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澱み①



 今夜は満月である。 




 とっくに真夜中だというのに、魔王城の中は少しばかり騒がしい。

 それというのも、魔王の娘であるアスラ姫の姿が、昼間から見えないからだ。少しばかり事情を知る使用人たちの間では、魔王がお尻のアザのことを隠していたことに反発し家出したんじゃないかという噂まで流れ始めていた。



 そんな中で一人、部屋に閉じこもってベッドから窓の外を見つめる女性がいた。

 彼女の名はメリュジーヌ。吸血鬼(ヴァンパイア)であり、魔王の妻であり、魔大陸に熱狂的なファンが多い人物。それでいて民衆の前に出ることは滅多に無いとされている、謎多き美女である。


 吸血鬼は夜行性、というより、太陽に嫌われているので夜にしか行動できないのだが、彼女はこの時間になってもベッドの上にいる。明かりもつけず、窓から差し込む月の光のみが彼女を優しく照らしている。




「・・・・・随分と疲れているみたいね」


 視線は窓から外さない。しかし、そう問いかけた意識の先にある暗がり、部屋の扉の前に、誰かが立っていた。


 魔王軍第八師団、レグラ師団長である。

 髪は振り乱され、息も荒く、鋭い目は瞳孔が縮んで充血し、露出の多いその肌からは玉のような汗が浮かんでいる。以前のような溌剌(はつらつ)とした雰囲気は見る影もない。



 それでもメリュジーヌは、落ち着いた声で問いかけ続ける。


「あの子は、アスラは無事なの?」

「・・・・・なんなんだあのガキは」


 質問に対する反応なのだろうが、まるで答えにはなっていない。むしろ、レグラ自身に対して問いかけているようにも見える。


「呑気なガキだと思ってた。超が付く天才だが、夢見がちであたいのケツにくっつくのが大好きな、御しやすい存在だと。

 14のガキが、なぜああも自分を棚に上げて人と向き合える? まるで善人も悪人も身内もよそ者も救いの対象だと言わんばかりに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ああ、なるほどね」


 ようやく、メリュジーヌはレグラに向き直った。その目はとても静かで、慈悲深い。

 レグラからすれば、彼女の娘によく似た目をしていて、不快極まりなかった。あの目で見られると、何もかも切り崩されそうで身動きが取れなくなるのだ。


「それがあの子の『勇者』の部分なのよ。あらゆる全てを差し置いてでも、他者を救わずにはいられない。それこそが勇者に選ばれる理由の一つで、一種の呪いのようなもの。まあ、あなたのような『不幸な子』にはアレルギー反応が出てもおかしくないわね」




「・・・・・当然詳しいよな、メリュジーヌ。いや、()()()()()()()()()()()



 レグラの呟いたそれはごく一部のものしか知らない、魔王の娘が勇者であること以上の極秘事項。メリュジーヌは思わず目を見開いた。


「もうそんなところまで掴んでるのね。〝黒真珠教団〟の末端でも、そこまで知る人は少ないわ?」

「もっと教えてやろうか? お前が『戦うはずだった』先々代の魔王ゴルゴンゾーラがどうなったのか、どうして勇者(アスラ)の誕生が遅れたのか。140年前の真実を」


 状況的にマウントが取れていると判断したのか、少しだけ落ち着きを取り戻すレグラ。その顔は歪んでいき、嘲笑うかのような表情が見て取れる。

 途端に饒舌になり、次々と言葉が紡がれる。


 長い長いメリュジーヌの、勇者メリージェーンの物語が。





「あたいの生まれる前のことだが、聞いた話じゃ、ゴルゴンゾーラは人間にとっても魔族にとっても危険なオークの魔王。ほとんど同族のみで軍をまとめ、数を増やして世界を支配しようとしたとんでもない野郎だ。兄貴が史上最強なら、先々代は史上最悪ってところか。

 ヤツの魔法『同族付与(ファミリーバフ)』は、同族に狂人化と性欲・食欲の増幅の効果を与え、自らも他の魔族を食べて強化し能力を増やすというものだった。実際、他の魔族にとっても脅威だったらしい」


 他者を喰らい、敵の戦力を削ぎ、力をつける。狂人化によってオークの兵士たちはまともな判断が出来ないが、『喰え』『犯せ』『進め』の指示さえ理解出来れば良い。それゆえに、魔王ゴルゴンゾーラを含め軍の上層部には倫理観のイカれたやつしかいなかった。

