不幸でいなければならない[安西の視点]
晴海さんが、僕を守るのに刃物を握りしめた。
「離さないなら、引き抜くよ」
「晴海さん、離して」
僕は、晴海さんにナイフを離すように言った。
「嫌です。離せば、安西さんが刺されます。」
「そんな事は、いいから。気にしないで」
僕は、晴海さんにナイフから手を離すように言った。
「わかりました。」
晴海さんが、ナイフを離してくれた。
「血がついちゃった。美矢」
そう言って、刃物を僕の頬に押しあてる。
僕は、ハンカチを取り出した。
刃物から血をふこうとした。
「お前の汚いハンカチなんていらない。」
「すみません」
「私は、お前を許さないよ」
グリグリと足で、右手を踏まれる。
「お前は、一生死神だ。」
グサッと左肩を刺された。
「母さん、もうやめてくれよ」
「美果、あの日あんたがこいつと美樹について行かなかったから悪いんだ。お前が、死ねばよかったんだ。」
美果君は、泣いていた。
「母さんの前で、やめなって言ったよね?美果」
「すみません」
美珠ちゃんに言われて、美果君は黙った。
「お前が、幸せになるのは許さない。もし、幸せになったのを源から聞いたら…。これですまないのはわかってるね?死神」
「はい、わかってます。」
「今日は、雅美さんの月命日だからこれぐらいで許してあげる」
叔母さんは、僕の肩からナイフを引き抜いた。
「行くよ、美果、美珠。」
「はい」
三人は、帰って行った。
「大丈夫か?安西」
藤堂が、僕の腕を押さえる。
「晴海さん、ごめんなさい」
僕は、ハンカチで晴海さんの手の傷を縛った。
「何で、安西さんが謝るんですか?」
「僕は、死神だ。やっぱり、晴海さんを傷つけてしまう。」
「そんな事ないですよ」
藤堂は、僕の肩を縛ってくれる。
「ごめん。」
僕は、お墓の前に行く。
「美樹君、叔父さん、お祖父ちゃん、僕を許して下さい。ごめんなさい。僕も、幸せになりたいと思ってしまってごめんなさい。」
「幸せになっていいんだよ。安西」
藤堂が、僕の背中を擦ってくれる。
「雅美さんは、僕の父親でね。忠美さんは、祖父だ。美珠ちゃんは、美樹君と美果君の妹でね。源は安西の家に使えてる人でねって、そんな話しはどうでもいいよね」
僕の言葉に、藤堂は「聞かせて」と言ってくれた。
「5年前、さとの49日でここにきた日に僕は父親に会ったんだ。僕の父親。安西義美。」
「お父さんに?」
「うん。父が、母を捨て別の女性とこのお墓に来ていた。」
僕は、安西家の墓を触る。
「それで、精神科に入院している母の生活費を全て叔母さんが出してくれてる。僕に母のお金を払うだけの収入が、まだなくてね。」
僕は、手の震えが止まらなかった。
晴海さんが、僕の手を握ってくれる。
「僕の幸せは、母を不幸にするんだよ。だから、僕は不幸でいなければならないんだ。里と幸せな日々を過ごして半年程経った頃、源さんが僕の前に現れたんだ。父が、不倫をしていると言われた。母のお金も払わなくなっていると…。僕は、空市での仕事を増やした。この風貌で働ける仕事がなかったから、絵で稼ぐしかなかった。だから、必死だった。そのせいで、里を殺してしまったのだろうね。」
僕は、安西の墓にお辞儀をして立ち去る。
桶に水を汲む。
「母を狂わせたのは、僕だから…。僕に責任がある。」
僕は、里のお墓に来た。
「里、ごめんね。僕は、また人を好きになってしまった。」
僕は、里のお墓を洗う。
「ここにいるのは、里だけなんだ。里のご両親は、男と死のうとした息子を恥だと言ったんだ。このお墓を建てたのは、里の祖父だった。祖父が亡くなった後は、里は無縁仏になるって話だよ。49日の日に、里のお兄さんから聞いたんだ。もし、里が無縁仏になるなら僕が里を引き取るつもりだ。あの日、腕の中で里が言ったから…。死んだ後も、一緒にいたいと言っていたから…。」
藤堂が、お花をさしてくれる。
「安西、人間は生きてる限り愛されたいものだよ。愛が欲しくない人などいないよ。お腹がすくように、喉が渇くように、愛を欲しがる生き物だと僕は思う。だから、安西も晴海も生きてるだけなんだよ。」
華さんが、藤堂の隣に立つ。
「失っても、失っても、愛が欲しくなるんだと思う。晴海を幸せにして欲しい。」
晴海さんが、僕の手を握りしめた。
「安西さん、俺、死んだ後は、安西さんの愛した皆さんと俺と同じお墓に入りたいです。」
晴海さんの笑顔に泣いてしまった。




