女同士でも裸のド突き合い
「ふぬぅ、さむ・・・・・」
ひんやりとした空気に頬を撫でられ、わたしの意識はゆっくりと覚醒する。
寒いと言うか冷たい。背面が全体的に冷たい。どうやらわたしは石の壁に寄りかかって眠っていたようだ。てかここ、紛う事なき石の牢屋だ。
「お目覚めかいお姫さん」
鉄格子の向こうから声をかけてくる何かがいた。薄暗くてよく見えないが、ゼリーのような何かがそこにいることはわかった。わたしより背が低く、横幅が広い。丸みのある正三角形に近い形状だ。
「えっと、誰? 暗くてよく見えないんだけど」
「悪いが明かりは近づけないぜ。いくらオイラが無性別種族だからって、位の高いレディの肌を見るわけにはいかないからな」
そう、彼(?)の言う通り、わたしはなぜか全裸である。
「湯冷めしちゃうな、『〝灯火〟』・・・・・あれ?」
明かりと暖を取るために簡単な火の魔術を使おうとしたが、そのための魔力を上手く練ることが出来ない。もしやと思い自身の得意な魔法を使おうとしたがこれもダメ。そもそも体があまり動きません。何なんコレ。
「ムダだぜ。レグラ師団長の麻痺毒がまだ残ってるし、この牢屋には『乱魔の輝石』のカケラが散りばめられてるからな。魔法なんざマトモに使えな・・・」
「『火よ、我が指先に灯れ。〝灯火〟』。あ、出来た」
「なっ!?」
短縮詠唱でようやくと言ったところか、これだとより強力な魔術は使えないっぽい。魔法も・・・・・大したことはできないな。わたしのは魔力燃費悪いし。
しかしずいぶん弱くなっている。こんなマッチ程度の火で何をしろと言うのか。
「お、驚いたぜ。師団長から聞かされてはいたが、若干14にして城内にその名を轟かせるだけのことはあるな」
「ん、んん〜?」
わたしを裸で牢屋にぶち込んでおきながら、妙にハードボイルドで紳士な態度を見せてくれた牢番。その姿を拝んでおかねばと、未だ毒に痺れる体を引きずって、指先の火を鉄格子に近づけてみる。
赤い光に照らされた、濃く黄色い半透明のつるんとしたボディ。わたしより若干背は低いのだろうが、その横幅のせいで妙な威圧感がある。巨大な卵の黄身のようなボディには確かに目と口があり、腕のように生えた二本の触手は細い鉄の棒を抱えていた。
「・・・・・王種のスライムだ、初めて見た。」
「オウよ! オイラはキングオレンジスライムのイルミナント小隊長だ! よろしくだぜお姫さん!」
不定形な半液状の謎モンスター・スライム。
本来なら彼らに知性はなく、体内に入ってきたものを溶かして吸収しながら歩くだけの生物だ。しかも不思議なことに、彼らは自分以外のスライムを見つけると敵対反応を示し、互いに互いを吸収しようとする習性がある。この時勝利した方のスライムは大きくなるだけで、普通のスライムと変わりはない。
しかし、稀に同種のスライム同士で合体を繰り返し、知性を手に入れるスライムもいる。それが彼・イルミナント小隊長のような王種と呼ばれるスライムだ。
彼ら王種は各々の色に見合った属性の強力な魔法を使い、その知性でたびたび魔族の歴史を塗り替え発展させてきた。歴代の魔王の中にも王種のスライムがいたぐらいだ。
「っと、おいおい姫さん。あんまり近付くんじゃねえぜ? オイラ心は男だし、何なら80越えのおっさんさ。嫁入り前の王族が肌を晒すもんじゃねえよ」
「すげえ紳士だ」
「今レグラ師団長が姫さんの服を取りに行ってるからな。すまないがそれまで待っててくれ」
「・・・・・そうだ、レグ姉」
だんだんと思い出してきた。わたし、レグ姉に嵌められたんだ。わたしは鉄格子をつかんでさらに詰め寄る。
「ねえ、なんでわたしは捕まったの?」
「おいおい近付くなって言ったじゃねえか。そんな慌てなくても後で師団長本人から説明があるから、大人しく待つんだぜ? お、噂をすればだ」
カツーン、カツーンと、石の階段を叩く硬い音が響いてくる。
ここは地下だろうか? このような牢屋の存在は耳にしたことがないし、足音の聞こえる出入り口の向こうには上り階段が見えている。それ以上のものは見れないが、おそらく自分のいる房の隣にも、同じような監房が並んでいるのだろう。
足音の響きの間隔がさらに近づいていき、その音の正体が明らかになる。
「お疲れ様でえす、小隊長殿ぉ」
「・・・・・ゲラルド兵長、ここは立ち入り禁止だ。師団長に言われなかったか?」
ゲラルドと呼ばれた兵士は、背が高く若い馬面の魔族だった。硬い靴音は蹄の音だったのだろう。力が自慢なのか、柄が長く頭の大きなメイスを腰にぶら下げている。
「申し訳ありません。ですが、勇者に選ばれたとかいう裏切り者を一目見ておきたくてですなぁ」
そう言いながら下卑た視線で舐め回すようにわたしを見つめる馬面の男。なるほど、男にこう言う視線を向けられるのは初めてだけど、なかなかに気分の悪いものだ。
「なぁるほど、生意気な目をしている。我々魔族と敵対するだけのことはある」
「兵長。確かにお姫さんは一時勇者として扱うが、我々の勢力に引き入れるとも言ったはずだ」
「相変わらず小隊長殿は考えが甘いですなぁ」
部下の態度にイルミナントが注意するが、それを見下すようにゲラルドは鼻を鳴らした。ていうか、勢力って何? あんたらクーデターでも起こすの?
