両親の馴れ初めを聞きたいかは内容による
「あらあら、そんなことがあったの」
魔王である父に近い青白い肌。しかし、その輝きは父のものとは大きく異なり、光の当たる方向によって反射する色が微妙に変化する。それらが柔和な微笑みや鈴のような声と共に空間を満たすので、魔大陸ではファンクラブができるほどだ。
ベッドに横たわる魔族の女性。名前はメリュジーヌ。わたしの母親にあたる人物である。
わたしはさっきまでの出来事を、隣の椅子に座って報告していた。
「あらあらじゃないよ、お母様も知ってたんでしょ? さりげなく教えてくれたって良いじゃん」
「そう思ったけど、あの人が『必要な時が来たら話そう』って言うから」
「それ絶対言わないやつだよね」
ちなみにお父様だけど、『アスラちゃぁああああん!!! どこ行ってたのお!? パパはもう心配で寂しくて捜索隊を編成しようかと・・・・・』とか叫んで飛びついてきたので、カウンター気味に殴っておいた。齢14のペーペー魔族とはいえ、さすがは勇者補正。それなりに効いたらしく、キョトンとした顔で頬を抑えへたり込む父を背にし、その場を後にしてきた。生まれて初めて親を殴ったけど、これからも積極的にやりましょう。
「お母様、どうしてお父様と結婚したの?」
「さあて、どうしてだったかしら」
普段式典や儀礼以外で、お父様とお母様が一緒にいるところをあまり見ない。魔王になる以前から一緒だったって聞いたけど、正直言って恋愛結婚ていうのが信じられない。
「そうねえ、私の種族については聞いてるかしら?」
「吸血鬼でしょ? だから昼間はこうして寝室にこもってる」
「そうそう、太陽に呪われた夜の住人」
吸血鬼は陽光が弱点という特性上、他の種族とは生態が大きく異なり、交流も少ない。さらに言えば恐ろしく長命な種族なので、魔族の中では珍しく品位と格式を重んじる文化が根付いている。
そんなお貴族様のご令嬢であった母と、今もなおアホと暴力の化身である父が、魔王即位より前から好きあっていたという謎。
「私ね、吸血鬼の中では位が低い方なんだけど、さる高貴なお方のお気に入りだったのよ」
「ますますお父様との接点がわからない」
「そのご主人様は束縛が強くて、昼間は外に出れないのに夜も外に出してくれなかった」
「なるほど、読めてきた。見初めたお父様が箱入りだったお母様を連れて駆け落ちしたんだね? くぅ〜っ憎いねぇ!」
「そのあと普通にケンカを売りにきたあの人に許してもらうため、ご主人様は私を差し出したわ」
「想像以上に暴力的だった」
よく考えたらあの父が駆け落ちとかそんなキザな真似できるわけがない。
「もう大変だったわ。私が陽の光に弱いから、当時宿なしの根無し草だったあの人とは生活リズム合わないし。あの人もあれで女性慣れしてないから常にパニック状態だし」
「わたしだったらそんなハードな状況とっくに逃げ出してる」
そう、父は魔王のくせに女性を相手にすると喋れなくなるのだ。城のメイドたち程度ならいいが、魔王という立場にすり寄ってくる女性のアプローチなどには全く対応できない。という事は、母と出会うまで女性経験はなかったのだろうか?
