一人にはできない[安西の視点]
藤堂が、彼に何かをされているのに気づいていたけれど…。
ギリギリまで、僕は助けに行かないと決めていた。
藤堂は、自分を汚いもののように責めていた。
「藤堂、初めての相手だったんだろ?」
「うん。最初で最後の相手」
「仕方ないよ。僕が、藤堂の立場でもそうなる。」
藤堂は、泣いていた。
「彼は、僕としたいだけだった。それだけだった。まだ、少しでも愛されてると思っていた。」
「藤堂、ごめん。話し合えばいいとか言って…」
「安西のせいじゃない。だけど、今の僕は麻美の元へ帰れない。どうするか、考えるよ」
藤堂は、僕から離れた。
「悪いけど、詩音の所には安西だけで行ってくれないか?今の僕は、詩音にも会えない。」
藤堂の涙を拭ってやる事が出来なくて、もどかしい。
「少し、頭を冷やすよ。」
「待ってくれ、少しだけ」
僕は、そう言うと藤堂から離れた場所で電話をかけた。
「藤堂、少しだけ待ってくれないか?」
「わかった」
何も声をかけれずにいる。
10分程経った頃、来てくれた。
「栞」
「月…何で」
「安西から、連絡もらったんだ。星、悪いけど安西について行ってあげてくれる?」
「わかった。」
「栞、話しようか」
「橘、藤堂をよろしく頼む」
「わかってる。」
「じゃあ、星。よろしくな」
「うん、じゃあね」
矢吹さんは、橘に手を振った。
「せっかく、橘が戻ってきたのにごめんね。」
駅に向かいながら、矢吹さんに話す。
「大丈夫です。時間は、タップリありますから」
「そうだね」
僕は、矢吹さんに笑った。
「栞さん、何かあったんですね」
「うん。少しね…。今の藤堂を一人にしたくなかったから…。橘を呼んだんだ。僕よりも、幼なじみの橘の方がいいと思って」
「月になら、話せる事もありますよね。」
矢吹さんは、そう言って笑った。
切符を買って、改札を通り抜け、ホームで電車を待つ。
「矢吹さんは、橘のどこが好きなの?」
「どこかな…。優しい所も弱い所も、人の為ばかり考える所も…。何だろう、全部好きで選べない」
「それは、すごいね。」
「安西さんは、月のどこが好きなの?」
矢吹さんに言われて、僕は矢吹さんを見つめる。
「僕は、橘の雰囲気が好きだった。」
「雰囲気?」
「うん。絵の色使いと似てる。橘の中にある、優しさや寂しさや正義感。それが、滲み出てる雰囲気が大好きだった。橘といると生きていてもいいと思えたんだ。」
「何か、それすごくわかります。」
矢吹さんは、ニコニコ笑ってる。
電車に二人で乗り込んだ。
「美樹君を失って、僕はどん底だった。そんな僕は、橘の手を握ると安心した。手ぐらいなら、いつでも貸してあげるよ。橘の言葉に救われた。この手に触れていられるなら、まだ生きていようと思った。僕はね、高校生の時牧村美鈴を好きだと思い込んでいたんだ。」
僕は、電車の窓から流れる景色を見ていた。
「美鈴、母と同じ名だった。母に愛されたかった僕は、彼女を愛してると思い込んでいた。るか君に、嘘つきってその絵を切りつけられたよ。僕は、その瞬間気づいたんだ。霧人を好きな気持ちに…。牧村美鈴を好きではなかった気持ちに…。」
矢吹さんは、僕を黙って見つめてくれていた。
「僕の話ばかりじゃ駄目だね。矢吹さんの話を聞かせてくれる?」
「僕の話しなんて、全然たいしたことないよ。安西さんの話に比べたら全然。」
「そんな事ないよ。それなら質問をしよう。矢吹さんは、いつから、橘を知っているの?」
「高校の頃、月の星公園で助けてくれたから…。」
僕は、矢吹さんの横顔を見つめていた。
「あー。」
大きい声が出てしまって口を押さえた。
「ごめん。橘が、必死に描いていた恋の相手は矢吹さんだったのか?」
「ハハハ、そうですよ」
矢吹さんは、僕に笑ってくれる。
橘が、あの日矢吹さんに惹かれた気持ちが僕にも少しわかった気がした。