「勇者ですぞ? この世界で最も、魔王を倒せる可能性が高い『人間』。それを次代の魔王に推薦するなど、正気の沙汰とは思えませんな」
「無礼者! 姫さんは生粋の魔族だぞ! 」
「ったく、ボディは柔軟なクセして頭が硬い。所詮はスライムか」
「どう言う意味だ?」
ゲラルドの言葉遣いや雰囲気が変わり、イルミナントも声を低くし目を細める。前者は腰からメイスをとり、後者は鉄棒を構える。まさに一触即発だ。
「王種だか何だか知らんが、雑魚モンスター如きがエリートである俺様より階級が上などどうかしている。しかもいつまでも小隊長止まりなのは、魔法が使えないからという話だったな」
「お前だって魔法はほとんど使えないだろ。そのメイスじゃ俺の油性ボディに傷ひとつつかないぜ?」
「抜かせ。斬っても突いても無駄ならば、叩いて飛沫にするだけだ」
「その長い鼻っ柱へし折ってくれる」
うおおすげえ! これってあれだよね。一人の女を巡って男が争うっていう定番シーンだよね。『やめて! わたしのために争わないで!』って一度言ってみたいセリフが言えるやつだ! いやあ美しいって罪だねぇ。ウヘヘヘヘ。
そんなことを思いながら全裸でモジモジしていたのだが、ふとゲラルドの背後に長身の女性が立っているのを見つけた。
「あ、レグ姉」
「「・・・・・えっ?」」
ゲラルドが振り向き、イルミナントが覗き込む。
そこに立つのは、額から捻れた双角を生やす魔王軍の女幹部・レグラ師団長だ。右手には、部屋から持ってきたであろうわたしの服が握られている。
「ゲラルド兵長、ここで何をしている」
「これはこれは師団長殿、先ほどはいきなり作戦の決行を聞かされて驚きましたぞ。しかも、この娘の正体については寝耳に水で」
「質問に応えろ、ここで何をしている」
「・・・・・抗議しにきたんですよ。この娘が勇者だと知ったその上で、本当に『あの作戦』を決行するのかと」
何だか真面目そうな話をしているが、ゲラルドはレグ姉の露出の多い格好を、わたしを見た時と同じ下卑た視線で見つめている。おいおい、レグ姉笑っちゃいるけど、凍りつくようなオーラが漏れてるよ? 後ろのスライムなんてメッチャ怒りに震えてんじゃん。早く気づけアホ馬。
「貴様、魔王軍に入隊したのはいつだ」
「半年前です。このたび実力が認められ、異例のスピードで兵長に昇進しました」
「異例とか自分で言うのはどうかと思うが、まあ良い。この作戦が発足した原因については知っているか?」
「小隊長から聞きました。何でも、『三十年前のある出来事』が関わっているとか」
「そうだ。それゆえあたいについてくるのも当時を知る者がほとんど、残りは彼らからスカウトされ賛同した実力ある若者、貴様はその中の一人である」
「そうですな。若輩者である私を推薦してくださった小隊長に感謝し・・・」
「なればこそ、『あの時の事』を知らないヤツが抗議できることなど何もねえよ。さっさと持ち場に戻りやがれブタ馬クソ野郎」
先ほどまでの厳格な言葉遣いは何処へやら、ストレートに怒りと罵詈雑言をぶつけ命令するレグ姉。ヤベエおしっこちびりそう。全裸で漏らすとかこれ以上の痴態はないけど、そうも言ってられないぐらいレグ姉が怖い。
「・・・・・やれやれ、女でも幹部だからと自身に言い聞かせてたが、流石に頭にくるな」
そんな状況でも身の程知らずなこの馬の存在も怖すぎる。
ゲラルドが右手に持っていたメイスを後ろに引く。同時に、空いた左手から魔力光が迸り、曲がった光の棒のようなものが生成される。
顕現されたそれは雷の弓。そのツルは後ろに引いたメイスの柄尻にかけられ、さながら矢のようにその大きな頭部をレグ姉に向けていた。矢となったメイスも必然的に帯電する。
「下克上だババァ。テメエが今まで積み上げてきたものを、俺様の才能がぶち壊してくれる」
「そう言いながら先に奥の手出すようじゃあ、器が知れるよな」
「抜かせ、先に構えさせたのはそっちだろ? その油断ごとぶち抜くぜ? 俺の魔法〝雷撃〟でなぁ」
確かに彼の〝雷撃〟とやらは発動に時間のかかる中距離攻撃用の魔法に見えるが、ここまで引き絞ればその指を離すだけで瞬時にレグ姉を貫くだろう。ほぼゼロ距離の標的なら外すこともあり得ない。
それでもレグ姉は構えない。棒立ちのまま、柔和な笑顔で語りかける。
