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レグラ姉さん


「・・・・・レグ(ねえ)



 お母様の部屋から退出しようとしたら、こちらを覗き込む魔族がいた。お父様によく似た、凶々しい大きなツノが、扉のすき間からからヌッと突き出してくる。


「よ、よおアスラ。あとメリュジーヌ、まだ昼だけど起きてて大丈夫なのか?」

「ええレグラ。陽に当たらない限りは起きてても問題ないわ」


 スレンダーな長身に、お父様と同じ鮮やかな青い肌。ただその質感は両生類のそれに近く滑らかで、背中を中心に頬やうなじ・二の腕・外ももにかけて、黒いまだらが広がっている。

 ビキニタイプのアーマーにホットパンツと、かなり露出の多い格好ではあるけど、それは彼女の能力に大きく影響するのだとか。

 

 魔王の妹であり、わたしの叔母にあたるレグラ姉さん。魔王軍における師団長クラスの幹部だ。



「そうか。取り込み中悪いけど、ちょっとアスラ連れてくわ」

「ごめんなさい、さっきの話は・・・・・」

「大丈夫、あたいも悪いようにはしねえし、あんたにも聞かねえから。アスラ、来い」

「う、うん」


 わたしのことを見ようともせずにそう言い放ち、部屋を出ていくレグ(ねえ)を見て、わたしは慌てて追いかける。

 普段ならどこでも砕けた喋り方をするし、上司である四天王でも、年上である両親に対してもそのスタンスは変えない。レグ(ねえ)は一人っ子なわたしにとっても、仲の良いお姉さん的存在である。

 でも、今のレグ(ねえ)は何だか怖い。後ろ姿だけど、怒りとそれ以外とないまぜになった不気味なオーラが湧き出ている。


「兄貴は・・・お前の親父さんはどこにいる?」

「えっと、さっき兵科の食堂で会った」

「わかった」

「あの、レグ(ねえ)?」

「何も言うな、親父さんに全部説明さすから」

「・・・・・」



 ヤバい、これ、めちゃくちゃ怒ってる。基本的に短気だけど、それでも今まで見たことないぐらい怒りに震えてるのがわかってしまう。

 そうこういるうちに、食堂に着いてしまった。長身な上に早歩きだからあっという間だ。

 



「おんどれクソ兄貴ぃ!!!」



 どっかぁん!!!!! と効果音がぶっ壊れそうな勢いで扉を開け放つレグ(ねえ)。お昼時ということもあって、魔王城に常駐している一兵卒たちが思い思いに食事を楽しんでいたが、師団長クラスの彼女が唸り声をあげながら入ってくるのを見て硬直してしまっている。


「おいお前! 魔王陛下はどこだ!」

「ひっ、へ、陛下ならあちらに・・・」


 近くに座っていた一般兵の胸ぐらを掴んで、自身の裂けた口から紫色の息を吐き出した。怖すぎる。

 哀れナメクジ顔の兵士は、口からほうれん草のスープをたらしながら、ぬるぬるした手で食堂の奥を指差す。




 そこにはレグ(ねえ)の気迫すらも押し返さんばかりの陰鬱(いんうつ)なオーラが吹き出していた。その中心には、巨大な上裸の変態が体育座りでうずくまりながらブツブツと呪いの言葉を紡いでいる。

 そう、食堂の床に沈むこの男、こんなんでも魔王である。

 流石のレグ(ねえ)もこれには意表をつかれたようだ。恐る恐ると言った様子で声を掛ける。



「お、おい、兄貴?」


 ピクッと、耳だけが動き、少しだけ黒いオーラが引っ込んだ。どうやら聞く耳は持ってくれるらしい。


「・・・・・レグラぁ、我は父親失格だ」

「お、おぅ、そうだな」

「15で成人になって、心が成長しきったであろうタイミングを見計らう。その予定だったが、思えば今は子供にとって一番不安定な時期だ。もしかしたら反抗期かもしれんし、嫌われちゃったかも・・・・・」

「おまっ、それここで喋っても良いのかよ!? 師団長であるわたしも『その事』についてはついさっき知ったんだぞ!?」


 どうやらわたしが勇者であることは、レグ(ねえ)も知らなかったらしい。一部の幹部やメイドぐらいなのだろうか? だとすると、ここでその話をするのはまずいかもしれない。

 しかし魔王は止まらない。何らかの決意を固めたかのように、不敵な笑顔でゆっくりと立ち上がる。


「フッ、もう良いのだ! そもそもいつまでも隠すことなど出来ん! 良い機会だからここから大々的に発表して、世界中にアスラちゃんの凄さと可愛さをアピールし、世界の支配者にしてやろう! 邪魔者は全て撫で斬り根絶やし焼き尽くしてやる! フハーハハハハハぁ!!!」

「『麻痺体液(パラライズリキッド)』ぉ!!!!」

「ムグふゥう!!?」


 高笑いで開いた大口に、すかさずレグ(ねえ)が右腕を突っ込む。彼女の肌から強力な麻痺毒が分泌され、直接口内に流し込まれる。しばらく抵抗しようともがいていた魔王だったが、やがて痺れるように体を震わせながら泡を吹いて倒れた。巨体が地響きを鳴らし再び食堂の床に沈む。


「おいエルシー!」

「参上しました」

「このダメ魔王を政務室に! 長くはもたない!」

「承知いたしました」


 読んだだけですぐ来てくれる有能なメイド長エルシーは、お父様の両足をそれぞれ両脇に挟んで、ずるずると引きずっていった。あえて雑に扱っているようにも見えた。





「・・・・・ハァ、悪かったなアスラ」

「う、うん、なんかごめん」

「何であんたが謝るのさ? っとマズい、少しばかり目立ちすぎた」


 ようやくいつもの雰囲気に戻ったレグ(ねえ)があたりを見渡して呟く。魔王と幹部のただならぬやり取りといい不審な会話といい、衆目を集めるのには十分すぎる出来事だった。



「とりあえず場所を移したいが・・・・・そうか」


 ふと、レグ(ねえ)は何かを思いついたように、先ほどとは打って変わった満面の笑みでわたしにこう聞いてきた。





「アスラ、あたいと一緒に風呂入らないか?」


※用語集


・魔王軍の階級

 魔王軍は下から順に『一般兵』『兵長』『小隊・大隊長』『八師団長』『四天王』『魔王』という階級で成り立っており、師団長から上は幹部と呼ばれる。



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