6.それだけじゃないってわかってるよ
「倉田くん」翌朝、登校してきた城ケ崎さんが、悲しそうな顔をしてぼくに近づいてきた。「ちょっと、出来なかったところがあって。教えて欲しいんだけど」
彼女がごそごそと、通学カバンから取り出したティッシュカバーは、なかなかひどいものだった。
ボタンはいずれも外れかけていたし、ミシン縫いした部分もなぜかほつれかけてきていた。
「城ケ崎さん……これ、どこが出来てないの」
ぼくから言わせれば、全部できていない。
しかし城ケ崎さんは、ティッシュカバーからだらりと垂れ下がった布ひもらしきものをつまんだ。
「ここ。布ひもをどう作ればいいかわからなかったし、つけ方もわからなかった」
「そっか」
とはいえ、わからないことがわかる、というのはある意味、進歩かもしれない。
「今日の放課後、また、城ケ崎さんのうちに行くよ」
そう言ってから、ふと、ぼくの方から彼女の家に行こうというのははじめてだな、と思った。
誘われたことはあっても、誘ったことはない。
「お願い。やっぱり、倉田くんの助けが必要みたい」
そうして、放課後。
城ケ崎さんの家にたどり着いたぼくらは、いつものようにはお茶も飲まず、昨日の作業部屋へと直行した。
ほとんどの部分は終わっていたし、城ケ崎さんがひっかかっていた布ひもの取り付けも、大した作業ではない。
手直しを含め、ティッシュカバーはすぐに完成した。
それから、普段のように、リビングルームでお茶を飲んだ。
城ケ崎さんは、出来たティッシュカバーをテーブルの上に置いて眺め、にやにやとしていた。
「わたしだって、やれば出来るもんだね」
できる、というのがどのレベルのものを指すのかわからないが、自覚症状がある彼女には、それ以上は言わない。
お茶を注ぐのはそんなに不得意そうじゃないのに。人には向き・不向きがあるらしい。
そうはいっても、彼女が努力をしたのは間違いない。
「実際、城ケ崎さんは、がんばったと思うよ。ぼくも、女装には付き合えないけど、こういうのだったらいつでも、付き合ってあげられる」
それは事実で、実際、久しぶりにやる裁縫は楽しかった。
それで城ケ崎さんと一緒にいられるのだから、理想の時間といっても間違いではない。
そんなぼくの喜んでいる表情を見て取ったのか、城ケ崎さんが、急に真顔でぼくを見つめた。
「倉田くん……もしかして、かわいい服着させられるの、嫌だった?」
「もしかしてじゃなく、前からそう言ってるでしょ」そしてぼくはそれ以上のことを言うべきか迷い、結局のところ、口にした。「服を着るのもそうなんだけど、かわいい、って言われる方が嫌なんだよね」
「どうして?」
その問いに、ぼくは答えられなかった。
何せ答えたら、城ケ崎さんに、ぼくの気持ちを伝えることになってしまう。
やがて、城ケ崎さんが言った。
「よくわからないけど、とにかく、そうなんだ。じゃあ、もう言わない」彼女はため息をついて、言葉を続けた。「そんなにかわいいのに。……あ」
彼女は苦笑した。ぼくも呆れて、つい笑ってしまう。
それから彼女はぼくに微笑んで、言った。
「でもわたし、倉田くんの魅力が、かわ……ううん、それだけじゃないって、わかってるよ」
「……そう?」
「はっきりとものをいうとこ、とかさ。嫌なことを嫌だと言ったり。昨日だって、わたしの味方をしてくれたし。わたしも倉田くんにはたまに叱られるけど、あれだって、ちょっと嬉しいの。誰もああいう風に言ってくれなかったから」
城ケ崎さんはそう言って、不意に立ち上がった。
「さ、今日も服、着てくでしょ」
やっぱ着ることになるんだな、と思いながらもぼくはその後についていく。
自宅内ファッションショップへ歩く途中で、城ケ崎さんがぼくに背中を向けて言葉を続ける。
「倉田くんには、女装だって、もうさせないよ。冗談でもしない。……でも、最初のあれには理由があってね。うちのお母さん、レディースのデザインがメインだからさ。うちにある服も、女物が多いんだよね」
「……どういうこと?」
「倉田くん、小柄だし。メンズで倉田くんに合う服なんて、うちにはそんなに、ないんだよ。メンズだけばんばん着せていくと、組み合わせなんて、すぐに尽きちゃうんだよね」
ぼくは慎重に言った。
「それで、何か問題が?」
「だって、そしたら、倉田くんをうちに誘う理由、なくなっちゃうでしょ」
ぼくは少し足を速め、城ケ崎さんの横顔を眺めた。
彼女はいま、自分の言った言葉の意味に、気づいているのだろうか。
城ケ崎さんはぼくの視線に気づき、少し不思議そうな顔をする。
ぼくはそんな彼女に問いかけた。
「つまり、ぼくをまた誘いたかったから、ぼくに女装なんてすすめてたの?」
「あっ、……いや、ううん」と慌てて首を横に振る彼女の発言に失望しかけたとき、言葉が続く。「似合うだろうな、って思ったのは本当だよ。着てくれたから、やっぱり、実際に似合うのもわかった。だけどまあ、倉田くんだって嫌がってたし……あの後すぐ、お母さんにお願いして、レパートリーをそろえてもらったから、なんとかなったけど……だから、まあその、でも、似合うから、ってだけじゃなくて……」
顔を赤くして、彼女はうつむいた。
やっぱり、城ケ崎さんは、根本的なところが少しずれている。
「それなら、そう言ってくれればいいのに」
「ごめん」
そういう彼女に、心の中で、いや全然ごめんじゃないよ、と答える。
だってそれは、つまり、城ケ崎さんもぼくと一緒にいたかった、ってことだから。