二話 圧倒
カザーとデイクの二人はこの場所には何もないということを確認してから顔を見合わせる。
「それにしても、デイクさんは真っ暗な空間で僕みたいに炎照魔法を使わず、真っ暗な空間で戦いそして勝ってしまうなんて、驚きが隠せないです」
カザーは完全に勝った気でいて、デイクに尊敬の眼差しを向けている。
「こんな事、褒められるに値しない。それより、俺は一つだけ疑問に思ったことがある」
徐々に声のトーンを落としていき、話終わる頃には真剣な顔つきに変わっていた。
「疑問に思ったこと!? それはなんですか?」
「それがだな、カザー。お前って今までに骨が自分から動きだしたりしたのを見たことがあるか?」
「言われてみれば………ありませんね。まあ、こんな場所に洞窟がある事自体ありえないようなことなので、気にしたら負けだと思います」
カザーは冗談交じりで笑いながら話しながら、出入口である階段を登ろうとした瞬間であった。
「危ないカザー!」
デイクが叫んで間もなくカザーの背後に回り、自身と同じくらいの剣を高速で振りかざした。間一髪デイクは天井から落ちてきた黒い雷を剣で防いだから助かったが、あれが直撃していたらと思うとカザーは冷や汗が止まらなくなった。
「防ぐか……」
天井に空いている大きな穴の方から、低く威圧感のある声が近づいてくる。
「カザー。お前は逃げろ。俺はここで足止めをする。あと、絶対に僕も戦います、とかはいうな……言いづらいが、お前がいると足手まといでしかない」
デイクの表情は殺伐とおり、先ほどまでの余裕は一切感じられない。ただひたすらに声が聞こえてくる方を見て剣を構えている。
デイクさんがここまで集中しないと勝てるかも分からない相手なんて、確かにまだ子どもの僕では危険だ。
置かれた状況を的確に判断して、「任せました。ただ、絶対に死なないで下さいよ」と逃げる決意を固めてから一礼した。そして出口へ向かって走り出す。
「【結界術・封】誰が逃がすか………」
再び天井から声が聞こえてきた。
結界術………カザーはこの言葉を聞いてとてつもない程の悪寒が背筋を走った。
この結界術は、数ある魔法の中で最も習得が難しいと言われているものであり、内容は自身が頭の中で描いた範囲に見えない障壁を作り出す術。
これの恐ろしい点は障壁を作り出した場所に物体が置かれていた場合、それの硬度が幾ら高かろうと問答無用で切断出来るということ。つまり遠距離からの斬激が可能なのだ。また、相手を結界内に封じ込めてから結界内を炎の海にして灰になるまで燃やし尽くす、水で満たして相手を溺死させる等々、様々な応用が可能なのだ。
だけど、これは上記に述べたように習得が難しく、母以外に難なく扱える人間を僕はもちろん見たことがない。
故に、相手の実力は果てしなく上。本当に相手が結界を張り巡らせたのなら、僕らの命は終わりってことだ……
カザーの予想は的中する。出口を抜けようとした瞬間に見えない壁に衝突して頭を強打する。
「デイクさん、逃げられません! 次の命令をお願いします」
咄嗟にデイクの方を向いて叫ぶ。
「それなら仕方がない………俺に命を賭けてくれ。そして絶対に動くな」
デイクは背を向けたまま厳かに告げると、ドームの中心へと全力で走り出した。そしてこう叫んだ。
「俺はこう見えても弱い。だから、狙うなら俺の後ろにいる子どもを先に狙え!!!」
予想外の発言に対し、カザーは目を丸くして、「はい………!? いや…さっきの発言と矛盾してない!?」と吐き捨てた。
「弱者を切り捨て、己のみ生き残ろうとする。生き物として賢い判断ではあるな。しかし、つまらん」
「つまらない? じゃあ分かった。俺の質問に一つだけ答えろ。お前は俺達を殺すか? 殺さないか?」
デイクは問いかける。
「気分次第………俺と満足に戦えたのなら逃がしてやろう」
「それじゃあついでにもう一つ問う。お前の目的はなんだ? なぜこんな薄気味悪い場所にいる? それと、名前を教えて欲しい」
「一つと言ったよな? それなのに二度も訊ねるとは………俺は約束を守れない奴が嫌いだ。ただ、名前だけは教えてやろう。俺の名前はゲノム」
そう言うと、声の正体が天井の穴から降臨する。
彼の大きさはデイクと同等の成人男性の平均的な大きさ。右腕に細い管のようなモノが巻き付いており、神々しく輝いている。髪の色も細い管と同様に金色に輝いて、禍々しい雰囲気で満ち溢れている。
ゲノムは姿を現したかと思えば、音速を上回る速度でデイクに向かって一直線する。続けてその勢いを保ち続けたまま拳をぶつける。
