一話 始まり
「いつ迎えに来てくれるんですか? ずっと待っているのに………最低ッ!」
見知らぬ女の子に泣きながら責められる。
怨嗟が込められたかのような声、そして夢の中で強く頬を叩かれた。その瞬間、激しい電流が脳を走り、主人公のまだ十歳の少年、カザーは目を覚ます。
「なんだ………今日も変な夢に起こされちゃった」
このような一方的に振られるような夢は、もう見始めてから五年以上は立つ。最初こそはあまり気にならない痛みだったが、ここ最近は脳が焼き切れる程の痛みを週に一回は確実に喰らう。そのため、精神的にも肉体的にも参っている。
ただ、こればかりは原因が何か分からないから解決しようがない。それは自分自身が一番分かっているので、とりあえず気分を変える為にベッドから降りて部屋のカーテンを開け、外の様子を確認する。
「今日はいい天気になりそうだ」
うっすら見えるきめ細やかな雲の奥から光り輝く朝焼けが見えた。不機嫌な時は、このような美しい景色を見て機嫌を取り戻している。
そして、晴れた気持ちで身支度を済ませ、母が眠っている部屋の前で行ってきますの挨拶をしてから、町外れの自宅を飛び出して、町にある役場へと向かって舗装された道を歩み出す。
カザーの母の名前はルーナ。彼女は「極限の魔女」と言う異名を持つ、魔力を際限無く有する、規格外の魔法(通常の魔術師なら必殺技として扱う魔法)を意図も容易く、際限無く使える最強の魔法使いだ。
そんな彼女はたった、一人で僕が魔法使いになる為の指導を、僕が物心が着いた時からしてくれていた。それもたった一人で。そのおかげもあって、現時点でも彼女には遠く及ばないが、僕もそこそこ強い魔法使いにはなれた。
また、待ちゆく人は彼女を見ると思わず振り向いき見とれてしまう程、黒色の長い紙と整った顔だ立ちをしており、その姿はまるで夜空に輝く月のように美しかった。
そんな彼女ももう二年前に突然寝室の鍵を閉めて誰も出入りできない状態にした後に、引きこもってしまい。
もう二年間、ずっと顔を見ていない。
でも、分かるんだ。お母さんは今でも生きているって。だからこそ、僕が叶えたい願いがたった一つだけある。それは、お母さんにして、先生にして、最強の魔法使いの救出。
つまり、ルーナの引きこもりを解決する。僕が願っていることはこれだけだ。
家から歩いて数分経ち、石レンガがキレイに敷き詰められた通路を歩いていると、「ぐぅ~」と、突然お腹が鳴ってしまった。
「丁度お腹が空いてきたし、仕事をする前に腹ごしらえでもしてから行くか」
そう言ってカザーは、町役場へ行く途中にある行きつけの定食屋へと寄り道をする。
時刻は六時丁度。
石と木材で出来た赤い屋根の定食屋の前に到着した。定食屋の入り口の茶色い木製の扉を開け、「おばちゃん! 朝早いけどいつものをお願いします」、扉に付けてあった鐘を鳴らしながら元気よく挨拶をして入店する。
「おばちゃん? 私はまだお姉さん。分かったらお姉さんと言い直しなさい。そうじゃないと、作ってあげないよ」
黄土色のエプロンをかけた40代手前のお姉さんがカウンターの向こうの調理場からコミカルに挨拶を交わしてくれた。
「じゃあ、お、ね、え、さ、ん。いつものをお願いします」
「なんでお姉さんをあえて誇張して言うのよ………」と小声でぶつくさと言った後に、「まあいい。まだ朝早いしあんた以外に誰も客はいないから、空いてる席に座って待っといてくれ」と言って厨房で準備を始めた。
そしてお姉さんから一番近い、カウンター席に座った。
そこから見える調理現場でのお姉さんの素早く、テクニカルな、まるで何かのショーのような仕事裁きに魅了させられながら時間は流れて。
「はい、ベーコンチーズサンドと、カリカリベーコンの半熟目玉焼き乗せの完成。出来たてで熱いからゆっくり食べなさいよ」
