十三話 大都市にて
二人はデイクから貰った地図を頼りに……することは無く、導きコンパスを使ってウェーブシティへと向かった。道中は天気もよく特に何も起こらなかったのでスムーズに進むことが出来、予定の日没前よりも大分早い昼過ぎには都市が見えてくる。
そこは今までカザーが見てきた幾つかの町とは比べ物にならない程に、全てが大きく、全てが光輝いてみえる、希望で溢れた大都市。だが景観はやはり西洋風。その都市の中心には大きなガラス張りの屋根が目立つ施設がある。そこの大きな出入り口から、大きな汽笛と共に大きな煙突付きの箱が飛び出し、地上に敷かれた鎖のような道を猛スピードで走り出した。
「うわぁ、なんだよあれ!!!」
興奮した声で、子どもらしい好奇心み満ち溢れた声で叫ぶ。
「あれは列車っていうんだよ。まさか知らなかったの?」
ミーシャは丁寧に説明してくれるものの、内心笑っている様子だ。
「列車か。あんな巨体を動かせる魔術師がいるなんて、それはそれは凄い魔術師なんだろうな……」
圧倒的強者を目の当たりにし、少しばかり気を引き締める。と同時に見てみたい気持ちもある。
「違う。列車っていうのは石炭とかを燃やして、その時に詳しくは省くけど生じる水蒸気で動かしているの。だから、魔術は使ってないんだよ」
「なんで魔術を使わないで走らせるの? それって意味ある?」
「なんでって……そんなのこといったら私たちが乗ってる魔法のほうきだって必要なくない? だって空中浮遊くらい簡単に出来るじゃん。それに、魔法を使えない人だって世界には沢山いるわけだし」
カザーの問いに対して、当然の如くミーシャはそう答えた。
「えぇ……空中浮遊なんて出来るの!? それと魔法を使えない人がいるなんて驚きなんだけど」
カザーはずっと思っていた。みんな魔術を使える訳ではないのだと。
「で、でも、使えない人って少数だよね?」
「半分より少し少ないくらい。そんなのも知らないの? 流石に世間知らなすぎじゃない?」
ミーシャは少しカザーをバカにしたように言う。
「世間知らずで悪かったね。それより、魔術を使えない人って不便じゃないのかな?」
「使えない人にとってはそれが普通だから、不便とかそうじゃないとかは感じないと思う。まあ、劣等感とかは抱いたりすると思うけどね」
そう言われると、確かに列車みたいな擬似魔法のようなものをわざわざ作るのも納得がいく。しかし、ミーシャの話を聞くと一つだけ分からないことがある。
なんで僕の周りの人はみんな魔法が使えるんだ。半分より少し少ないくらいなら、今まで見てこなかったのはあり得ないくらいの確率だと思うが。
「カザー? 何か考えてるの?」
カザーの少しの表情の変化を察知してミーシャは心配の声をかける。
「別にしょうもないことだよ。気にしなくていいよ」
「そう言われるときになるんだけど。教えてよ」
ミーシャは教えてほしくてねだるのだが、「そう言われると僕も教えたくなくなってきた」とミーシャに口調を揃えて返す。
「なによそれ」
不貞腐れてそう呟く。
「別になんでもないよ。それより、降り立ちたい所があるんだけど、いいかな?」
カザーはミーシャは一応訊ねると、自信に満ちた明るい表情を浮かべて答える。
「はは~ん、あのガラス屋根が印象的な駅でしょ?」
「正解!! よく分かったね」
「私レベルまでくるとカザーの考えくらいすぐ分かるんだからね」
まるで僕はのことを全て理解してるようなこの発言は、気持ち悪い。
「う、うん。ただ、なんか距離感近すぎというかなんと言うか、今の発言は少し気味悪かったな」
率直な感想を述べる。
「え…? なんでよりにもよってカザーに言われないといけないの?」
ミーシャは先程よりも気分を悪くなる。そして気持ちとリンクするように風向きが悪くなり、カザーは危うく転落しそうになる。
「私先行くから。大空に開け一筋の道よ、【烈風大空夜】」
ミーシャはよく分からない魔術を雑に唱え、周りの強風を一つに集め、その風に乗って駅まで一直線した。
ここから駅までは少なくとも三キロは距離がある。それにも関わらず、ミーシャは一瞬で到着した。その時に発生した衝撃波から、おそらく音速は越えているだろう。敵として戦えばなかなかに楽しめそうな強さなのだと改めて感じる。
ただ、着地地点にいる人のことを彼女が考慮しているのか、それは不明だ。万が一何か事件を起こしても責任は一切取らないぞ。
