捨てないよね[月の視点]
目覚めたけれど、何も変わらなかった。
あのアニメのお姫様のように、目覚めたら全部覚えていたらいいと思っていたけれど…。
「橘月では、なかったか…」
矢吹さんを思い出す事も、できなかった。
情けない。
キッチンに行って、水を飲んだ。
シャワーを浴びてから、俺は用意をする。
体の奥に、橘月がいる気がするのに
目覚めれば、何も覚えてない俺なのだ。
月城病院へは、電車で向かった。
兄と名乗る存在に、腕を掴まれても誰かわからなかった。
もう一人兄が、いた事に驚いた。
ペーパーナイフをペタペタ頬に当てられる感覚とこの兄が話す言葉は、何故か俺の胸をギリギリと締め上げてきた。
ダンって、壁を殴られた時。
身体中を恐怖が駆け巡って。
ヘナヘナと座り込むしかなかった。
流星という兄さんは、優しかった。
能力がないそう言われた事に、悲しさしかなかった。
流星兄さんが、やり方を説明するのをジッーと見ていた。
恥ずかしそうな顔をした時に、胸がトクンとした気がした。
俺も同じようにやってみせた。
紙コップに注いだものに、何の価値もないのをわかっていながらも俺は宇宙兄さんに渡した。
顕微鏡を覗けと言われて、見比べた。
流星兄さんの方は、目がチカチカとするのに…。
俺のは、ただの真っ白だった。
何もないではないか…。
何も…。
涙が流れてくるのを止めれなかった。
「理解しました。帰ります」
「月、ちゃんと伝えるんだぞ」
ニコニコ笑う、その人の顔に苛立ちを覚えた。
「待って、月。送るよ」
「結構です。さようなら」
流星兄さんの手を離して、歩きだす。
酷く、惨めだった。
何て、伝えればいいかわからなかった。
病院を出て、暫くしたら雨が降りだした。
何故か、矢吹さんに会いたくなった。
ザァー、ザァー。
矢吹さんは、俺を捨てないって勝手に思っていた。
何でだよ。
何で…。
こんな体って、わかってたらマッチングアプリなんてしなかった。
涙が流れても、雨のお陰で洗い流されていく。
矢吹さんは、俺を捨てないよね。
矢吹さんなら、俺を受け入れてくれるよね?
俺、今、矢吹さんを失ったら嫌だよ。
何か、うまくいえないし、わかんないけど、嫌だ。
ガチャ…
って、家の鍵を開けて入った。
矢吹さんの靴が、あった。
リビングに行く、ベランダの窓から風が入ってきた。
近づくと、矢吹さんがいた。
「別れ話をしましょうか?」
そう矢吹さんが、言った。
なぜ?
矢吹さんは、俺を捨てないと思っていた。
濡れた服で、矢吹さんはリビングに入ってきた。
「座ってください」
「死んでいいですか?」
俺は、そう矢吹さんに言っていた。
矢吹さんは、固まっていたし。
俺も自分が何を発したかわかってなかった。
「縛りつけるのは、お互いの為にならないよね?月は、僕を愛せないでしょ?だから、僕達は…」
「言わないでくれ」
耳を塞いだ。
「矢吹さん、サヨナラを言わないでくれよ」
俺は、ズルい。
そんな俺が、堪らなく嫌いだ。
「どうしたの?何かあったの?僕と離れたいと言ったのは月だよ。」
絵を描いた紙を見せてきた。
そうだ。
矢吹さんに、先にサヨナラを言ったのは俺なのだ。
「わかった。サヨナラします。もう、矢吹さんには近づかない。そう、誰にも近づかないから」
頭がグチャグチャで、纏まらない。
俺は、玄関に向かう。
もうね、一つしか考えてなかったんだよ。
それだけしか、頭を支配しなかったんだよ。
「死ぬなんて、卑怯だ。」
矢吹さんは、玄関にやってきて俺の腕を掴んだ。
「生きてますよ。ちゃんと」
「嘘をつくな」
そう言って、矢吹さんは俺の腕を強く引っ張った、倒れそうになって、その場で尻餅をついた。
矢吹さんは、足の上に乗っかってきて俺を床に押し倒した。
「どうせ死ぬなら、僕を抱けるでしょ?気持ち悪くたって、そうしてよ。僕の全てに月を残してからにしてよ」
矢吹さんは、泣きながら俺の服を脱がし始めた。
何故かは、わからないけれど
そうされるのを体が喜んでいる。
抗えないのが、わかる。
俺は、矢吹さんの唇をなぞった。
矢吹さんは、その指を口を開いて自分の口の中へと引き寄せた。