気が付けば、ハーブの香りが漂う、皿の上に広がる絶景が目の前には既に置かれていた。
まずはベーコンチーズサンドを口を大きく開いてかぶりつく。すると、トロトロととろけるチーズと、噛むたびに溢れ出る濃厚な肉汁が口の中で合わさり合い、塩味と甘みとうま味からなる幸せで口の中がいっぱいになり、思わず笑顔も溢れ出てしまう。
次に、薄く長くスライスされたいい具合に焦げ目のついたベーコンで、上に乗っかった卵を包み込んで一口で飲み込む。
もちろん、出来立てで熱すぎる為に火傷しそうになるが、それ以上に半熟の黄身の濃厚さと、余分な水分が抜けてうまみが凝縮されたベーコンの奇跡的な融合により、もはや口の中の熱さなどは無かったものとなる。
そして、相当なボリュームがあったはずの朝食を物の数分で食べ終えてしまった。
「やっぱり、あんたの夢中でおいしそうに食べている姿を見ていると、私も一日頑張れる気がするよ」と定食屋のお姉さんは言う。
「そりゃ、おば………お姉さんが作る料理がおいしいからね」
一瞬またおばさんと言いそうになったが、すぐに言い直すという誠意を見せながらキチンとお礼を言った。
「そう言ってもらえると嬉しいねぇ。じゃあ、駄賃はいつも通り、私を元気づけてくれた分と、あんたのお母さんの恩で既に十分すぎるくらい貰っているから、ただでいいよ」
「それはありがとう。じゃあ、また明日も来るからね」
カザーはお姉さんに一礼して、満足そうなを浮かべながら店を出ると、食堂から漂うおいしそうな匂いと自身の満足そうな顔に釣られて店の前を通りかかった数名の腹が一斉になり、照れ笑いをしながら同時に数名全員が店の中へと入って言った。
そして、ようやくに本命の町の役場へと到着した。
役場は横長の構造になっており、屋根部分の中央は少し突き出て、そこには町中に響く大きな金が設置されている。
中に入るとすぐに案内所から様々な届け出が可能な受付とソファーと椅子が数セット置かれているロビー。その横には大きな掲示板がありそこに町に住む人からの依頼が多く書かれている。
掲示板を見ながら、今日はどの依頼を熟そうかじっくりと考えていると、一つだけ興味深いモノを見つけた。
「私はつい先日、たまたま穴を掘っていたら地下遺跡へと繋がるそれはそれは大きな空洞を見つけた。そこは真っ暗で光が一切通らない場所ではあるが、どうやらその奥に何か禍々しいオーラを感じるんだ。だから、その洞窟を調査して奥に何があるのかを教えて欲しい。
報酬は金貨三百枚 これは命の危険があるからその保険も兼ねているぞい。だから、本当に勇敢で頼りになる者だけが依頼を遂行してほしい。
これを受けたいという者は私の家まで来てくれ。
By イェレス=ホームド」
依頼主はこの町を治めている、一流魔法使いでもあるホームドさん。そんな人がこんな額を叩いてまで調査して欲しいと願っている。一流でも進むことさえ拒む、そんな洞窟は是非とも一度拝んでみたい。だから、今日は好奇心と報酬に釣られてこの任務を引き受けることに決めた。
「おや、これはこれは極限の魔女ことルーナさんのお子さんの、カザー君じゃないか」
背後から、背中に剣を携えた紳士そうな男の人が、カザーは興味を持っていた依頼と同じのを見ながら話しかけてきた。彼の名前はデイク。人並外れた剣術使いで、「剣王のD」の異名を持つ、常にこの町の人を守る為に働いている男だ。
「もしや、君もこの任務に目を付けているのかい?」
「はい。報酬が報酬ですし、何よりもホームドさん本人が依頼をするなんて、よっぽどのことじゃないですか。だから、どんな財宝が眠っているのか気になったもので」
訳を話すと、デイクは一呼吸置いてから、
「これは、幾ら君でもやめた方がいい事案だ」
とデイクは真剣な眼差しをこちらに向けて話した。
「なんでですか!?」
突然のことに、思わず声を大きくして訊ねる。