そう予め決めてから、駅へ向かってゆっくりと飛行を再開させようとしたのだが………その矢先。
「おいそこのお前。都市上空を魔術で飛行するのは禁止だ。逮捕する!!!」
地上からウーウーうるさいサイレンが聞こえ、次第に音はうるさくなる。音の鳴る方へ首を下げると、拳銃を持った警察隊の一人が銃口を向けて迫ってきていた。
「わ、わぁ!? や、やめ、ってか僕は悪い人じゃないです。これ本当。信じて、お願い」
命の危機を感じて焦り、挙動がより一層おかしくなる。
「ならなぜ焦る? 言動から怪しさマックスだ!!!」
「そりゃ焦るでしょ。いきなり銃口向けられたら」
それを聞いて警察隊の人は「それもそうだな」と呟き銃をしまう。
「とにかく、僕は悪い人じゃないから。地上に降りればいいんでしょ。降りれば」
いやいや言うことを聞こうとするのだが。
「いや、それだけではダメだ。法を犯した以上は署まで動向願う」
「えぇ…」、ミーシャがただでさえ不機嫌なのに何も伝えれずに遅れたら絶交されそうな気がするんだけど。
「何か不満でもあるか?」
警察隊の質問に対し、「いえいえ、何にも不満はありません。というか、あるわけないじゃないですか。アハハハハ……はぁ…………」
愛想笑いをして、言われるがまま連行されてしまった。
ミーシャ、ごめんな。
カザーは頭の中のミーシャに対して深く謝罪し、署まで連れていかれるのだった。
カザーが連れてこられたのは、薄暗い檻の中。一面が鉄格子、それ以外は全て石の壁で覆われ、中にあるのは固い枕に固いベッド、申し訳程度の壁しかないトイレ。
僕はなんて惨めな空間に閉じ込められてしまったんだ。
「うわ~ん。僕はこの都市のルールを知らなかっただけなのに、なんでこんなくらい場所に閉じ込められないといけないんだ」
我ながらいい演技だ。演者になりきりすぎて、涙まで出てきたぞ。
「うるせぇなガキ。知らなかったとは言え、ルールを犯したのは事実だ」
今話しているのは見張りのおじさん。弱そうだ。
「じゃあ、どうしたら抜け出せますか?」
泣いても解放してくれないと悟ると、態度をコロッと変えて別の解決策を探す。
「それは早い話、賠償金だ。誠意ってのは金で解決できる」
「か、金ですか……」
カザーは思う。金なら幾らでもある。だが、それは家。
そして更に思い付く。別に檻なんて壊せば抜けられるのではないかと。
「あの、早い話ですね、僕、ここから抜け出せるわけですよ。だから、そこはまあ、以後気をつけるってことで許してくれませんかね」
挑発的な態度を取ったため、見張りは激怒する。
「なんだその態度は? 反省が足りん。だから近頃のガキ共は!!!」
「あの、感情を高ぶらせる心臓に悪いですよ」
カザーは意識せず人をイラつかれる言葉を吐き出す。
「そんなの分かっとるわい。自分等は命を削って治安を維持しているんだ」
「治安維持ねぇ…………そうだ!!」
いいことを思い付く。
「僕はですね、実は言うとスンドラと言い町を奪還するためにこの地へ応援要請を求めに来たんですよ。だから、僕らの計画に参加し英雄になりませんか?」
正義を名目に出せば、彼らなら動いてくれるだろう。それがカザーの魂胆だ。
「英雄か……そんな甘い話に乗るかボケ」
「ノリが悪いですね……もういいよ」
カザーは拗ねた振りをして、固いベッドに横たわるのだった。
もちろん、監視の目を欺くための演技であり、誰もいなくなったら抜け出すけどな。
そういう生意気な態度は心の中に潜めて、振る舞いは大人しく固いベッドの上で目を瞑ってから数時間経過。カザーは監視がいなくなったらことを確認して実行に移す。
「【血界術・斬】」
鉄格子の扉になっている箇所を破壊。同じ過ちを繰り返すことはない。今度は結界術で自信の指も切ることはなかった。
こんな檻から脱走することなんてチョロいものだ。そう高をくくり、留置場から閉鎖的な通路へと移ると、所内全室に低い鐘のような音が鳴り響いた。
「まさか、脱走したのがバレたか!?」
周囲を見渡し、警察隊員が来ているか確認。
後方に人の気配あり。すぐさま走って逃げ出す。清閑な空間に、カザーの足音がトントン響き渡る。これでは居場所を自ら開示しているようなものではないか。
そう思った矢先、足音を聴かれて存在がばれてしまったようだ。警察隊の足音が徐々に大きく鳴り響いてゆく。
