プロローグ
・2022/1/10
『我が魔王になってから既に5年〜』→16年に変更しました。
我が名はゾルダーク。魔族の王、王の中の王である。
艶のある青い肌に鍛え上げられた肉体。額からは凶々しいねじれたツノ。
鎧に収まりきらない、並の魔族を軽く凌駕するこの体格もさる事ながら、滲み出る威圧感はさらに周囲を圧倒し続ける。
そのせいで謁見の間は、普段なら張り詰めた空気を漂わせるのだが、今日の我は機嫌がいい。
我の隣に立つ腰の曲がった骸骨・宰相ベルポーレンの報告に、笑いが止まらないからだ。
「魔王陛下、ゴレムス将軍からの書簡です。『リザードマンの集落を傘下に治めることに成功、遠征を続ける』とのこと」
「フハハハハ! そうかそうか! これで大湿原の統一も目前だな!」
魔族とは基本的に粗暴で戦闘力の高い種族だが、我の名を出せばほぼ抵抗なく投降してくるようになった。我の強さに恐れをなした魔族どもが次々と従属していくさまは、実に気持ちの良いものである。
我こそが魔王であるということを証明してくれるかのようだ。
「陛下の威光も間も無く魔大陸全土に響き渡ることでしょうな」
「ベルポーレンよ、魔族の統一なくして世界征服はありえん! 我の強さは戦うだけでなく、見せつけるためにも存在するのだ!」
「しかし陛下、これだけ影響を与えてしまえば、新たな【勇者】の誕生は不可避では?」
宰相の指摘ももっともである。強い魔王が現れれば、人間の中に勇者が生まれる。それがこの世界の理なのだ。
勇者は光の刻印を持って生まれ、十数年も経てば立派に成長し、どれだけ時間がかかろうと必ず魔王の首に手を伸ばしてくる。
我が魔王になってから既に16年。当時から『歴代最強』と評されるようになったことを鑑みれば、勇者は遅くても10年以内に魔王討伐に向けて旅立つのではと予測される。
しかし、我にはこの強さがあり、絶対の自信がある!
「フン! 我ほどの強者であれば、人間の勇者など恐るるに足りぬ!!」
「いよっ! さすが歴代最強の魔王! ワタクシ、畏怖の念で溺れてしまいます!」
「そうだろうそうだろう! もっと褒めろぉ! フハーハッハッハッーーー」
「お話中失礼致します」
「ハヒュッ!?」
突然後ろから声をかけられ、驚きのあまり高笑いが中断された。
慌てて立ち上がり振り返れば、玉座の斜め後ろに恭しく頭を下げる猫耳のメイドが立っている。
「エッ、エルシー! いきなり後ろから話しかけるなと何度言えばわかる!」
「失礼致しました。暗殺者時代の癖が抜けきらないものでして。しかし、私程度に背後を取られるようでは、あの伝説の勇者を返り討ちなど夢のまた夢では?」
「ぬぐぐぐぐ・・・」
猫魔人のメイド長エルシーは、我に向かって謝罪を口にしながらも冷たく言い放つ。確かに少々油断していたことは認めるが、それとこれとは話が別だと思うがな・・・・・。
「エルシー殿! 陛下に対してあまりにも無礼ですぞ!」
「申し訳ありませんがそれどころではありません。実は先ほど王妃様が」
「メリュジーヌが?」
我が最愛の妻メリュジーヌはここ最近、出産予定が近く床に伏せることが多くなった。
そんな妻のことが話題に上がり、我は声のトーンを落とす。
「なんだ? ついに陣痛が始まったか?」
「いいえ」
「ま、まさか、破水したのか!? だとしたらすぐにーーー」
「無事出産しました」
「・・・・・早くない?」
「ベッドでおやすみになられていたのですが、突然『あら、破水したわ』と仰るものですから。僭越ながら私が取り上げさせていただきました。
おめでとうございます、元気なお姫様ですよ」
「おお! 陛下、おめでとうございます!」
「そ、そうか、我は父になるのか」
そう呟いてはみたが、あまり実感が湧かぬ。
我が子の出産に立ち会えぬ魔王など、情けないことこの上無い。
「しかし娘か。後継にするとなると、少々厳しいな。歴代に女王がいなかったわけではないが」
「陛下の娘ですから、ご立派に成長されるかと」
「それと、もう一つご報告が」
「今度はなんだ! メリュジーヌの容体が悪いとか!?」
「母子ともに健康です。ただ、姫様のおしりに見慣れないものが」
「ああ、しっぽか? それなら先祖返りだろう。メリュジーヌの祖父にもついていたしな」
「いえ、ただアザのようなものでありまして」
「生まれたばかりなら蒙古斑ぐらいあって当たり前だろう」
「そのアザなんですが、光ったんです。眩いほどに」
この日のことを我は忘れないだろう。
なんたって、我らの初めての子供が生まれた日であり、そして、史上初の魔族の勇者が生まれた日なのだから。
※用語集
・先祖返り
半数が異種族間で子を成す魔族は、生まれた時まれに数世代前の特徴を持って生まれることがある。ただし、それまでの種族的特徴から大きく外れることはなく、先祖返りが発現した代で途絶えるのがほとんど。浮気が疑われる原因にもなったとかならないとか。
・蒙古斑
赤さんが生まれた時、九割の確率で出てくる青あざ。お尻は特に出やすく、5年以内に消えることがほとんどだが、3%の確率で成人まで残ることもある。