「実は言うと、ホームドさんはこの洞窟とやらを見つけてからというもの、何かに取り付かれているかのよつに、常に呪文のようなものを口ずさんでいてすごく気味が悪いんだ。だから、カザー君もおかしくなりたくなければ行かない方がいい」
そう言ってから少し間を開けて、「それより、ルーナは元気にしているかい?」と問うた。
「今日も案の定引きこもっています」
「そうか………なら、偶には町の人にも顔を出してくれると嬉しいと伝えておいてくれ。それじゃあ、俺はまた見回りに行くけど、絶対にホームドさんの依頼は引き受けるなよ」
最後に再び警鐘を鳴らしてデイクは役場から出ていった。
「と、言われちゃったけど僕は最初にホームドさんの依頼を受けると決めた以上。絶対にやる。僕は十歳にして強い魔法使いだ。どんな依頼だろうと何とかなるはず!」
自分の強さに慢心しているが故にそう口ずさむと、カザーもこの場を立ち去ってホームドさんの家へと向かったのだった。
「待っておったぞ! 勇敢な少年よ!」
なんと! ホームド亭に着いたのは早朝。にも関わらず、ホームドさんは自身の住む大きなお屋敷の入り口の前で依頼を引き受けてくれるであろう人物を待っていたのだ。加えて、目の下に相当な隈が出来ていることから、おそらく一晩中そこに立っていたのだろうと推測できる。
確かにこれはかなりの重症だ。デイクさんが危険視している理由が分からなくもない。だがしかし、以前のまともな性格から豹変したホームドさんの姿を見ると、彼をそこまで変えてしまったモノの正体がなんなのかますます気になってきた。
「どうぞどうぞ!ここにあなたの依頼を完璧に成し遂げる男が現れました! さあ、早く洞窟とやらに連れていって下さい!」
そして遂に好奇心をそそられる依頼について詳しく聴くことが出来ると思ったその時、背後から気配が迫ってきていて………
「ほんの数分前に言ったことをもう忘れたのか?」
背後からの冷たく鋭い声に背中を貫かれ、カザーはすぐさま振り向いた。そこには、デイクが存在した。
「俺はお前が強いのも知っている。だからこそ、ここで恵まれた命を失って欲しくないんだ」
恵まれた命を失って欲しくない。それって、僕がこの依頼を受けて洞窟へ侵入したら死ぬって言ってるようなものじゃないか。そう思とカザーはデイクに対してに腹が立ち始めた。
「あの、僕は大丈夫なんであっちに行って下さい」
カザーは感情のままに目を細めて冷たい口調でデイクに命令をする。
「ちょっとお二人方。この場で争いを開始するのはやめてやめてくれんかね」
カザーの後ろでずっと困惑した表情を浮かべていたホームドが声をかけた。
「これはホームド閣下、大変申し訳ございませんでした。しかし、なぜあなた様のようなお方がわざわざ依頼などなさったのですか?」
謝ると共に、デイクは疑問に思っていたことを尋ねる。
「それはだね………」
ホームドの口から理由が聞けると思い、カザーとデイクの二人は息をのんで聞き入れる体制を整えた。
「それは?」
「それとはどのような事なのでしょうか?」
二人はホームドがあまりにも長く間をためるものだから、早く聴きたくてしかたが無くなる。
「それは………忘れちゃった」
「………はい?」
二人の頭の中ははてなマークで埋め尽くされる。それと同時にカザーからあふれ出ていた興奮は急激に冷めて、「デイクさん。僕はこんなすぐ忘れるようなしょうもない依頼を引き受けるのはやめ、他の依頼を受けることにします」と伝えた。
「ちょっと待ちたまえ! わしも、なぜこんなに興奮しているのか分からない。だから実際に入って確認してもらいたいんだ。そして二人はとても強い。だから、一生のお願いだ。その洞窟の奥に眠る心踊らされるモノの正体を探してきて欲しい」
その場で膝を折ってホームドは精一杯お願いをした。
「カザー。ホームドさんにこんな必死にお願いされたら、流石に俺も要求を呑むしかない」
