うんだよ。私は、あの時に言われたかった。」
「さっきも言っただろ?あの時は、若くて、わからなかったんだよ。心の相性と体の相性の区別さえもつかなかった。栞のように俺は、感性が鋭くない。だから、わからなかったんだよ。」
そう言って、大貴はポロポロ泣いている。
「体の相性がよかったから、やり直そうって意味だったの?結局、それだけだって事なんじゃないかよ」
「違う」
大貴は、僕を椅子に押しつける。
目から、涙が幾重にも重なり落ちている。
「もう、元には戻れないのが、わかっていたから…。体だけでも繋がっていたいと思ってしまったんだよ。」
僕の肩を持ってる手が震えている。
「若さから、栞を傷つけた。気づいたのは、彼女と結婚してすぐだった。でも、彼女のお腹にはすでに子供がいた。だから、別れる事は出来なかった。子供が産まれ、結婚生活を続け、彼女と肌を重ねる…。年齢を重ねれば、重ねる程。違和感を感じ始めた。俺は、子供が欲しかったわけじゃなかったんだ。栞と一緒にいたかったんだ。」
そう言って、大貴は僕から離れた。
「今さら、遅いよ。時間は、戻せないんだよ。私は、あの時に言って欲しかったよ。」
「ごめん」
僕は、大貴の肩を掴んで揺さぶった。
「何で、今になってそんな事を言うんだよ。何で、何で…」
「本当に、ごめん」
僕は、大貴の胸元を叩き続ける。
「私は、大貴の子供が欲しかった。大貴と一緒にいたかったんだよ。栞がいるなら、何もいらないって言って欲しかったんだよ。ただ、そう言われたかったんだよ。」
涙がとまらなかった。
僕は、大貴の事をちゃんと愛していたんだ。
「栞、ごめん、ごめんな。」
「謝られたって、時間は戻せないんだよ。私は、もう大貴の傍にいれないんだよ」
大貴は、僕を引き寄せて抱き締めた。
「やめて、離し……」
月の前でキスをされた。
バチン………。
反射的に叩いてしまった。
「ごめん、栞が好きなんだよ。忘れられないんだよ」
大貴は、僕を抱き締めてきた。
「今さら遅いよ。私が、手に入れられない幸せを掴んだのに、こんな事するなんて酷いよ。」
僕は、大貴を突き放した。
「それに、私は大貴より月の方が好きだから。体の相性だって、月の方が合ってるんだよ」
月ごめん。
僕は、月にキスをした。
月は、拒まずに僕を抱き寄せた。
「そんな事言うために、わざわざ呼んだのかよ。俺は、栞を愛してるのに…何だよ、何なんだよ。」
僕と月に、大貴はビールをかけた。
「お前みたいな、誰とでも寝れるような女。いらねーよ。」
そう言って、部屋から出ていった。
これで、よかったんだよね。
扉が閉まった瞬間、僕はその場に崩れ落ちた。