「もともと力を求めて魔王を目指してたらしいのだけど、星のよく見える綺麗な夜に、あの人は私の手をとってこう言ったの。『メリュジーヌ。お前が安心して眠れる場所を、我が作ってやる。だからもう少し待って欲しい』」
「うひゃぁ、初々しすぎて逆に恥ずかしい!」
「その翌日、私を洞窟に置いてどっか出かけたと思ったら、ボコボコになって戻ってきて、『就職決まったから着いて来い』って。なんでも直接先代の魔王様にケンカ売って気に入られたらしいわ」
当時の父はまだ若く、その力を振るう事でしか強さを示すことができなかった。守るものができ、そのために選んだ行動もまた暴力であったが、結果的に魔王軍でその力を示し、母の居場所を作ることに成功した。
きっと、不器用ながらも父なりに奮闘するその姿に、母も胸を打たれ心惹かれたのだろう。うん、実にいい話だ。
「年下のマッチョ君が私のために尽くしてくれるって思うと、こう、たまらなかったわね」
「台無しだよ」
娘に両親の馴れ初めを話すなら、性癖は語らないで欲しい。
「ねえアスラちゃん、あなたは間違いなく私たちの愛の結晶なの。 私たちにとって、あなたが勇者かどうかなんて関係ないことだわ」
「でもお父様はわたしの存在を隠そうとしてたし、みんなわたしに内緒にしてた」
「それらは全てあなたを思っての事よ? あなたが勇者だと知れ渡れば、必要のない敵を増やす羽目になるけど、要するにバレなきゃいいのよ」
「そういう問題じゃないよ」
自分でもゾッとするほど冷たい声が出てしまった。わたしはまだ、笑顔を保てているだろうか?
「・・・・・アスラちゃん?」
「お母様はお母様なりに苦労したんだね。お父様もお父様なりの葛藤があった。わかるよ? 人には人それぞれの悩みがあって、みんな自分の中で目を背けるなり乗り越えるなりして解決してきた。でもさ、足りないよ。わたし自身が納得するには、時間も情報も思考も感情も何もかもが圧っっっ倒的に足りない」
「ねえ、少し落ち着いたら」
「触んないで」
頭上に伸ばされた手を、わたしは反射的に振り払ってしまった。
そう、お母様のいう通りだ、落ち着こう? わたしの中身が整うまで、わたしは昨日までのわたしを着こなすんだ。情報を集めるのも、誰かに話すのも、全てはわたし自身で答えを出すため。わたしの14年間が何だったのかを確かめるためだ。
でも、ダメだ。止まらない。椅子から、お母様から一歩離れ、わたしは叫ぶ。
「わたしへの愛とか、わたしを思ってだとか、全部そっちの都合じゃん! わたしはどうなるの? くだらないかもしれないけど、強くなって、憧れの魔王になって、来たる勇者を迎え撃つ。そんな魔族なら当たり前に持つ夢を持ち続けた14年間を! わたしはわたしをどう受け入れていいかわからない!!!」
「アスラちゃん・・・・・」
「なんとなく、本当に何となくだけど、そんな気はしてた。それでも、さっきお母様が言ったように見ないフリできてたんだよ?
なんで、今になって知ろうとしちゃったんだろう。何も決めてないのに、なんの覚悟も、できてないのに・・・・・」
声が、膝が、視界が揺れて、震える。
わたしは、俯くことしかできない。前を見ることができない。
お母様も、何も言わない。たぶん何も言えない。
「・・・・・あはは、ごめんなさい。これってわたしの内側の問題だし、わたしで何とかするよ。真っ昼間に八つ当たりしてごめん」
「・・・・・」
返事がないことを確認し、わたしはそのままお母様に背を向け、部屋の出口へと向かう。
そう、お母様は何も悪くない。わたしが何ともないように言うから、お母様も察して何でもないかのように話す。それでも、少しでもわたしの心の助けになればと、和気藹々とした空気を壊さないように、慎重に話をしてくれた。
先にその空気をぶち壊したのはわたしだ。わたしが作って、わたしが壊した。ただそれだけだ。
本当に勝手なことばかり言って、馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。
一つ深呼吸をして、ドアノブに手を伸ばしたその時、ひとりでに扉が開いた。
「ーーーーーご、ごめんな? たまたまそこで聞いちゃったけど、入って大丈夫か?」
※用語集
・ヴァンパイア(吸血鬼)
魔族は基本的に粗暴だが、この種族はとても理知的で、むしろ暴力を毛嫌いしている。下位の吸血鬼ですら300年と長命だが、彼らは人間から吸血鬼への『なりたて』であり、生まれついての吸血鬼は『真祖』と名乗り1000年の時を生きる。誇り高いが傲慢、気品はあるが高慢。他の種族を見下す傾向にある。