デイクはカザーの耳元で本当に小さな声で囁く。
「つまり、一緒に行くってこと?」
カザーの問いに無言で頷いた。そして、
「ホームド閣下。分かりました。この二人で依頼を遂行させて見せます」
と言いながら深くお辞儀をした。
「やはりデイクとカザーは頼りになる! では、早速洞窟へと案内しよう」
引き受けることを聴くとすぐさま顔を上げた。
「閣下。流石に今すぐには無理です。私もカザー君もまだ準備ができておりません。ですから、明日の朝、再びここに集合でお願いします。それまでに最高戦力を揃えてきますので」
「それは頼もしい。では、明日の朝またここで合おう!」
そうホームドは言うと、二人と何度も握手を交わした後に、屋敷の中に戻っていった。
「カザー。そういう訳だから、明日は頑張ろうな。それと、出来たらルーナを連れてきてくれないか? 彼女がいればまず命の心配は無くなるからな」
「お母さんか………分かった。絶対来ないけど、一応伝えておくよ」
「それじゃあ、明日に備えて今日の所はもうゆっくり休め」
そう言うと、デイクはゆっくりと町の中心へと向かって歩き去ってしまった。
なんかホームドさんが間に入ってからデイクに向けていた苛立ちがスッキリすっかり消し飛ばされちゃった。まあ、何はともあれ明日には洞窟へ行けるから今日の所はゆっくりと休んで明日にそなえるか。ただ、お母さんを呼んで欲しい。これだけは準備することが出来なそうだな。
そして、カザーも今日の所は真っ直ぐ家へと戻り、それからずっと、母に何て言えば明日一緒に来てくれるのかを考えた。しかし、幾ら考えても言葉は思いつかず、気が付けば半分欠けた月のあかりがうっすらと夜空を照らす静かな夜になっていた。
「はぁ……僕はどうしたらいいんだろう?」
月に向かって嘆いても、返事が返って来るはずもない。だけど、今はそれ以外に話し相手となってくれる存在がいないから、そうするしかない。
「どうかお月様。僕が明日も無事でいられるよう、見守っていて下さい。そして、早くお母さんを前のように戻して下さい」
空を見上げてそう呟くと、色々な感情が込み上げてきて涙が数滴零れ落ちた。
そして、カザーはこの日は結局母に伝えることすら出来ずに眠ってしまうのだった。
その翌朝、いつも通り朝起きて支度を済ませてから定食屋でご飯を食べに行った。
「いつも一番目のお客さんがあんたで安心だわ。うちの店にとってあんたは守り神のようなもんだからねぇ」
「いきなりそんな事言ってどうしたんですか?」
「いや、なんでもないよ。ただ、あんたの顔が暗かったから励ましてやっただけさ」
カザーは食堂のお姉さんの思いがけない優しさに感極まって泣きかけた。それから朝食を食べ、急いでホームドが住む屋敷の前に着いた。そこには既に重そうな金属製の装備を着ているデイクが待機しており、
「おはようカザー! もうここまで来たら後には戻れないから、今日は存分に楽しもうな」
と元気に挨拶を交わしてくれた。
「そうだね。でも僕、お母さんに頼むことさえできなかった………」
カザーは自信なさげにため息をつく。
「なあカザー。君は現時点で相当強い。それに、最悪の事態が起きた場合は、俺が命を賭けてでも守る。だから、心配はするな」
デイクは気力が落ちているカザーの士気を高める為に励ましの言葉を贈った。
「それって、フラグか何かですか?」
カザーは苦笑を浮かべながらそう言った。
「フラグ………? あぁ、旗か。それがどうしたんだ?」
「はい………?」 一瞬何を言っているのか分からなくなった。だが、何度か言っていたことを脳内でリピート再生する内に解読することに成功する。
デイクがフラグと聞いて一番思いついたのは英語のそのままの意味。つまりFLAG。だから、それを補うため、彼に向けてフラグの意味を伝える事にした。