数を減らされた他の魔族や、休みなく侵略される人間たちは、世界の終焉を覚悟したことだろう。それほどの厄災であった。


「当時勇者だったアンタはその勢いに前線で戦うことしかできなかった。

 しかしそんなある日、アンタは単独で敵軍に突入し、突破力そのままに魔王を討ち取るという、あまりにも無謀な作戦に討って出たんだ。

 勇者とはいえアンタも女で、ヤツらの大好物だ。無数のオークの群れに突っ込み、撹乱し逃げ回る。ほとんど自殺行為と言っても良い道のりを一週間かけて、アンタは奇跡的に乗り越えた」


 魔法で薙ぎ払い移動し、魔力が切れればその脚で駆け回り、回復したらまた薙ぎ払う。時には地形を利用し、時には息を殺して陰に潜むが、ほとんどが死線を潜るような道のりであった。

 彼女が、勇者メリージェーンが魔王城に辿り着く頃には、剣は折れ鎧は砕け散り、どうしようもなく疲労困憊といった(てい)であった。五体満足だったのが不思議なくらいだ。


 しかし、標的である魔王には先客がいた。


「そこにいたのは同じくボロボロになった魔族たち、数少ない抵抗軍(レジスタンス)だった。アンタと同様に、少数で切り込み魔王を討とうとしたのだろう。

 互いに驚きつつも利害は一致し、魔族と勇者が協力して魔王討伐を仕掛けるという、前代未聞の事態に発展した」


 それは熾烈な戦いだった。即席ながらも絶え間ない連携に、さすがのゴルゴンゾーラも苦戦を強いられた。

 しかし、あくまでも苦戦だっただけである。ゴルゴンゾーラの優勢に変わりはない。


「それでなんとか持ち堪えていたが、やがて主力だった吸血鬼の真祖がヤツに喰われ、一気に形勢が傾いた。

 間も無くその場の全員が地に伏し、せめて一矢報いようと動いたアンタに、ヤツは()()()()()


 喰った者の能力の一部を手中に収める、『同族付与(ファミリーバフ)』。ゴルゴンゾーラは手に入れたばかりの吸血鬼の能力を使い、メリージェーンを吸血鬼にして隷属化しようとした。

 討伐メンバーの中で唯一の女性であったがゆえに、目をつけられたのだ。


「その隙を突いて、先代の魔王になる男が先々代を討ち取った。

 統率を失ったオークどもは互いを食い合い、一気に数を減らした。


 世界に平和が訪れた。しかし、アンタは吸血鬼のままだ」


 彼女は勇者で、人間側の最高戦力だが、魔族にとってもメリージェーンは世界を救った英雄である。

 吸血鬼となった彼女に、先代魔王は温情として魔大陸の永住権を与えた。吸血鬼たちも新たな同胞として、優しく彼女を迎え入れた。

 それまで魔族を敵視していたメリージェーンも、隣人を愛する吸血鬼メリュジーヌになった。




「そう、アンタは吸血鬼だ。下位の『なりたて』でも、戦いで傷つき弱っていても、他の魔族の数倍は長い寿命を持っている。

 そして、同じ時代に勇者が生まれた事は一度も無い」



 人間どころか世界の敵だった先々代魔王ゴルゴンゾーラ。

 行動原理は『こうすれば楽しい』のみ、気まぐれな先代魔王マージャフラハ。

 そして、史上最強と謳われし今代の魔王ゾルダーク。




「人間にとって危険な魔王が、三代続けて現れたにも関わらず、勇者は生まれてこなかった。

 そりゃそうだ、人間だったらとっくに死んでるはずの先代勇者がまだ生きてるんだから」

「そう、私が勇者として生きている限り、次の勇者は生まれない。神様もきっと慌てたでしょうね。

 だから今回の出来事は、神様が一か八かの奇策に出た結果だと思うの。私のお腹にあった『光の刻印』を、娘のお尻にそのまま移すというね」


 メリュジーヌの言う通り、本当に神様が勇者を選ぶのだとしたら、相当に悩んだことだろう。きっとその時たまたま、生まれる前のアスラにその因子があることを見抜き、勇者の証と力を移したのだ。そこで起こる化学反応に期待して。





「ずいぶん長い話だったけど、大方その通りよ。それとも、他に聞きたいことでもある?」

「あるさ。アンタだから知ってるはずだ。今話した以外の事、今度は3()0()()()()()()()




