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澱み③


『哀れなコねぇ、縋るものも頼るものも無いからって、あんな悪いヒトの言いなりになるなんて』

「あ、あの人を悪くいうなっ! お前は誰だ!?」




 自分自身に、双子の姉によく似た声。頭の中に響くそれを振り払おうと、壁に向かって側頭部を打ちつけるレグラ。そんな義妹の様子を、血で咳き込みながら悲しそうに見つめるメリュジーヌ。



『悪いヒトは悪いヒトよ、()()()()()()()()()()()

 アタシもあのヒトも、最初からこうなることはわかってたんだからぁ』

「・・・・・どういう、意味だよ?」

『知りたかったんでしょ? 信じたかったんでしょ? 愛しのお姉様が何かの企みで殺された事を』

「やめろ、言うな、やめてくれ!」


 泣いて懇願するレグラだが、その反応が嬉しいのか喜色を浮かべたような声色でさらにまくし立てる女の声。


『本当は嬉しかったんじゃない? アナタ、年が近いのに完ペキな姉に〝嫉妬〟してたんだものぉ』

「・・・・・違う」

『アナタの姉はもっと嫉妬してたわ? 理想の魔王像に近いお兄様に、能天気な自分の妹にも』

「違う、姉貴はそんな人じゃ」

『何も違わないわ?人間も魔族も嫉妬する生き物なの。弱者は強者の特異性に嫉妬し、強者は弱者の平凡さに嫉妬する。それが自然の摂理、当然の道理なのよぉ?


 そして私は嫉妬の悪魔。アナタたちの甘く切ない嫉妬を糧に成長してきた、とーっても純粋な悪意のカタマリ』



 声は、ねっとりべったりと粘着質に、甘く囁きかけてくる。

 

 レグラは自分のいる足元の地面が消失していることに気づく。

 重力のない浮遊感はあるが、落ちているわけではない。気づけば周りの景色も情報として認識できず、澱み・渦巻き・せめぎ合う極彩色の奔流が、彼女の視界を容赦なく埋め尽くしにかかる。


「はなし、が・・・話が違う」

『いい加減認めなさいよぉ。見ちゃったんでしょ? 彼女の記憶を、それらの辻褄(つじつま)が全て合致する事を。アナタが信じて来たモノ全てが、最初からアナタを裏切ってたんだって』


 絶句するしかない。レグラは既に、自分の全てが無意味で徒労だった事を、頭の中に放り込まれたメリュジーヌの記憶で理解させられてしまった。


 そして、メリュジーヌは。




「ごめんなさい」


 極彩色の視界の隙間から、申し訳なさそうにつぶやいてくる。


「気づいてあげられなかった、無くなった黒真珠の存在に。あなたがロゼと同じものを耳に下げているのを見て、全てが手遅れだって思い知ったわ。そして、今この瞬間までーーーーー」


 腹部の刺し傷を押さえて、よろめきながら立ち上がる。


 その手に顕現せしは、炎の剣。

 その背を覆うは、コウモリの翼。


 武器を正眼に構え、相対する。




 その姿を、レグラが美しいと思った瞬間。




「ーーーーーあなたを殺してあげれなかった、私たち夫婦を呪ってちょうだい」

「・・・・・アハハ、残念。()()()()()()()()()()()()()()()



 この世界全てが、嫉妬の対象になった。




























「・・・・・もう、レグラじゃないのね」

「あらぁ義姉(ねえ)さぁん、アタシはレグラよぉ? 彼女の魂はアタシと同化しているものぉ。もちろん、ロゼちゃんの魂もね?」



 頬を染めつつ、にちゃっとした笑みを浮かべてゆらゆら揺れる、レグラだった『女』。

 その黒く(よど)んだ目は、メリュジーヌがかつて勇者として戦った暴食の魔王と酷似していた。


「本当アナタも、嫌なヒトよねぇ。レグラちゃんがアタシに憑かれてると気づいておきながら、なんとかしようとするどころか、コソコソ隠し事までして。そんなに彼女を苦しめたかったの?」

