14年後
魔族は基本、粗暴で戦闘力が高い。
多少文化的であっても、万国共通の常識としてそれがある。
なので、彼らの君主である『魔王』は、強い者でなければならない。完全な実力主義だ。
強さとは筋力であったり、魔力であったり、統率力であったりと、多岐に渡る。
一つも欠けてはならないとは言わないが、どれか単体で成り上がれるほど、魔大陸という場所は甘くない。
力があるのなら、それを的確に使うための技や知性が必要になるし、魔王になる者は、その強さを認める支持者がいる。
だからこそ魔王にふさわしい。なるほど、納得だ。
わたしは魔王の娘。だからと言って次の魔王になれるわけではないから、魔王になるため日々努力してきたつもりだ。
「ねえねえお父様」
わたしの背は小さい。これでももう14才なんだけど、同じ年頃の人型の子より10センチは低いんじゃないだろうか。今でも座っているはずの父の顔を見上げる形で話さなければならない。
「どうしたのアスラちゃん! パパになんでも言ってごらん!」
2メートル越えのムキムキマッチョメンな父は、確かに魔王にふさわしい風貌だ。わたしと二人の時はこんな喋り方でも、普段はきちんと魔王らしい言葉と振る舞いを見せてくれる。常に上半身裸なのはどうかと思うけどね。
「わたしさ、魔王になりたいんだよね」
「前も話したけど、それはパパだけじゃ決められないんだ・・・・・魔族は実力主義だし、やっぱりそれに相応しい強さを身につけないと」
「うん、それは理解してるし、そのための教育も受けさせてもらってる。お父様には感謝してるよ。それでさ・・・・・」
お父様も幹部のみんなも公務で忙しいのに、剣や魔法を教えてくれたり勉強に付き合ってくれたりと、本当に良くしてもらってる。それでもさ、
「そろそろ城の外に出たいんだけど」
14にもなって、一度も城外に出たことないって、魔王を目指す魔族としてどうなの?
「それは絶対にダメえええええええ!!!!」
そう悲鳴のように叫んだかと思うと、父はひらりと椅子から飛び降り、跪いてわたしの肩を揺さぶった。
「良いかいアスラちゃん、お外はとってもこわいんだ。戦闘狂に幼児性愛者、頭のイカれた連中がうようよわんさかうじゃうじゃしている!」
「わたし幼児って年じゃないよ」
「それに魔大陸の環境は厳しい! 一歩街から出れば、知性の無い大型の魔獣に、毒性の底なし沼、意思疎通もまま成らない原住民など、危険がいっぱいだ! どんな病原菌や寄生虫がいるかもわかったもんじゃない!」
「ほとんど統一して街道も整備したって言ってなかったっけ?」
いつものことなんだけど、わたしが外出を提案すると、こうやって泣きつきながらあらゆる理由を持ち出し説得してくる。
これが一人娘のわたしを溺愛するがゆえの行動だと思うと、なんだか責める気にもなれなかったので、いつもなら笑って言うことを聞くようにしていた。
でも、今回は違う。最近になって違和感を持つようになったからだ。
「城の兵士やエルシーを連れてくならいいんじゃない?」
「それでも万が一ってこともあるじゃん! エルシーは個人の戦闘力として飛び抜けていても暗殺特化だから限界あるし、兵士の中によからぬことを考えるヤツだっているかもしれない!」
「買い物ぐらいさせてくれたって」
「商人なんかもっと危険だぞ!? あの手この手であらゆるものを買わせようとしてくる! 多少まともでも詐欺師と変わらないんだ! エルシーの部屋にいくつ『幸せになれるツボ』が置いてあると思う?」
「それは彼女の性格の問題だと思う」
「とーにーかーく! アスラちゃんが15歳になって成人するまで、お外に出すわけにはいきません! ママと相談して決めた事だから、この話はもうおしまいっ!」
「・・・・・わたしのお尻のアザ」
ヒュッと、息を呑む音が響き、部屋は静寂に包まれる。
五秒ほど返事がないのを確認し、わたしはさらに言葉を紡いだ。
「あれって蒙古斑って言うんだよね、赤ちゃんにできるやつ。わたしの体って成長遅いから、今も残っちゃうのかなーって思ってた」
「あ、うん」
「わたしもお年頃だし、お父様に聞くのも恥ずかしいから、たまにメイドさんたちに聞いてみたんだ。でもみんな苦笑いしながら『成人すればなんとかなりますよ』って言って逃げていく」
「あ、うん」
わたしを中心に漂うただならぬ空気に、父・魔王ゾルダークは『あ、うん』とだけ答える機械に成り下がったようだ。
「みんなの貸してくれる本ってさ、文章とか挿絵とか、一部黒く塗りつぶされてるところがあるんだよ。まるで、なんらかの検閲が入ったみたいに」
「あ、うん」
「前後の文章から、勇者の刻印の詳細だけ塗りつぶされてるのがわかるんだよね。 あんまり気になるんで、こないだ図書室に侵入しました」
「えっ、あそこは立ち入り禁止だって前に」
「だまらっしゃい」
「あ、うん・・・・・」
ここからがトドメである。完全にしょぼくれた父の顔前に、図書室から勝手に借りたある本の見開きを突きつける。
「この刻印の図面といい、光る特徴といい、わたしのお尻のアザにそっくりなんだが」
「スミマセンデシタァーッ!!!!」
それはそれは見事なジャンピング土下座であったが、そこに魔王の貫禄は皆無だった。