 いつの間にか伸びた背筋。鋭い眼光。レグラは完全にメリュジーヌを敵として見据え、ゆっくりと歩み寄ってくる。

 そして、そのまま差し出された右手から伸びる極細の白い糸に、メリュジーヌは驚愕する。


「それは、ロゼちゃんの」

「ああ、『操糸』だよ。姉貴と違って相手は操れない、記憶を読むだけだがな」


 幼い頃、双子の姉がこの糸をレグラにくっつけ、糸電話ごっこと称してお互いに通じ合うという遊びをよくやっていた。ロゼが亡くなってからしばらくして、レグラも気付けば出せるようになっていたのだ。



「多分、アンタは肝心なことは話してくれない。実際に何を企んでるのかも、姉貴が死んだわけも。

 ただあたいは、アンタが全てを知っていると思っている。アンタが魔王妃になるのもアスラが生まれるのも、姉貴の死すら全て企みの一部だった。

 全ては人間の為、そう考えると辻褄が合うんだよ」

「・・・・・結論から言わしてもらうと、あなたのいうような真実は無いわよ」


 そう口にするメリュジーヌに対するレグラの目は、黒く黒く(よど)んでいた。



「ごまかしなどもうたくさんだ!」


 そう吐き捨てるように叫び、腰のナイフを抜き放つレグラに、メリュジーヌは怯える事なくベッドの上で立ち上がり両手を広げた。


「ならどうぞ、その糸で私の記憶を読み取り、ロゼちゃんの復讐にその刃を突き立てなさい。説明してもどうせ信じないでしょう?」


 ここまで来ても変わらない勇者然としたその態度が、レグラをさらにイラつかせる。


「兄貴に、アンタの旦那に謝罪や反省は無いのか。アスラに申し訳ないと思わないのか!」

「いいえ全く。後悔はしてないもの」

「・・・・・その一言が聞きたかったんだ」


 記憶を読むだけでは生ぬるい。レグラは、ここに来てなお刺す口実を求めていたのだ。



『操糸』を出していた右手よりも先に、左手に持ったナイフを突き出してメリュジーヌの腹部に突き立てた。刃が肉に沈む生々しい感触と、若干のうめき声と共に、彼女の膝ががくりと折れる。


「弱っているとはいえ吸血鬼だ、この程度じゃ死なねえだろ。さて、操糸(コレ)でアンタの全てを洗い出してやる」


 レグラはナイフを握る手に力を込めながら、残る右手で首を絞め直接魔力の糸を脳幹に接続させた。


 メリュジーヌの人間だった頃の記憶や、手に入れた力、現在の体の状態など、さまざまな記憶が流れ込んでくる。そして繋がった、断片的ではあるが、双子の姉の情報が。


「ははは、やった、やったぞ。これで姉貴は浮かばれる。『あの人』に報告すれば、()()()()()()()()()()()()()

 これでこの女の企みも明るみに出る。何もかもこれで・・・・・」


 だが、レグラの表情は瞬時に硬直し、部屋に入ってきた時と同じように青ざめ汗をかきぶるぶると震え出した。

 与えられる情報が、求めているものと違う。それどころか、レグラは求めていたものが急速に遠ざかるのを感じていた。


「嫉妬の悪魔? 黒真珠が端末? 先々代の魔王に暴食の悪魔の疑い? なんだ、なんなんだこれは・・・・・」

「魔族でも人間でもドラゴンでもない、古代において私たちの宿敵だった種族よ。彼らはあの時も暗躍していた。ロゼちゃんはその被害者の一人」

「嘘だ、そんなの」


 信じたくない、信じてはいけない。そう思うが、情報はすでに彼女の頭に放り込まれている。


「不要でしょうけど、あなたが聞きたかったことに答えてあげるわ。答えは否。ロゼちゃんは自分の寿命と悪魔に意識が乗っ取られることを見越して、自ら命を投げ出したのよ」

『兄貴、義姉(ねえ)さん・・・レグラに、ごめんっ、て・・・・・』


 ようやく出てきたメリュジーヌの答えに、最愛の姉の声が重なって聞こえてくる。

 気付けば目の前にはレグラにそっくりな魔族が、胸と口から鮮血を流し壁にもたれかかるように倒れていた。


 そして、姉の耳には黒真珠のピアス。レグラの耳に下がっているものと、全く同じ物。







『アラぁ、ようやく気づいたのぉ?』



 同じ声で、ねっとりするような口調で、『悪魔』が囁きかけてきて、レグラは絶叫した。


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