「あなたたちに憑かれた時点で、もう手遅れなことぐらいわかってるわ」

「・・・・・アナタの記憶で見たから聞くけど、()()()()()()()()()()()()()()()()? アタシたちですら把握できてないだなんて」

「さあ、私も良くは知らないけど、少なくとも信用に足る人物よ」


「へぇ〜。じゃあ、アタシたちの倒し方も、その先代に教えてもらったわけ? 『嫉妬』の名を冠する大悪魔のアタシに、一人で挑もうって言うのぉ?」



 悪魔は、本質である肉体が精神のみで構築されている。それゆえに、メリュジーヌが時間をかけて張った大結界の魔力を鋭敏に感じ取っていた。既にこの部屋そのものが外界から隔絶されており、脱出することも助けを求めることも難しいようだと悟る。

 これだけの結界を一人で発動し、維持しているとは考えにくい。おそらくこの時が来る事を見越して、何らかの魔道具を駆使し、以前から魔力を貯めて準備をしていたのだろう。


 そしてこの結界、発動者であるメリュジーヌ自身も出ることができない。

 まさに背水の陣と言ったところか、ここで確実に仕留める気でいるようだ。



「吸血鬼とはいえ下位の『なりたて』。勇者の力もその残滓(ざんし)に過ぎず、先の戦いで弱った体はもう回復不能。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「本気で厄介ね、私の記憶と情報は丸裸ってわけ? 他人の能力で偉そうに」

「失礼ねぇ。ロゼちゃんの魂はアタシと一体化してるから、あのコの『操糸』もアタシの能力よぉ。もちろん、レグラちゃんの能力もねぇ」


 ぶわっと、女の露出した肌から黄色い霧が(ほとばし)り、放射状に広がり部屋を埋め尽くしていく。


「『麻痺体液(パラライズリキッド)』から派生した魔法、『麻痺霧(パラライズミスト)』。レグラちゃんの努力の賜物よぉ。こぉんな狭ぁい結界で密閉したのが裏目に出たわねぇ」

「そんなもの、私の炎で消しとばすわよ」

「でもいずれ飽和状態になるわ? それにぃ、ロゼちゃんとレグラちゃん、二人の魔法を悪魔の強大な魔力で強化してるもの」



 女の背中から音をたてて、黒い鳥の翼が生えてくる。メリュジーヌの物と比べて大きく、そして禍々(まがまが)しい。


 大悪魔が不敵に笑い、無数の糸を伸ばしていく。

 元勇者は悪魔を睨みつけ、炎を纏う。




「最後に取り込んだ魂に沿うのが悪魔(アタシ)たちのルールだから、名乗らせてもらうわぁ。

 嫉妬の悪魔〝レグラ〟よぉ」


「その顔で、その声で、その名を(かた)らないで。

 炎の勇者〝メリージェーン〟。私があなたを『浄火』します」






 たったの一部屋という空間で、魔王城の誰にも知られる事はなく、糸と炎は激しく衝突し閃光を放った。






 当人たち以外では、この異変に()()、気づいた者はいない。
























◎地下牢

  




「目覚めたかい、お姫さん」



 明滅する意識とともに、話しかけて来たのは一回り小さくなったスライム:イルミナント小隊長。

 牢屋で気絶し、目を覚ますのは二回目になる。しかも、この一日でだ。



「・・・・・レグ(ねえ)の拳でも耐えたのに、おっちゃんって何者?」

「呆気に取られた姫さんの顎先を突っついただけさ、あれから五分と経ってねえよ」


 なんでもないように言うけど、これって相当な技術だと思う。それに、間違いなく自分を殺そうとした相手に非殺傷で鎮圧を図るなんて、普通できないよねえ。


「やっぱおっちゃんかっけえ」

「よせやい照れるぜ」


 触手を自身の後頭部に回し、頬を染めるミドルガイなスライム。うん、これはモテるわ。




 そんな様子も束の間、おっちゃんはキリッとした顔でこっちを見た。

 ただならぬ雰囲気に、自然とわたしも正座で向き直る。



「なあ姫さん、()()()