「今僕が言ったフラグというのは旗と言う意味ではなく、命を賭けて守るって言ったとしたら、その後にそれを言った人が死んでしまうということです」
「そんな意味があるのか。しかし、なぜそうなるんだ?」
「それは、お決まりのようなモノなので、僕は分かりません」
「じゃあ死なないな。俺は今まで救ったことがある多くの人にそれっぽいことを言ってきたが、今までに死にかけたことすらないからな。つまり、俺にとっては死なないのがお決まりって訳だ。だからもう一度言う。心配はするな。ハッハッハ」
デイクは口を開けて大きな笑声を上げながら、再びカザーの肩を叩いた。そして、その時に沈んでいた気持ちがスッと晴れたのだ。
さらに、その笑い声が屋敷内にまで響いたのか、大慌てでホームド夫君がようやく姿を現した。
「遅れてすまなかったね、二人共。それじゃあ、今から洞窟内に案内するよ。それじゃあついて来てくれ」
ホームドはそう言うと、屋敷の中に戻ろうとした。
「あれ、ホームド君主、何か忘れ物でもしましたか?」
デイクは行く気満々のホームドの行動と態度が違うように感じ、問いかけた。
「いやいや、まだそこまでボケてはおらんよ。洞窟というのは屋敷内になってだな」
「そうでしたか。では私達もあとを続きます」
デイクはそう言うとホームドに向かって頭を下げ、カザーの方向をちらっと見てから、ホームドの後を後を追った。
「敷地内に洞窟が現れたんだったら、ホームドさんの様子がおかしくなってもおかしくはないな」と呟くと、カザーも二人の後を追うのだった。
「ほれ、二人共。ここが洞窟の入り口じゃ!」
三人は屋敷内でも特に広い大食堂に到着した。ここの部屋の壁の一部に、一人の金色の髪に赤いリボンを付けた女の子と思われる繊細な模様の入ったステンドグラスがはめられており、そこからの光が丁度当たる場所に、少し埃の被った暖炉が置かれている。
「え? こんな場所のどこに洞窟があるんですか?」
カザーはホームドに問いかける。
「それには俺も同感です。どこにあるのか今すぐにでも見せて欲しいです」
デイクも同調して質問をする。
「暖炉の奥にあるぞ。一度そこの奥を蹴り飛ばしてみるんじゃ」
ホームドは暖炉の方へ近づき、蹴りやすいように暖炉の前にあった鉄の柵を退かした。
「本当に、あなた様の家を傷つけてもよろしいのでしょうか?」
「大丈夫じゃ。ただし、勢いよく蹴るんじゃないぞ………」
デイクはホームドの「大丈夫」という言葉を聞くとすぐにスライディングをした。すると、暖炉の奥の壁が自動的に開き、その奥へと続く広く長く、暗い急な階段が現れた。
「うぉおおおおおおおおおおお!!!」
デイクは叫びながら階段をスライディングで滑り落ち、そのまま暗闇に消えてしまった。
「大丈夫ですか!!?」
カザーが洞窟、というよりかは隠し部屋へと続く通路に向かって叫ぶが、返事どころか自身の声さえ一切返って来なかった。
「あの、これってどのくらいの深さがあるかとか、分かりますか?」
「分からん。だから、依頼をしているんだ。あの落ち方だと、おそらく骨折は免れないだろう。だから、早く助けに行った方がいいんじゃないかね?」
「それはそうですけど………流石にどのくらい深いのかも分からない場所に子どもの僕が一人で行くのは、危険すぎるような気がして………」
「何? ここまで来て、逃げるのかい? デイク君はどうする?」
ホームドは責め立てるようにカザーに質問攻めをしてきた。
「それを言うなら、ホームドさんだって助けに向かうべきだと思うんですけど!」
カザーも反論。すると、ホームドは顔が急に青ざめて、後方に倒れた。
「ワシは、怖いじゃ………だから、ウンと報酬を賭けて、勇気のある者にここの調査をしてもらおうと考えた。それなのに、注意も聞かずに勝手に落ちていって、そしてルーナの子どもである君に強く言われた。怖いんじゃよ。この歳になっても、怖いモノは怖いんじゃ」
