安西との再会[るかの視点]
「その絵は、何だ?」
安西に尋ねた。
「最近、物忘れが酷くてね。思い出せそうにないよ。また、思い出したら話すよ」
そう言って、安西はコーヒーを飲んだ。
「安西の感情と愛情は、まだ戻っていないのか?話を聞いてもいいか?」
何か、ヒントになる気がした。
「橘の隣にいる人は、恋人だね?将来を誓いあった仲だ」
そう言って、安西は指輪を指さした。
「僕も、そうだった。」
安西は、ネックレスを見せる。
二つの指輪が、光ってる。
「どうして、亡くなったの?」
栞の言葉に、安西は悲しい顔をしながら考えていた。
「話してもいいかな?」
そう言って、安西は俺達を見つめていた。
「僕は、高校の頃、天の川カフェによくやってきていた。それは、皆の期待に答えるためだった。カフェを抜けて、この場所にきて肌を重ねた。でもね、僕がずっと欲しかったのは霧人だったんだ。」
安西は、柔らかい表情で笑っていた。
「霧人に気持ちを打ち明けたのは、卒業してすぐだった。最初は、断られていたけど…。デートには、付き合ってくれた。5回目のデートの日に、一生一緒にいる事を約束して告白をした。霧人は、受け入れてくれたよ。嬉しくて、幸せだった。」
そう言いながら、安西は指輪を触ってる。
「毎日、霧人といるだけで幸せだったんだ。10年前、僕は霧人とマンションを購入する物件を見に行く約束をしていた。僕は、空市のホテルで絵を描いていたよ。」
安西は、うまく泣けないようで眉間に皺を寄せている。
「待ち合わせ場所は、月の星公園で…。僕は、10分遅れてしまった。遅れたのが、よくなかったんだ。待っても、待っても、霧人は来なかった。スマホがけたたましく鳴り響いた。出ると、正人さんだった。「霧人が、ホームから飛び降りた」と言われたんだ。」
俺達、三人は安西を見つめて固まっていた。
「高校生の頃に、僕が一度だけ寝た女の子が犯人だった。」
「殺されたのか?」
「違うよ。痴漢だと言われた霧人は、ホームから飛び降りたんだ。」
「なんで?」
「事故だよ。逃げようとしたとホームにいた人が証言をした。10分遅れてしまった事が、いけなかった。霧人はね、忘れ物を取りに戻ったんだよ。」
「忘れ物ってなに?」
俺の言葉に、安西は鞄から何かを取り出した。
「その日は、僕の誕生日でね。」
星と栞が、それを見て泣いてる。
ボキボキに折れた筆…。
「新しい道具が欲しいって話したんだ。一緒に住む家で、渡せばすんだんだよ。なのに、霧人は取りに帰った。月の星公園にいた人の話だと、僕が来る10分前の出来事だった。遅刻などしなければ、今も霧人は生きていた。」
安西は、泣けないようで苦しんでいる。
「痴漢だと言った女の人は、僕が高校生の頃に肌を重ねた相手だった。彼女は、僕に凄まじい執着心を持っていた。霧人と別れたがっていると勝手な被害妄想まで始まっていたようで。痴漢だと言ったんだと…。彼女の友人が教えてくれたよ」
「その人は?捕まったのか?」
「死んだよ。僕に会いに来た日に、僕のこの姿を見てね。どうやら、幻滅したようだね。」
「勝手だな。」
「元は、僕自身が悪かったんだ。高校の時の僕は、酷い人間だったんだよ。だからって、霧人は何も関係なかったのにな。僕が、付き合う時にプロポーズなんてしなければ…。霧人は、僕と別れて誰かと幸せな未来にいたのに…。たったの、23年で霧人の人生を終わらしてしまったんだ。」
安西は、折れた筆を握りしめている。
「あれから、僕は涙が流れないんだ。最初は、すべての感情がなかったんだけど。正人さんが、絵を描かせてくれたお陰で、ここ二年でやっと笑えるようになってきたんだ。」
安西は、そう言って筆を鞄にしまった。
「終わったら一緒に行くだろ?」
「ああ、キャンパスを見て描かなくちゃな。」
安西は、栞に笑いかけた。
俺は、安西といれば、何か見つかるかもしれない気がしていた。




