すごい作品[晴海の視点]
華が、家を出ていってしまった。
すぐに、兄貴に電話をした。
栞ちゃんが、来てるはずだから大丈夫だと言われた。
それでも、自分が許せなかった。
華のせいにして、俺は安西さんを忘れようとしたのだ。
怖かった。
この手の感触を忘れてしまう事もまた、失う事も…。
渚を思い出にする事も…。
全部が、怖くて堪らなかった。
まだ、渚に許されていない気がしていた。
詩音から、メッセージが届いた。
[華と仲直りしろ。店で待ってる]
俺は、立ち上がって家を出た。
車もとりに行かなければならなかったし…。
今日のディナーを喧嘩した状態で接客するべきじゃない。
家を出て、タクシーを拾った。
とにかく、早く華に謝りたかった。
兄貴の店の前に、ついて降りた。
扉を開けて、中に入る。
「晴海、きたか」
兄貴が、俺に気づいて華を連れてきた。
「華、さっきはごめんな。」
「こっちこそ、ごめんね」
華は、目を伏せていた。
「華に幸せになって欲しいのは事実だから」
「わかってる」
そう言って、華が笑ってくれた。
なんとなくだけど、るか君や星君や栞ちゃんがなんとかしてくれた気がした。
俺や兄貴には、こんなすぐに華を笑顔にする事はできなかった。
「晴海、泣いてるぞ」
兄貴に、ハンカチを渡された。
「ごめん。華が、思ったより元気そうで」
「るか君のお陰だよ」
「そうなんだね」
やっぱり、そうだったんだね。
涙を拭った。
「とりあえず、今はしおりんと安西さんが描くのに集中しよう」
そう言われて、二人を見つめる。
安西さんは、指輪を両手にはめている。
何だろう、胸が苦しい。
「藤堂、もう完成する」
安西さんに、俺も描いてもらいたい。
「絵を描くと安西さんは、生身の人間って感じしない?」
「うん」
華に言われて、頷いた。
「僕もいけるよ」
「わかった」
そう言って、栞ちゃんはしゃがんだ。
安西さんは、栞ちゃんに被さるように絵を描く。
「何か、芸術ってエロだな」
るか君が、俺に笑ってる。
「確かに、そうだね」
安西さんと栞ちゃんの、作品は壁一面に完成した。
一時間モクモクと絵を描いていた。
二人共、絵の具まみれだ。
「橘、色つけてみないか?」
安西さんは、るか君に筆を渡した。
「無理だよ、俺に絵心はない」
「やってみてくれないか?」
るか君は、安西さんから筆を受け取った。
「わかった。やってみる」
星君も、るか君を見つめてる。
「フゥー。るい、力貸してくれ」
るか君は、そう言って絵をジッーと見つめてる。
「栞、安西、やってみる」
栞ちゃんは、絵の具を渡した。
るか君の顔が、かわったのがわかった。
スラスラと思い思いの色をのせていく。
それだけなのに…。
「凄いよ、凄い」
華が、泣いてる。
「やっぱり、月がいるんだ。」
「橘、やっぱり凄いよ」
その場にいるみんなが、泣いてる。
この絵につけられた、るか君の色に胸が締め付けられる。
「るか、凄いよ。どうしたらこの色がつけれるの?」
星君の言葉に、るか君は絵の具まみれの手で頬を拭って笑った。
「るいが、描かせただけだからわからない。」
「るか、これは紛れもなく月の色使いだよ」
栞ちゃんが、泣いてる。
「でも、多分。まだ、月には程遠いよな。」
絵の具が、乾いた。
兄貴が泣きながら、その絵に触れてる。
「しばらく残していていいかな?」
「詩音、気に入ったの?」
「この、ピンクとブルーのグラデーションが綺麗。胸が、痛くなる。苦しくなる。」
「月の色使いは、胸が苦しくなる。恋をする気持ちに、似てる。」
栞ちゃんも、るか君が塗った色を指でなぞってる。
「この赤色が、ピンクにかわっていくのが好きだ…月らしい、色使いだよ」
「栞、ちゃんと月をもどすから」
「ごめん。そんな意味じゃないんだ。」
「るか君、やっぱり描くべきだよ。」
安西さんも、その絵を指でなぞる。
指輪が、光ってる。
「俺は、橘の色使いが好きだ。ドキドキする。橘に恋してる錯覚さえしたよ。」
そう言って、るか君に笑いかける。
芸術家の世界は、俺なんかに理解出来ない。
「それは、恋じゃないよ。安西」
そう言って、るか君は筆を渡した。
俺は、胸が苦しくて痛くて…。
「安西に向き合ってやりなよ」
るか君は、俺の隣を通りすぎる時にそう言って笑った。
三人が、描いた作品は、素晴らしくて堪らなかった。