全身ががくがくと震え、泣きながら話す彼を見て申し訳ない気持ちになってしまった。
だって、これを引き受けた原因を作ったのは元はと言えば僕だし、それなのに今さら逃げるのは酷い話だもんな。
「分かりましたよ。た~だ~し、何かあったらあなたが全て責任を取って下さいね」
そう強く言うと、いやいやではあるが暖炉の奥の階段の前に立ち、
「【炎照魔法・フレイム】」
と小さな声で呟き、頭の中で燃えさかる炎をイメージすると、手のひらに小さな炎を生み出した。そして、その光を頼りに奥へと進んだ。
進み始めて早五分、だんだんホームドがあそこまで怯えていた理由が分かってきた気がする。ずっと変わりない暗闇の一本道を歩いていると、果てしない程重い不安に襲われるようになる。
更に五分程経ち、少しずつ精神がおかしくなりそうだと感じはじめてきたところで、ようやく階段が終わった。
すると、今の火の大きさでは照らし切れない程の大きな空間に着いた。
「炎照魔法・フレイム・全開・」
カザーはそう唱え、辺り一帯を太陽の如く明るい火の玉で照らした。
そして見えてきたその空間の全貌。そこに広っていたのは、明らかに人の手によって掘られたであろう、ドーム状の空洞。床は土で押し固められており、側面は金属で出来ているが作られてから長い年月が経ったのか地下深くだというのに錆びついている。だから、若干さび臭さが充満している。
そして何より気になったのが、ドーム状の部屋の天井には大きな穴が空いており、何かが降臨してきそうな、おぞましいオーラが漂っている。
それに、なんか後ろにも気配を感じるような………
「覚悟ぉぉぉおおお!!!」
「うわっ!? 何、何だ!!?」
カザー背後からの爆発的な雄叫びを聞き、反射的に前方へと跳んだ。そして後方を見ると………
「なんだ、カザー君か。これは切りかかろうとしてすまなかったな」
デイクがしてやったぞと言わんばかりの、自信に満ちた凛々しい表情を浮かべながら立っていた。
「俺はやったぞ! この神殿内に封印されていた悪魔を切り刻んだ!」
デイクは誇らしげに言う。
「あ、悪魔!? それがこんな所に眠っていたんですか!!?」
彼の発言に対して、カザーは思わず聞き返すと、「そうだ。ほら、これを見て見ろ」と言って手の平に着いた白い粉を見せてきた。
「これは、何?」
「全身スケルトンの悪魔の骨粉だ。相手から襲ってきたものだから、見ての通り木端みじんにしてやったぞ」
「それはすごいですね! それじゃあ、こんな場所に居ても不気味なので戻ってホームドさんに状況を説明しましょう」
「そうだな!」
その時、二人は完全に油断をしていた。この後起こる出来事なんて知る由もなく………
この小説の主人公(カザー、年齢十歳)は魔法の扱える世界のフロムという町で生まれ育った。
しかし、現在魔法の先生でもある母親は意識を失っており、自分で生活費を稼がないといけなくなる。そのため役場に行って依頼をこなしている。
(役場での依頼のほとんどはカザーが魔法修行の一環も兼ねて一人で行っているため、金銭面において苦労はしていない)
彼の目標はただ一つ。母親の意識を取り戻すことだったのだが………。
次に説明するのは、デイクという、町の平和を守る勇敢な剣士だ。彼は一切の金銭を要求すること無く、ただひたすらに町で困っている人を励ましたり、手助けしたりしている。じゃあどうやってお金無しで暮らしているんだという意見があるかもしれないが、それは町の人が助けてくれたお礼にご飯等を毎日のようにご馳走してくれるので問題ないらしい。
そして最後にルーナ。彼女は「極限の魔女」と呼ばれる起きていた頃は絶大な力を持っていた魔法使い。彼女はカザーが八歳の頃に突然意識を失った。理由は不明。ただ、彼女は夢を見ながらずっとずっと悲しいんでいる。