八話 光の届かぬ沼地へと
昨晩は小屋の中でぐっすりと眠り、体力を完全回復させ気力はばっちり。さあ、これからまた町へ向かって歩みを進めよう。そうカザーは思っていたのだが、耳をすませばガタンガタンと揺れる足場。目を凝らしても何も見えない暗闇。そして何かに片足を掴まれているような感覚………。足元に視界を移すと金属の重りの着いた、赤茶色の錆が目立つ鎖で繋がれており、まともに身動きが取れない。
これは誘拐だ。カザーはそう確信し、冷静にまずは状況整理をするべきだと考える。弱い火を手のひらに発生させ、暗闇から手がかりを探そうと試みる。すると、すぐ隣でミーシャが皮製の手枷と足枷で四肢を拘束され、口には縄を噛まされて喋ることさえ出来ない状態になっていた。それなのに、なぜか嬉しそうに笑いながら眠っている。
「ミーシャ起きろ。僕らが寝ている間に何があった?」
声が漏れないよう擦れ声で話しかけるが、帰ってくるのは「かじゃ~、もっとあたためてぇ」と質問の答えにならない、意味不明な寝言だけ。
「やれやれ」カザーは首を振り、この状況でもお気楽なミーシャに呆れるとともに、まずは自分に結ばれた鎖を外すことにした。
右手の人足し指親指の爪先で小さな輪っかを作り、そこに鎖を通す。
「【結界術・斬】」
カザーの作り出した輪っか中での空間の切断を試みる。ガチャンとカザーと結ばれていない方の鎖は床へと落ち、身動きが自由に取れるようになった。
案外、僕の範囲が小さければ自由自在に結界術を行うことが出来るんだな。慢心していると、人差し指から親指にかけて切れ込みが入っていることに気づいた。
「あ、やらかした………」
血がボトボトと流れ落ちる指を見て、すぐさま止血を試みる。だが、幾ら手を圧迫させて流れを止めようとしてもなかなか止まらぬ血の流れ。
猛烈い痛いが、ここは必死に叫ぶのを堪えるんだ。万が一ここで大声を上げれば、誘拐犯に何をされるか………想像しただけでも恐ろしいからな。とはいえ、このまま大人しく行くところまで行ってしまった場合はどうなるんだ。奴隷としてどこかで働かされ続ける、もしくはミーシャに関しては可愛いからどこかで売春婦として身体を売り飛ばされるのかもしれない。
そうだと仮定した場合、どこかで逃げ出さないと。だから、止血なんて二の次。まずミーシャの束縛を解いていつでも逃げ出せるようにしないと。
カザーは切断した鉄の鎖の鋭い先端でミーシャの拘束具を全て壊し、再び声をかける。
「そろそろ起きて。話さないといけないことがあるから」
肩を揺すって優しく目を覚まさせようとするのだが、やはり起きる気配は一向にない。
そこで考えを巡らせ、目覚めさせる方法を過去の経験等を思い返す。すると、即答えを見つけ出した。
ミーシャは僕の手拍子で始めて意思疎通に成功した。つまり、今ここで手拍子をすればまたすぐに意思疎通が可能になるのではないか。
早速、パンッ、カザーは手を叩いた。
「おはよ、カザー。まだ暗いね」
ミーシャは非常事態だということに気が付いていない。
「ああ、おはよう。今から話すことを聞いても、絶対に気が動転して倒れたりしないでよ」
カザーは念には念を忠告してから、事の経緯を話した。
「実は言うと今、こういうことがあって———」
カザーは簡潔に状況を説明した。
「え…? なによそれ………」
状況を全て聞いて、ミーシャは困惑して言葉を失う。
「まあ大丈夫。二人でここから脱出すれば問題ないからさ」
楽観的にカザーは言う。
「出来るの?」ミーシャはやはり不安げな様子だ。
「もちろん。拘束した奴らは、僕らのことを甘く見ているような気がするからね」
「なんでそう思うの?」
「簡単だよ。だって、犯人は僕らを少し魔法が使えれば誰れも破れるような方法で拘束していたんだ。そんな奴らの策を打ち負かせる僕らが、やられるわけないよね」
はぁ、ミーシャは本当にそんな事があるのかと疑問が残ったままのようだ。だけど、カザーその事を証明する為、たった今思いついたことを実行した。
「ああああああああああああああ!!! ここはどこなんだ!?」
叫び散らし、揺れる足場の中で揺れを加速させる如くじたばた暴れまわった。
「ちょっと何やってるの? それでバレたら私達終わりだよ」
ミーシャはカザーの自ら危険を引き寄せるような馬鹿げたやり方を見て肝を冷やされる。
「別にいいじゃん。二人でなら何とかなるよ」
そう言った矢先、地面の揺れは収まる。暗かった部屋の一角が開いて、わずかばかりの光が入り込んできた。と同時に誰かが覗かれる。
「どうやって鎖を外したのね?」
甲高い声の男が光の入る穴から目を通して様子を確認すると、淡々とした口調で訊ねる。どうやら、焦っている様子はないらしい。
「あなたは誰? なんで私達を拉致するの?」
「それは簡単だよね。お前らみたいな子どもは高く売れるね」
小さい子を金になる。だから拉致をする。そんなクソみたいないい分を聞いてカザーは呼吸が荒くなる。
「確かに僕らは高く売れる。だけど、それは上手く僕らを顧客の所まで持っていけた場合に限る。つまりどういうことか分かるか? お前はもう終わりってことだよ」
カザーはイキり、相手がいる側の壁に向かって右ストレートをぶっぱなす。
しかし、壁はどうやら金属製のようでびくともせず、むしろ自身の腕に痛みが広がってしまう。
「ギャハハハハ!! おかしなガキだね。この馬車移動式檻はそんな攻撃じゃ壊せないね」
相手は爆笑して警戒を緩める。その隙に本命の一撃を与えるべく、身体の細胞一つ一つに存在する意識を全て右腕に集中させる。
「おらあああああああああああああああああああ!!!」
カザーは叫び、男を殴る事だけを考え、そしてに奴に対する闘志をもエネルギーに替えて、青白い炎を手に纏わす。
「【厭世極殺拳】」
金属製の壁すらも溶かすほどの熱を右腕に宿らせる。そして熱が覚めない内に一撃、男の神経が痛みを感じる速度よりも早く拳をぶつけた。
「おぉん…こいつ、すごく強いね…私負けたね」
男はそう言い残すと気絶した。そして、今の攻撃で壁を吹き飛ばし、自由の身になる。カザーは早速今いる場所を確認すべく、馬車から降りて辺りを確認した。
どうやら僕らは昨日までいた森は抜け、どこかの見知らぬ雪の降る町へ移動してしまったようだ。ここの建物は自身が住んでいたフロムに引きを取らない程綺麗で、つい最近まで普通の町として機能していたように見える。
だが、町の街灯には一つも火が灯されておらず、待ちゆく人はどいつもこいつも歩き方もフラフラしていて、肌の色も青白い。生きているオーラを感じられない。
それにそこら中から腐ったチーズのような耐えがたい臭いが充満する。
「ここがカザーの故郷? 期待外れ、なんか怖いよ」
ミーシャはカザーの後ろに隠れ、怯えながら問う。
「違うよ。僕の故郷はもっと町並みだけじゃなく、人も綺麗だからね」
そう伝えると、ミーシャの腕を掴んで一先ず町を進むのだった。