守ってあげたい[晴海の視点]
安西さんは、震えながら泣いている。
「僕が、その事を知ったのは9歳の時だった。母親は、精神を病んでいて。生むべきじゃなかったと僕に繰り返したよ。父から、母親と美樹君の父親との事を聞かされた。二人の間になかなか子供ができなかった母は、美樹君の父親によく相談をしていた、男と女の関係になるのに、それ程時間はかからなかったと言った。僕が妊娠した時は、父親がどっちかわからなかったと…。だから、産ませたのだと…。でもね、大きくなるにつれて、この顔にだんだんとかわっていったから皆が気付き始めたんだと言われた。」
安西さんは、るか君から手を離してスマホの写真をスライドさせた。
見せられた写真を、俺とるか君は覗き込んだ。
「これは、みんなで旅行に行った写真なんだ。これが、美樹君で、美樹君の父親。」
そう言われて、固まる。
「僕とそっくりだろ?」
安西さんは、そう言って笑ってみせようとする。
確かに、そっくりだった。
誰がどう見ても、父親はこの人だとすぐにわかった。
「安西、やっと泣けてよかったな」
るか君の言葉に安西さんは、るか君の手を握った。
「泣けたのは、橘と晴海さんのお陰だ。美樹君が、死んでから泣けなかったのに…。僕は、橘の手をデッサンした日に泣いたんだ。」
「もう、俺じゃなくて大丈夫だろ?安西」
るか君は、手を離した。
「橘にずっとお礼を言いたかった。ありがとう。」
「別に、手ぐらいいつでも貸してやるけど」
「やっぱり、橘は橘だよ。あの時も、僕にそう言ったよ。」
「そっか、月が現れたらありがとうって伝えてやってくれ」
るか君は、煙草に火をつける。
目から涙が光ってる。
「晴海さん、僕との事考えてもらえませんか?」
「もうとっくに考えてますよ。」
「ですが、やっぱり、若いから。僕は、その…」
安西さんの言葉に、るか君は煙草を小皿に押し付けた。
「あのな、そんな変態みたいな事ばっかり考えるのやめろよ。肌を重ねるって、それだけじゃないだろ?キスだって出来る、今だって手握ってるだろ?抱き締める事だって出来る。悪いが、俺は彼にはもう出来ないと思うよ。」
そう言って、安西さんの手にキューブを握らせた。
「今の安西が欲しい言葉も、涙を拭ってやるのも、その震えを止める事も、二度と彼には出来ない。晴海君も同じだよ」
るか君は、俺の手に小瓶を握らせた。
「死んだ人は、永遠に綺麗なままでいれるけど…。生きてるやつは、醜くて汚くてどうしようもない。綺麗になるなんて、相当時間がかかる。俺も、それをあるやつに教えられたんだけど。だけど、それが生きてるって事だろ?体の繋がりばっかり、気にするなよ。必要なのは、晴海君と生きていきたいって気持ちだけだろ?」
安西さんは、キューブを握りしめた。
俺も、小瓶を握りしめる。
「俺、安西さんと生きていきたい」
「それは、僕がかっこよく言いたかったんだけどね」
安西さんは、頬を赤く染めて笑ってくれる。
るか君は、俺達を見ないようにして、煙草に火をつけた。
「晴海さん、霧人のお墓参りについてきてもらえますか?」
「もちろんです。」
「それと、今から時間ありますか?」
「大丈夫です。」
「さとのお墓に行きたいのですが、ついてきてもらえますか?」
「もう一人の彼ですか?」
「はい。僕を愛してくれた人にきちんと晴海さんを紹介したいです。」
「わかりました。行きましょう」
安西さんは、俺の手を握りしめた。
「本当に、美樹君と橘と霧人に似てる。晴海さんの手は…。」
優しく包み込むように触れられて胸がドキドキする。
「でも、僕は晴海さんの手が一番好きです。」
そう言って安西さんの笑った顔に、心臓がドキンと波打つのがわかる。
「少しは、老いぼれを直す方がいいよね。一緒に歩けば、気持ち悪いと言われてしまう。」
「言われてるのですか?」
「慣れてる。だけど、怖いや気持ち悪い、珍しそうに見られるなんてのは日常茶飯事で…僕は気にしていない。だけど、晴海さんに、申し訳ない」
「安西さんが気にしていないなら、俺も気にしませんよ。俺は、安西さんを守ってあげたい」
反対の手で、安西さんに頬に触れた。
安西さんは、微笑んで頷いた。




