七話 僕は完全に路頭に迷いました
『ごめん。助けてもらってばかりいるのに、私は何も出来なくって』
ミーシャはカザーを全身で包み込み、救いの光を与えた。
『お母さん? いるの?』
光に向かってカザーは叫ぶ。
『………う、うん。私はいるよ。だから、頑張って目を開けて』
カザーはその言葉を受け、ハッとして正常な意識を取り戻した。
おそらく、ここでお母さんが僕の心の中で共鳴してくれていなかったら、危うく心が殺されて廃人になっている所だっただろう。
「行くよ。僕はもう大丈夫だ」
カザーは死んだ魚のような覇気のない表情から、キリっとした明るい表情へと変えてそう告げた。そして、返事を待つ間もなく道を歩み始めた。
今のカザーは自身に満ち溢れている。故に、なんでも成功するし、出来ないことは何もない。その力は確かなもの。木々の生い茂る山奥の一本道をグイグイと休む暇もなく歩き続けた。
しかし、ミーシャは違った。葉っぱが一枚揺れ落ちるだけで過剰に叫び声を上げて助けを求め、虫なんかが出たらカザーの背中を掴んで盾代わりにして硬直。まるで頼りにならない。
そんなミーシャは一時間もしない内にこういった。
「疲れた。一回休憩挟もうよ」
「いいやダメだね。こんな山奥で休んで時間を無駄に使い、そして夜にでもなった時のことを考えてみろ。多分だけど、日が出ている今以上に怖いよ」
そうやって脅し文句を言ってミーシャを休ませないようにするのだzyaが。
「その時は私は寝て待つから、おんぶして欲しいな~。助けてあげたんだから、そのくらいはやって当然よね?」
「う、う~ん………」
年下の子におんぶを要求ですか………。カザーは心の底から呆れ、苦笑いさえ起こす気にならなかった。
「私みたいな可愛い子をおんぶ出来るなんてむしろご褒美じゃないの?」
「うん。」
「なにそれ………」
何か言いたげな様子なのか、口籠った声で呟いた。それ以降は黙ってついてくるのだった。
明らかに険悪な雰囲気なのはカザーも察してはいるものの、このまま夜になったらもっとヤバくなる事くらい容易に想像できる。だから一切の配慮をせずに先へと進む。
それから数時間が経ち、次第に日没の時間が迫り始めていた。昼間は静かだった風は強くなり、次第に雲行きも怪しくなるカラスの不気味な鳴き声も全方位から聞こえ始める。
「ねえ、いつつくの?」
ミーシャは久々に口を開き、訊ねた。
「分からない。ただ、当分つかなそう」
「なによそれ!! 怖いんだけど………ねえ、本当にこの道を進んだら戻れるの?」
言われて気づいた。確かに、この道を進めば町に戻れる保証はない。
「私もう歩けないんだけど………そうだ!! 木材なら沢山あるんだし、お家を作ってよ」
「お、お家!? そんなの作れないよ」
「え~、パパは数分で作れていたのに………案外、口だけで魔術なんて全然使えないんじゃないの?」
ミーシャは煽ると、「黙れ………」、と場の空気が凍り付く程の威圧感を出して一言放った。
「【光刃】」
その空気感を維持して、人差し指からレーザーを放出させ、一瞬にして周囲の木を切り倒す。
「【肉体強化】」
その言葉通り肉体を強化し、木を上空へと次々に投げ飛ばした。続けて再びレーザーを夕焼け空に向けて放ち、数秒後には綺麗な三角形に加工された木材が降ってきた。そして地面に綺麗な円を描き、その線の上に木材をつき刺した。
「【磁器結界・出力最大・熱】」
木材の周囲に熱波を発生させ八分間放置。
それから熱で曲がりやすくなった木材を先端の少し手前の辺りから強く推し、木のボウルを逆さにしたような可愛らしい物体を作る。そして仕上げにレーザーで出入口になる穴を開け、木のかまくらを完成させた。
作成開始から終了までの時間、わずか十分。あまりの神業に、ミーシャはその間ずっと見惚れて言葉を失っていた。
「ちっ………時間切れか」
「あれ………誰がこんなモノ造ったの!?」
カザーはいきなり目の前に出来ていた小さな小屋を見て目を丸くする。
「誰が作ったのって………あ~なるほどね」
冗談かと思っていたミーシャは何かに気づいたのか、自信気に頷いた。
「何がなるほどねなの?」
「多分だけど、カザーには二つの人格があるの。そして、その人格って言うのは———」
話を続けようとした瞬間だった。カザーは狂った目つきでミーシャの首を掴んで持ち上げた。
「人格って言うのはなんだ? 言ってみろ」
無論、首を掴まれた状態で話すなど不可能。だから【肉体強化】を唱えずに行い、瞬時に右脚に行って勢い任せにカザーの腹部目掛けて蹴りつけた。
「あの記憶は少々誇張していると思っていたが、どうやら魔の力の扱いは本物のようだな」
片手で防御し、ミーシャの蹴りが急所に当たるのは防いだものの、後方へと吹き飛ばされる。その咄嗟の判断に深く頷いて感心した様子を見せた。
「ここで本気を出して潰しておいてもいいが———」
「そんな事いいから、あなたは誰?」
話途中のカザーに割り込んで質問を投げこむ。
「さあ、俺も知らんな」
「なによそれ? 普通自分の名前を忘れるなんてことありえない」
「ありえないことが起こる。それがこの世界」
距離を置いていたはずのミーシャは、一瞬にして距離を詰められ、攻撃を仕掛ける隙も無く額を触れられてしまう。
「ここでお前は俺に殺される。いや………お前を殺すのは惜しいな。ここは妥協してやろう【記憶の忘却】」
カザーが何か計画を思いついたのか、一瞬不敵な笑みを浮かべた。カザーとミーシャは二人共意識を一時的に奪われ、この間の記憶を剥奪されたのだった。
それから数分して二人の意識は唐突に回復する。
「私もう疲れて歩けないんだけど………!? 丁度ここにいい感じのテントみたいなのがあるし、明るくなるまで休もうよ」
「こんな所にあるなんて怪しいな………まあ、なんか腕の辺りが痛いしそうしよっか」
こうして、二人は何事も無かったように小屋へと入って身体を休ませるのだった。