待ってくれ[安西の視点]
絵を描くのに夢中になりすぎて、晴海さんが来たのを気づいていなかった。
「待って、るか君」
僕は、晴海さんの横を通りすぎたるか君を追いかけていた。
「なんだよ」
「素晴らしかったよ。やっぱり、橘の才能は素晴らしかったよ。」
僕は、橘があの日泣いたのを覚えている。
「まあ、俺じゃないけどな」
「橘が、なぜ絵をやめたのか戻ってきたら聞いてもいいだろうか?」
「俺も、理由知ってるよ。」
「なぜだ?」
藤堂も、やってきた。
「僕も知りたかった。」
「そうなの?」
「うん」
藤堂が、橘を見つめてる。
「月が、絵をやめたのは栞の絵に負けた事もある。美術大学に進む為に、両親に話をしに行ったんだ。そしたら、二人から橘の恥さらしだと言われた。医者と弁護士どちらか二択しかありえないと言われた。それを選べないクズは、大学に行く必要はないと言われたんだ。月は、大学に行って経験を積みたかったんだと思う。絵は、上手じゃなかったから…。でも、それを叶えれなかったわけだし…。まあ、その時の痛みを俺に渡してきたから知ってるんだけどな。」
るか君は、そう言って笑った。
「橘が泣いていたのは、選べなかったからだったのか…。」
「まあ、その後だって絵を描けたのにさ。月は、やめたんだよ。絵を見る度に辛くなるから…。そんな月は、あの手術を受けて、ホッとしたんだよ。橘の血を汚さないですむと凄く喜んだ痛みと同時に胸が抉りとられる痛みを俺に押し付けたんだ。」
矢吹さんが、橘の手を掴んだ。
「るかは、辛かったんだね。子供を作れなくなった事…。」
「絵も、未来も奪われた。月は、痛みで崩壊しそうだった。だから、何度も何度も俺を呼んだんだよ。全部あげるから、消してくれって頼まれた。だから、消してやった。なのに、俺の事はもう必要ないって言った。どうやってあの時、月を助けてやればよかったのか今だに俺にはわからない」
るか君の目から、涙がポタポタと流れては落ちる。
「るか君が消えれば、橘が崩壊するかもしれないって事だよね?」
「そうならないように、してやりたい。だから、どうしたらいいか考えているよ。」
るか君は、眉を寄せて考えていた。
「ごめん、ちょっと電話でてくる」
るか君は、外に行ってしまった。
「安西さん、あの…。」
晴海さんに、声をかけられて固まった。
「あ、手を洗ってくる。藤堂」
「こっちだよ」
僕は、晴海さんから逃げてしまった。
やはり、橘がいないと怖い。
「ここで、洗える」
「藤堂。僕…。」
「晴海が、怖いの?」
石鹸で、手を二人で洗う。
「橘がいないと話すのが怖いんだ。」
「るか君にお願いしてきてもらったの?」
「うん。」
「安西、指輪なんでつけてるの?」
「これは…」
「つけないと、裏切りそうだった?」
藤堂に言われて、目を伏せた。
「一週間後、霧人の月命日に連れて行かなくちゃいけないんだ。そうしなくちゃ、霧人を返さなくちゃいけないんだ。」
「返すって、どういう事?」
「それは…。」
僕は、うまく説明する方法が思いつかなかった。
「じゃあ、晴海と一緒に行けばいいって事だよね?」
「そんな簡単な事じゃないんだよ。藤堂」
僕は、手を洗い終わってもどった。
藤堂が、悪いわけじゃない事はわかっていた。
「橘」
手を拭きながらもどるとるか君が戻っていた。
「俺も手洗いたいな」
「こっちだよ」
藤堂が、歩いてきた。
「安西、ごめんな」
「いや、僕が悪かった。」
橘も、石鹸で手を洗い始めた。
「電話、大丈夫?」
「うん。婆さんと爺さんの事だから」
「るか、大丈夫なのか?」
「うん。爺さんが、一時ヤバかったみたいなんだけど。今は、落ち着いてるから、寄れたら寄ってくれってだけだから…。」
「ごめん。僕の為に…」
「安西が謝る必要ないよ」
橘は、やっぱり橘だ。
「晴海君に、話かけたいんだろ?」
橘に言われて、頷いた。
「だったら、行こうか」
手を洗い終わった橘と、みんなの所へ行った。