「うへぇ」


 ヤバい、予想外すぎて変な声が出た。

 なんでだろう? わたし何かしたかな? 幹部であるレグ(ねえ)をぶん殴って、目の前でブタ馬クソ野郎と罵詈雑言の応酬をした後、おっちゃんを殺しかけたぐらい・・・・・うん、全裸で逆さ吊りにされても文句は言えないね。よく今まで死なずに済んでるよ。


「見てみろ、穴の空いた鉄格子がそのままだろ? 鉄棒もねえし、姫さんの魔法でオイラも消耗しすぎた。あんな隠し球持ってるって知った今、今のコンディションであんたを止める自信がオイラにゃねえんだよ」

「いや、それで釈放って安直すぎない? 仲間を呼んだりすればいいのでは」


「・・・・・正直、今回の作戦について、オイラは疑問に思っていた。そしてさっき、姫さんがレグラ師団長と話していたのを聞いて、ますますワケがわからなくなった。

 ただ、長年従軍してきたオイラにゃわかっちまうんだ。ありゃ戦場で見た、己の死期を悟った兵士の顔だ」


 二本の触手を体の前で組み、遠くを見るような目をするおっちゃん。きっと、かつての戦友の顔を思い返し投影しているのだろう。

 そしてそのままゆっくりと、頭を下げて地面に擦り付けた。


「レグラ師団長に何があったか知らねえが、オイラはしがない小隊長だ。幹部クラスの魔族に物申すこともねえし、ああいう顔をする兵士は黙って見送るのがオイラのポリシーだ。

 だがな、師団長はあの若さで幹部に就任している。入隊の時から面倒見てきたから、正直思い入れもある。だから姫さん、幹部とやり合ったあんたの実力と、魔王の娘という立場を見込んで頼みがある」

「やめておっちゃん、そっから先は聞きたくない」

「こんなとこに閉じ込めて、オイラたちの事情に無理矢理巻き込んでおいて、今さら何をと思うかも知れない。こんなの、アイツの、オイラたちの、自業自得だ。

 命を、救ってくれとは、言わないっ・・・・・だから、だからどうかっ」



 わたしの制止も聞かずに、嗚咽(おえつ)混じりに言葉を紡ごうとするおっちゃん。しかし、それ以上出てこないようだ。

 自分でどうすればいいのかわからない、何を頼めばいいのかもわからない。だからこうして、年端もいかない少女に頭を下げて『なんとかしてくれ』と頼むしかなかったのだろう。




「おっちゃん。かっこいいけど、めんどくさいね」

「・・・・・こんな大人で、すまない」

「いいよ、許す。それにーーーーー」







 少しだけ、見えた気がする。自分というやつが。



 悩んでいたのがくだらない事だとは思わない。わたしもおっちゃんも、レグ(ねえ)だって、自分の内側に用意した(かせ)に囚われていただけだったのだろう。

 違いがあるとすれば、各々(おのおの)の悩みがあるのと同じように、各々の()り方があっただけ。







「ーーーーーわたしがおっちゃんの、『魔族の勇者』になったげる」





 わたしは魔王の娘で、勇者だ。

 ただ、わたしの在り方はわたしが決める。誰がなんと言おうとも。










「小隊長。あの小娘、もう行きましたよ」

「わかってる、顔をあげたくないだけだ。お前こそ、なぜ何も言わなかった?」

「オレにだって空気を読む時ぐらいありますよ。それに、クーデターを企てた時点で既に軍規違反ですからな」


「・・・・・少しだけ見直したぜ、ゲラルド兵長」






「見直しついでにここから出してくれません? ついでに捕まった時、今回の作戦にオレは関わってなかったと口裏を合わせていただけると嬉しいですな」

「台無しだよブタ馬クソ野郎」

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