それをデイクは剣を勢いよく振り上げて対抗する。
「ほう………このスピードについてこられ、なおかつ防ぎきる。中々の強者だ。では、これはどうかな?」
ゲノムは地面に拳を叩きつける。すると、辺り一帯に砂ぼこりが舞って視界が奪われた。
「面白くなって来たなぁ!!! オラァァァアアア!!!」とデイクは絶叫し、最悪の視界の中、背後から近づいて来ていたゲノムと風をまとめて薙ぎ払った。
「やはり時は既に魔術の全盛期か……愉快だな」
デイクは確実にゲノムにダメージを与えたはずだ。それなのに、狂気じみた笑い声を上げながら平然と立っている。
「おい。お前の目的はなんだ? やはり、それだけは教えてくれ。俺らを倒そうとしているからには、理由があるんだろう?」
一切緊張感を緩めず、デイクは再び問いかけた。
「なぜ、俺が問わなければならない? それこそ、俺を倒してから直接脳内の情報を読み取ればよいだろう? お前に出来るものならな!!!」
さっぱり何を言っているのか分からない。ただ、これが挑発だということはまだ子どもの僕にも理解できる。
「デイクさん!! こいつの発言には乗らないで下さい。挑発して戦意を高めさせようとしているだけです」
「分かってるさ。だから、戦闘中に邪魔をするな。俺は勝つ!!!」
一瞬振り向いた時に見せた表情は、正に正義の為に悪を斬る、ヒーローそのものだ!!
「後ろの子に心配させたくないからな。悪いが俺は今から本気を出させてもらう」
デイクはそう言うと天に向けて剣を高く掲げる。そして肩の辺りまで降ろし、横に素早く振った。
すると、先ほどまでは何の変哲もないただの金属製の剣だったものが、血の色に等しい赤黒い光を放ち、それを持つデイクまでもが赤黒い光に飲まれた。
「お前の肉体をこの色で染め上げる」
冷淡な口調で奴に告げ、ただ殺伐と斬りかかる。
「おもしろい………ハハハ、ハハッ!!」
ゲノムはデイクによる狂気に満ちた剣の舞を全て受け止め、斬撃が終わる頃には姿形は消えてなくなっていた。
そして先ほどまで張られていた結界は解除されており、カザーは勝利を確信した。
「お疲れ様です!!! 今の目にも留まらぬ斬撃、カッコ良かったです」
カザーは安全を確信した後に、デイクに近づいてねぎらいの言葉を送った。
「そうか………カッコ良かったか………それじゃあ、俺は今から気絶するから、地上まで運んでくれ。まだお前は力が無いように見えるから修行だと思って頑張れよ」
デイクは満面の笑みを浮かべながらグーサインを送る。そして、そのまま突然白目を向いたまま倒れてしまった。
「えぇっ!? ちょっと………まあ、助けてもらったんだしそのくらいやらないとだめだよね………」
大きくため息をついた後に、カザーは自分の体重の二倍は確実にあるデイクの腕を引きずりながら、長い長い階段を登るのだった。
それから一時間後
「カザー君。地下には何があったのかな?」
ホームドさんはデイクの安否なんて微塵も興味がない。頭の中は洞窟内のことでいっぱい。だから、カザーが汗水垂らして意識が吹き飛んでいるデイクを引っ張ってきたというのに、その事には目もくれず真っ先に質問を投げかけた。
「あ~、それはデイクさんの方が詳しいので、彼が起きたら詳しい事は訊いて下さい。あと、ほとんど彼が内部にいた危険な者は倒してくれたので———」
カザーは話途中だった。それにも関わらず、「き、危険な者がいたのかね!!? それは、どういうことだ!!!」とホームドさんは仰天した様子で絶叫する。
「それに関しても、僕は実際に戦った訳ではないので伝えられません。ただ、デイクさんが倒したというのはこの目で確実に見たので安心して下さい」
カザーは右目を右手の人差し指で刺しながら、そう話した。
「なるほど………それで、彼はいつ起きるのかな?」
「・・・」
二人でデイクの顔をじっと見つめる。すると、起きろという意思が通じたのか右腕からピクンと痙攣し、次第にその震えが全身へと広がり、ようやく目を開いた。
「はい、なんでしょう? 私は丁度今起きたところです」
起きて間もなく、やはりデイクはホームドさんの前では敬語を使った。
「おはよう!! どうだったのかね、この奥は?」
「特に何もありませんでした。必要以上に心配する必要はないです」
ホームドの質問に対して即答。
「はい…? それはないだろう。だってカザー君は危険な者がいたと言っていたはずじゃ!!」
自身の予想と大外れの回答に対して思わず口を強めてホームドは述べた。