最悪魔術を使えば振り払うことは可能だろうが、それで大事になったときの処罰は考えるだけで肝が冷える。バレぬよう、一度通路に幾つかある扉の中から適当に入り、身を潜ることにした。
「い、痛い……」
ミーシャと同じくらいの背丈の、自分より少しだけ背が高い真朱色のショートヘアーの女の子と運悪くぶつかってしまった。そのことを謝ろうと思ったのだが、すぐにその女の子は部屋を逃げ出すように去ってしまった。
それでは仕方ないので一先ず部屋の様子を見回して最悪なことに気づく。
入った部屋はなんと、警察署の本部であった。正面には様々な事件の概要、そして犯人像や相関図、様々なものが数珠繋ぎのように書かれている掲示板のようなもの。そこだけは整頓されており感激するのだが、他にある無数の机の上には書類が散らばっており、床は一部ではあるが紙の束で覆われ踏めない箇所すらある。
別にそれらは関係ないからどうでもいい。問題なのは、掲示板の前の明らかに組織のボスが座る位置のデスクに存在する、気の強そうなキリッとした顔つきに白髪の長い髪をこれでもかと言うくらいに高く巻き上げた、それでいて背の高い女。葉巻を口に咥えながら何か作業に没頭している様子。幸いなことに視線に入っていないからおそらく気づかれてはいないのだが、見つかっていたらやばいことになるのは安易に想像がつく。ここはおとなしく部屋から抜けるのが最善の策だろう。
そっと扉を開け、退室を試みようとした時だった。
「ここは部外者立ち入り禁止。あなた何者さ?」
咥えていた葉巻を取り出し煙を大きく吹いた後に、燃えている面を矛先にしてカザーの額スレスレに飛ばした。そして再び、机に向かって手を動かし始めた。
わざと外したのかは分からないが、この初対面の人相手に葉巻を投げるその姿勢。おそらく僕が法を犯したことは知っている。つまり、敢えてこの質問を投げつけて、僕が正直な人間かどうか試しているに違いない。だとしたら、ここは逃げず騒がず嘘をつかず、正直に話すべきだ。
「僕はカザーといいます。実は言うと先程まで留置場に閉じ込められており、嫌気がさして抜け出してしまいました。本当にすいません」
誠心誠意、理由も含めて謝った。これなら酷いことにはならないだろう。
カザーはそう確信して頭を下げながらニヤリと笑う。
「カザーなんていう名前の由来の一切なさそうな変哲なネーム。あなた偽名さね?」
「いえいえ、本当です。あと、僕のお母さんがつけてくれた名前を馬鹿にしないでください」
「で、ママのお名前はなんなのさ?」
カザーは大人なのにお母さんをママ呼びする、そのギャップに思わず吹き出しそうになるが必死に押さえて、
「お母さんはルーナです」
真面目に答えた。
「ルーナ……して、住みはどこなのさ?」
「住みはフロムです」
「フムフム……私の産まれ故郷か……」
一度手を止め、テスクの脇からフロムの人間の名簿を取り出した。
「それを聞いて何をしてくれるんですか?」
カザーは訪ねるが、集中状態に入った彼女は一切外部からの話が入ってこない。
「ルーナ……やっぱりそうだったか……」
情報収集が終わったのか、名簿を戻して再び作業に取り掛かりだす。
「あなたがどんな法を犯したのか知らないし興味もない。だけど、今回は甘く見よう。あなたのママであるルーナによろしく伝えておいて欲しい」
もしかして、この警察署で一番偉そうなこの女の人がお母さんの知り合いなのか!? それだったら、説明したらお母さん奪還の手助けをしてくれるかもしれない。
「伝えたい気持ちは山々なのですが、実は…………」
ここぞとばかりに母が長い年月昏睡状態だったことや、拐われたことを伝える。
「それは事実か?」
「はい、本当です」
カザーは頷く。
「とはいえ理解不能の点が幾つもあるのは事実。今度時間がある時、濃い時間を過ごさないか?」
濃い時間? なんか向こう側に主導権を握られそうで、嫌な予感しかしない。
「それは結構です」
「なぜ? ただ濃いティーでも飲みながら、詳しくより濃い情報を交換したいだけなのさ。だからそんな悪いことでも、ハレンチなことてもじゃない」
「まあ、それならいいですよ。それより、あなたの名前は?」
「カルミア・ソーサレス。ソーサレスって名の通り、生粋の魔女なのさ」
カルミアという名前は…………!!
そう、彼女そこがデイクの言っていた、味方に着いてくれれば千輪力の女。カルミアなのである。