「やれるもんならやってみな、身の程知らずのクソガキ」
「テメェッ!!!」
指がメイスから離れる。
怒号と共に稲妻は、しかし放たれなかった。
「・・・・・馬鹿な」
ゲラルドの呟きも無理からぬ事だろう。そばで見ていたわたしやイルミナントも、同じことを思ったはずだ。
なんせ、メイスは初期位置から一ミリも動かず、踏み込んだレグ姉の手で掴まれてたのだから。
「敗因を教えてやるよ」
未だ帯電するメイスを掴みながら、もう片方の手でゆっくり男の左腕を掴むレグ姉。それをきっかけに雷の弓が霧散して消滅し、メイスが彼女の手を離れ重力に従ってガツンと落ちた。
「あたいの吐息に麻痺毒の霧を混ぜたんだ。無色透明だし、こんな密室だからな。神経に作用して反応を鈍らせたのさ。イルミのおっちゃんは耐性あるから効かんかったろうけど」
レグ姉の答え合わせに対し、イルミナントはいやいやと首を横にふる。相手の反応が鈍ってても、あのタイミングでメイスを掴めるのはおかしいのだ。化け物じみていることに変わりはない。
それに気づかないゲラルドが苦しい声で反論する。
「ぐっ、卑怯な」
「これがあたいの戦い方だよ。ほら、ご自慢の腕力で振り払ってみな。あたいの麻痺毒も今なら筋肉には作用しないから。何なら力づくで手篭めにしてくれても良いんだよ?」
「舐めやがってッ」
挑発しながら右腕の方も掴んできたレグ姉に対し、ゲラルドは振り払おうと力を込めるが、ほとんど動かせない。それどころか、掴まれた両腕がメキメキと音をたてている。
「おっちゃん、いつだったかの忘年会で幹部全員の腕相撲大会したよな。あたいって序列で言うとどのくらいだった?」
「む、確か八師団長の中でも五番手だったぜ? 後からゴレムス将軍が全抜きしたけどな」
「そう言うことだ新人。あたいですら幹部の中じゃ下の方だし、そもそもパワーで戦うタイプじゃねえ。お前は魔王軍幹部の土俵にすら立てないんだよ」
握る手に力を込めるのをやめ、今度はその鋭い爪を食い込ませる。男の顔が苦痛に歪むのを、レグ姉は満足そうに微笑みながらこう言った。
「おや、血が出ているねえ、かわいそうに。このままあたいの毒を流し込んだらどうなると思う? 血液から直接心臓を麻痺させてやろうか?」
「や、やめ・・・」
「ほぉら、少しずつ流し込まれていくよぉ? 指先が痺れ、息が苦しくなり、意識もどんどん薄れてってぇ・・・・・」
レグ姉から紡がれる言葉と同じような感覚を感じているのだろう。ゲラルドは歯をガチガチと鳴らし、涙と鼻水にまみれた顔で嗚咽を漏らし始めた。
そしてついに、白目を剥いて口から泡を噴きながら、どう、と倒れたのである。
「これが正しい新人教育さ」
そう言いながら胸を張ってるけど、要するに圧倒的な実力差による精神攻撃だ。すごい陰険だった。ぜひ真似したい。
目を輝かせ拍手をしているわたしに、レグ姉は落としていた服を拾い差し出した。
「城内はお前がいなくなったことに気づいて、慌ただしくなってきている。一応脱衣所の服は回収して処分したし、替えの服もバレないようにこっそり持ってきた。とりあえず着ておけ」
「うん、ありがとう」
そう言いながらわたしは指に灯した火を消して、鉄格子の隙間からその手を突き出し着替えを受け取る。
そしてそのままレグ姉のツノを掴み、横っ面を拳で引っ叩いたのであった。
※用語集
・魔法と魔術
プロローグを除いた2話目でも少し説明はしたが、この世界には想像を具現化する奇跡として魔法があり、それを行使するだけの魔力を内包する者が使用している。この想像には個性・向き不向きがあるので、儀礼や詠唱などのプロセスを踏んで固定化し、誰にでも使えるようにした物が存在する。これを魔術という。
・魔族の年齢
多種多様な魔族だが、平均寿命は150年である。亜人型は人間と同様に第二次性徴まで15年ほどで成長し、それ以降は人間と比べて約二分の一の速さで老いていく。精神年齢もそれに引っ張られるようで、それらが魔族全体の基準となっている。
ちなみにキングオレンジスライムのイルミナントは八十歳を越えているらしいが、実年齢80 × 人間と比べた15以降の成長・老化速度1/2 + 人間と同速の成長をする最初の15年 = 人間で言うところの55歳かそれ以上 となる。もちろん個人差や種族差はございます。スライムって歳とるんかな。