「あの階段を降りた先には壁しかなかったです」
「いや、そんなことはないだろう。それだったら、何故気絶していたんだい?」
納得の行かない回答に再びホームドは問いただす。
「壁に頭をぶつけて気絶していました。それをカザー君に見つけてもらい、今こうして地上に運び込まれたわけです。大変恥ずかしいばかりだ………」
首をしたに向けて表情を隠した。
「そんな訳ないだろう!! もう君達には呆れた。金は払うから出ていってくれ………はぁ、お宝があると思ったのになぁ」
思わず本音を漏らしたホームドであったが、二人は聞かなかったことにして、報酬だけ受け取ると大人しく屋敷を出た。
その日の夜遅く、時刻は午後十時をすこし過ぎた時。二人は今日得た多額のお金を使うべく、高級なレストランへと入った。
「乾杯!!」
「おう」
カザーはただのぶどうジュース。デイクは十年熟成した赤ワイン。これらを入れたグラスを片手に、豪華なシャンデリアの真下で勝利の鐘の音(ただのグラスをぶつけた音)を店内に流れている音楽を打ち消す程豪快に響かせた。
「すみません、お客様………店内ではお静かにお願いします」
店のウェイトスタッフが静かに二人の席の前に移動し、注意すると即座に別の客の所へと姿を移した。
「言われちゃったし、これからは静かは無そうな」
デイクは小さな声で伝えてきたので、カザーも小さく頷いた。
「あの、僕何点か気になったことがあったので訊ねていいですか?」
それはそれは静かにささやいた。
「なんだ? なんでも訊いていいぞ」
「まず一つ目。俺は弱いから子どもを狙えって言ったんですか? 一瞬で言っていることが逆転して、僕思わず焦っちゃって………」
カザーはその時のことを思い出して、少しムッとしながら訊ねる。
「それだそれ。相手を惑わすためにやったんだよ」
「はい…?」
いまいち説明が理解できず、首を傾げて再び疑問符を投げかけた。
「だから、戦闘の最中に頭を混乱させると隙ができやすくなるだろ。」
自信満々にデイクは話していると、ようやく一品目がテーブルに運ばれた。
「こちらはシェフの気まぐれ、季節の盛り合わせとなっております」
ウェイトがボウルに入った山盛りのサラダと取り皿をテーブルに並べたのを見て、一先ず二人は安心した。というのも、二人は高級レストランというのに極度の偏見を持っており、皿の中心にチョコンと盛りつけられた料理が来るのではないかと恐れていた。だから、お腹一杯に料理を食べられると分かると自然と口が開いて笑い出した。
「いただきます!!」
二人は取り皿に分ける時間がもったいないと感じ、ボウルからそのまま野菜を取り出して食べていると………
「お客様。どうやらあなた方はわたくし方の店には向いていない方々だという判断が下りました。出て言って下さい」
あまりのマナーの悪さに店から追い出されてしまった。
「次こういう店に来るときは、もっと気を付けような」
苦笑いしながらデイクは続けた。「俺にこんな金は必要ない。だから、お前に今日の報酬は全部やる」
「いいんですか!!?」
今日はほとんどデイクが解決したことだから、受け取るのは申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「いいとも。だけど、俺に何を質問したかったのかだけは全て吐いてくれ。そうじゃないと何を訊ねたかったのか気になって眠れないからな」
「分かった。なんでホームドさんに嘘を付いたんですか?」
これを聞いた途端、デイクは深刻な表情を浮かべ、恐る恐る言葉を発し始めた。
「俺は、ゲノムという男を切りつけた時、これから大厄災が起こるのではないかと震えた。そして、そいつの正体が世に知れ渡るのはまずいと感じたんだ。だから、今日の出来事は二人だけの秘密な」
デイクに手を強引に掴まれ、強引に握手を交わされた。
「分かった。それじゃあ、今日はありがとうね」
カザーはお別れの挨拶をして、強くデイクの拳を握り返した。
「それじゃあまたな」
デイクはカザーの拳を解き、自身の家までスキップしながら戻る姿が見えた。
今日受けた依頼だって、仮に一人で受けていたら命があった保証はないし、デイクさんはすごいや。僕もああいう大人になりたい。そうすれば、お母さんも外に出てきてくれるかな?
カザーは今日あった出来事を思い出して、反省や今後に生かせそうなことを整理しながら帰宅した。
ようやく家の前につき、玄関を開けて小さな声で「ただいま」と呟き中に入ると、そこには吐き気を催すほどの異様な臭いが漂っていた。