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3.好きになったりするんだろうか?

 ともあれ、それが発端で、ぼくはときどき城ケ崎さんの誘いに乗るようになった。

 彼女の、その、ファッションデザイナーの修行をしたい欲望は、定期的に訪れるらしい。

 とりわけ、母親が家を空けているときに、その欲望は大きくなる。


「それは寂しさに似ているんだと思うの」と物憂げな顔で城ケ崎さんが口にした。彼女にしては、そしてぼくに対する言い訳にしては、やけに詩的な表現だ。「誰もいない家に一人でいると、なんだかこう、頭の中に様々なものが生まれては消えていく。でもある日、それを形にしてみたくなるんだよ」

「それできみ、ぼくにこんなものを着せようとするのか」


 試着する服に紛れ込んでいたメイド服を、ぼくは城ケ崎さんに示してみせる。

 二度目以降に彼女の家を訪れてからも、ときおり、女物の服が混ぜられることはあった。


「だってほら、倉田くんだって、そういう気分になるときもあるかな、と思って」


 人差し指を立ててそう提案する彼女の目を、ぼくはにらんでみせる。


「……怒るよ?」

「ごめんごめん、半分は冗談だって。そんなに怖い顔しないでよ」


 もちろん、ぼくもそのやり取りの半分は冗談だ。

 二度目以降、混ぜ込まれる女物は、一目でそれとわかるものだけになっていた。

 それはメイド服だったり、白いワンピースだったりした。


 それでもある日、ほとんどがそういう女物ばかりが持ち込まれることもあって、そんなとき城ケ崎さんはわざと澄ました顔をしていた。

 で、真顔でこんなことを言った。


「倉田くんさ、一回だけでいいから、こういうの着てみない?」

「やだよ」

「でも、わたしだってただの悪ふざけでこう言ってるんじゃないんだよ? 似合うと思うから、言ってる。倉田くん、かわいいもん」


 その物言いは、ぼくにはいつも複雑に響いた。


 好きな子に、何か頼みごとをされるのは、悪い事じゃない。

 こうして二人きりの空間で一緒にいられるのは、それはある意味、相手からの好意の証であるともいえる。

 だけど、かわいい、というのはどうなんだろう。


 それでもある日、ぼくは城ケ崎さんのリクエストに応えてやったこともある。

 普段のように冗談交じりながらも、これ、女物だけどどう? と彼女は黒のパンツスーツを持ってきたのだ。

 ぼくはもちろん、喜んで、というわけではなかったけれど、彼女に言った。


「城ケ崎さん、前に一度、一回だけでいいから、って言ってたよね」


 うんうん、と彼女は何度もうなずいてみせる。


「これ、一回着たらもう二度とそういうこと言わない?」


 もちろん、と彼女は大きく一度、うなずいた。


 それでぼくはその服を着てみた。

 悔しいことに、女物のくせに、ぼくの体にぴったりと合う服だった。

 鏡を見ても、我ながら、違和感がない。


 カーテンを開け、城ケ崎さんに姿を見せると、彼女は興奮した様子で拍手をはじめた。


「すごい。倉田くん、カッコかわいい」


 そうしてぼくを試着室から引っ張り出し、ぐるりと周囲を回ってあらゆる角度から眺めはじめた。

 それで最終的にはスマホを持ち出して写真撮影をはじめようとするので、それはさすがに拒否をした。


「えー、すごくよく似合ってるのに。記念だよ、記念」


 そう言われても、それは本当に嫌だった。

 城ケ崎さんはぼくよりはるかに背も高く、素早く、そして運動神経がいいだけあって力も強い。

 試着室に逃げ込もうとするぼくを何度も捕らえ、写真を撮らせてよと懇願した。


 だが、やがてぼくに一喝されてそれを諦めた。

 怒られるとしょんぼりして、言うことを素直に聞く城ケ崎さんだった。


 そういうのが徐々に重なるにつれ、ぼくが城ケ崎さんの家に長居することが増えてきた。

 試着が終わった後も、お茶を飲んだり、テレビを見ながら、二人で話をした。


「城ケ崎さんってさ、他の男子にもこんなこと、してたの?」


 ある日、ぼくがたずねると、彼女はせんべいをかじりながらこっちへ目を向けた。

 ばりばりと慌ててせんべいをかじった後、彼女はぽりぽりと頭をかきながら言った。


「あれ、倉田くんも知ってたの? 恥ずかしいなあ」


 噂には聞いていたけれど、いざ彼女から聞いてみると、なんだか少し、嫉妬を感じた。

 とはいえそれは別に、妬むようなものではないなのだけど。


「だってみんな、一緒に帰ろうっていうんだもん。わたしの修行に付き合ってくれるかな、って思ってさ……そのあと、みんな来なくなっちゃったけど」


 城ケ崎さんはそう言って、肩を落とした。

 しかしすぐに気を取り直したように、胸を張った。


「ま、試着するのって結構、大変だからね」

「いや、それ、女物を着せようとするから、じゃないの?」


 城ケ崎さんは不思議そうな顔をしてぼくを見た。


「え、普通の男子に女物なんか、着せようとするわけないじゃない」

「そうなの?」

「そうだよ。わたしが女物を着せようとするのは、倉田くんだけ。倉田くんが、かわいいから」


 その言葉は、ぼくの気持ちをまた、複雑に揺さぶった。


 女物を着せるのは、ぼくが、かわいいからだという。

 それはまあ、ある意味特別視されているということだけど。

 でも女の子は、かわいいと思っている相手を、その、好きになったりするんだろうか?

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