二十一話 優しいんだね……
「早く行かないと置いてくわよ」
カザーを早く安全な場所に移さないといけない。なのにマヤは首を振って一向に動こうとしない。無理やり引っ張っても全く同じ力の強さのせいで中々動かせない。
「何がしたいのかせめて教えなさいよ……もうっ!!」
「心配……」
「だから何が?」
「お姉ちゃんが。絶対無理してた。死んじゃう……でも、私なにも出来ないよ…………」
マヤは涙目になりながら話す。マヤもミーシャと同様、大事な人の命が危険に晒されていて不安なのだ。
「あ~分かったわよ。私が助けに行くから、マヤはカザーをここで守っててよ」
「待って…………」
マヤの引き留めに応じること無く、カザーを任せて暗闇に消えてしまった。
どうしよう。どうしよう。どうしよう。守っててなんて言われても、誰かに暴力を振るったことなんてないしどうすればいいか分かんない。誰か来てよ……。
誰か来て、マヤのその願いは悪い方向へ進んだ。
「ギギギギギ」
奇声を上げながらマヤ達へ向かって敵が襲いかかる。
「助けて……助けて……助けて……」
カザーの体を揺すりながら声をかける。
「ハッ!!」
何を寝ぼけたことしていたんだ。僕がここに来た理由は町を救うためじゃないか。それなのにさっきはあんな弱音を吐いて…………自分自身が許せねぇ。
【火球】
敵に燃え盛るエネルギー球を当て始末した後に話しかける。
「正気に戻してくれてありがとう……あっ!!」
カザーは助けを求めてきた人の顔を見て何かを思い出した。
「そういえば、あの時はぶつかっちゃってごめんね。僕はカザーって言うんだ。君は?」
「……名前はマヤ。別にぶつかれたこと気にしてない」
そう、カザーがUNMF本部へ行った時にぶつかった女の子はマヤだったのだ。
「ならいいや。僕は先に進むけど、マヤはどうするの?」
「ついていく……」
「それはやめて。マヤも分かってると思うけど、ここは危険なんだ。誰かを守りながら先に進むことなんて僕には出来ない。だって、自分一人守れなかったしさ…………」
自身の現時点での強さを理解しての言動だった。
「でも私……」
間は十秒程続く。
「言いたいことあるなら教えてよ」
カザーは問いかけるがマヤは下を向いて喋らなくなってしまった。
何か僕悪いこと言っちゃったか? でも急がないといけないし…………そうだ、あれをしよう。
カザーはマヤの額に手を当て、そして【深憶共鳴】を行った。
『本当はもっと戦えるのに、何で私ってお姉ちゃん無しだと何も出来ないの? ミーシャちゃんだってお姉ちゃんだって先に進んじゃってるから早くしないといけないのに…………』
一通り読み解き終わった後、
「戦えるんだね? なら付いてきていいよ」
カザーはすまし顔でそう言った。するとマヤは微かに驚いた表情を見せた。
「いいの……?」
「もちろん。だって戦えるんだろ?」
「うん……でも、何で分かったの?」
「そういう術を使っただけだよ。あと話してる暇は無いから僕らも急ごう」
カザーの言葉に小さく頷き、二人は更に奥地へと進むのだった。
城内部へと続く道中、至るところに敵兵の木っ端微塵にされた残骸が散らされており、若干の不気味さを感じる。でも、それらの残骸があると言うことはカルミアとミーシャは生存していることを意味しているので同時に安心感を持つ。
そして敵に一切出会わぬまま魔力に満ちた、城を守る最後の層に到着した。
「ったくうるさいわね……あんただけ一方的に攻撃してくるなんて卑怯よ!!」
到着して早々、ミーシャが一方的に無数の氷塊の弾幕に襲われているところを発見した。全身傷だらけの姿をみて、このまま回復せずに攻撃を避け続けていれば大量出血で死んでしまうと悟る。
だから、早く助けないと……!!
カザーは思うより先に身体が動いていた。
「爆炎魔法・出力中…………【火炎爆散】!!」
これは完全に血迷っていた。ミーシャのすぐそばに駆け寄りそこで爆発を起こしたのだ。だが、舞い上がる火の粉と氷の弾幕はうまい具合に相殺し、ミーシャには奇跡的にダメージを与えずに済んだ。
『流石、極限の魔女の息子だけあるね。関心関心』
王はカザーの脳内に直接話しかける。だが、その人の人生を平気で踏みにじる奴の存在にカザーは覚えがあった。
「お前は………」
復讐心によりそこに生じた殺意はカザーから一時的に良心を壊した。
『うわぁ怖い……だったらお望み通り来い。これから先、俺の下に来るまでは一切の攻撃をやめよう。まあ、来たところで返り討ちに会うだけだがな。ハハハッ』
カザーの殺意を嘲笑うが、王らしくカザーの応答に一切の惑いなく応えた。その時、辺りに満ちる魔力、更には降り積もる雪が瞬時に消え去った。
「大丈夫だった? 僕が情けないばかりに置き去りにしてごめん……」
奴の気配が途絶えたのを察知したカザーはすぐさまボロボロなミーシャへと駆け寄った。
「私は平気……だけど、カルミアが…………」
「カルミアさんがどうしたの?」
「死んだかもしれない……証拠はないけど、王がお前もあの世に送ってやろうか、って言われたんだもん…………現に私もカザーが来てくれなかったら死んでたかもしれないし…………」
ミーシャは全てを打ち明けた途端、全身から力が抜けてカザーに寄りかかった。そこへマヤが、「え……? 助けてくれるって…………?」、と言った。
「ごめんなさい……でも、まだ決まったわけじゃないし……生きてる可能性もあるから」
死んでる可能性が高いのに生きてるかもと言うのはミーシャにとっても辛かった。
「…………家帰る」
元から低かったマヤの声は、この時更にどんよりと薄く暗いものだった。一言だけ呟くと背を向けて死人のごとく物音一切立てず歩んできた道を戻り出した。
「待って、一人で戻れるの?」
一人じゃ何一つ出来ないマヤが、この状況に一人で戻れるなんて思えず、カザーはミーシャを抱いた状態で呼び止める。
「うん、いいの。大事な人がすぐそばにいるのに気にかけてくれてありがとう。優しいんだね…………」
「…………」
マヤの姿が完全に見えなくなるまで、言葉を発することは出来なかった。
「ねえ、やっぱり私マヤに付いていく」
罪悪感からミーシャはそう言う。
「止そう。僕らが行ってもマヤを苦しめるだけ。今はただ、王を倒すことを考えればいい」
「そう……分かったわ」
まだ心の中には迷いがある。でも、行くしかない。
二人は覚悟を決めて王のいる城内部へと入るのだった。