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1.城ケ崎の男とっかえひっかえ伝説

 ぼくのクラスメイトである城ケ崎さんのフルネームは城ケ崎静江といい、この四月に高校ではじめて出会ったときから、彼女のインパクトは強かった。


 高校一年生の女子なのに百七十センチを大きく超えており、最初の体育の授業ではその俊敏さでみんなを驚かせていた。

 バスケ部でもなんでもないのに、ダンクシュートに挑み、さすがにリングにぶつけて失敗していたが、かなり惜しいところまでいっていた。

 とにかく運動神経が抜群なのだ。


「あの子、美人だよな」


 なんて噂をしていたぼくら男子の目の前で、軽々とそんなことをやってのけたのだから、学年の中でも、あいつは誰だ、とすぐに噂になった。

 彼女は手足も長く、頭身の高いすらりとした体型を誇っている。


 そして何よりも疑いもない美人なのだけれど、その魅力に匹敵するほどの、様々な城ケ崎伝説を、高校生活の最初の二か月程度で作り上げていた。


 それらの伝説は、彼女の運動神経か、その美貌か、あるいは変人なところにまつわるものなのだけれど、その代表作とでも呼ぶべきものがあった。

 城ケ崎さんと男との付き合い方に関する「城ケ崎の男とっかえひっかえ伝説」とクラスメイトの女子に名付けられたその行いは、はじめの方はかなり物議を醸していた。

 なぜならば、みんな、城ケ崎さんのことをよく知らなかったからだ。




 彼女はその美貌がゆえに、入学当初から、特に先輩からよくモテた。

 入学して三日後には先輩たちがやってきて、何やら城ケ崎さんを呼びだしていた。

 普通なら、それで気後れするか、せいぜい誰か女友達と相手をするか、という感じだろう。

 しかし城ケ崎さんは一人で平然として呼びだされ、何やら機嫌よさそうに帰ってきていた。


 その日の放課後、呼びだした先輩と帰る城ケ崎さんの姿が目撃された。


 ぼくら男子は、ああそうだよな、美人はすぐに先輩たちにとられてしまう、と不遇をかこっていた。

 だが城ケ崎さんは、その翌日には別なイケメンの同級生と帰っていた。

 その次の日には、また別の先輩と。


 そしてしばらくすると妙な噂が立った。

 城ケ崎さんは、男をとっかえひっかえして、しかも家にまで連れ込んでいるらしい、と。


 ぼくらクラスメイトの男子の中で、好奇心と、そして単なる好奇心だけではない感情が多分に含まれた議論が交わされ、やがて、誰かが確かめよう、という話になった。


「じゃ、俺、城ケ崎を誘ってみる」と、ある勇気に満ちたクラスメイトが言った。

「誘う、って……」と慌て者のクラスメイトがつばを飲みこむ。

「バカ、一緒に帰るのを誘うって意味だよ」 


 その言葉通り、誘いは承諾され、彼は城ケ崎さんと校門の向こう側へ消えた。

 そしてその翌日、彼はぼくらに報告してくれた。


 非常に複雑な表情をしていた。


「今まで一緒に帰ってたやつ、誰も二度と、城ケ崎に会いにこなかっただろ? あの意味が、わかった。……城ケ崎は人を着せ替え人形にするんだ」


 そのホラーめいた説明の意味は、すぐにわかった。

 城ケ崎さんの家は、学校の最寄り駅を越えてすぐのところにあるらしい。

 数々の噂のとおり、クラスメイトもその家に招かれた。

 都内にしては、かなり大きな家だった。

 豪邸といっても過言ではない。


 家には、誰もいなかった。

 城ケ崎さん一人だけ。

 ただ美人だと思っていただけで、別に城ケ崎さんのことを好きでもなんでもなかったそのクラスメイトは、それでも噂は本当だったのか、とドキドキしはじめた。


 お茶をのんで、ひとしきり世間話をした後、城ケ崎さんは言った。


「それで、実は、お願いがあるんだけど……」


 そっと立ち上がり、恥ずかしそうに眼を潤ませる城ケ崎さんの表情を見て、クラスメイトは、シビれた、らしい。

 これは本人の弁だ。


「なに、何かその……頼みづらいことでも?」

「ちょっと恥ずかしいお願いなんだけどさ……聞いてくれる?」


 そういって城ケ崎さんは近寄ってきて、クラスメイトの制服のブレザーのボタンに指をふれた。

 張り裂けんばかりの胸の鼓動を感じながら、クラスメイトは城ケ崎さんの先ほどの問いかけに対して、うなずいた。

 城ケ崎さんは、クラスメイトの右手を、両手で抱きしめるように握った。


「わたしの、ファッションデザイナーの修行に付き合って欲しいの」

「……は?」

「今からたくさん服のある場所に行くから、着て見せてくれない?」


 その手を握られたまま、クラスメイトは城ケ崎さんに、家の奥へと引っ張り込まれた。

 連れていかれた先は、ファッションショップのようになっていた。

 壁や棚に、多くの服が展示されていた。


「なに、ここ」

「わたしのお母さん、デザイナーなの。知らない? 城ケ崎日出子」クラスメイトは聞いたことがなかった。首を横に振る。「世間的にはそんなものだよね。ま、でも、だから、家もこんな風になってるわけ」


 そうして壁際に並んだ衣装から、適当に見繕い、城ケ崎さんはクラスメイトに服を渡した。


「そこの試着室で、これ、来てみて。きっと似合うと思うから」


 そうして、クラスメイトは服の試着をさせられた。

 そこまでよどみなく話すと、クラスメイトはそこで、口をつぐんだ。


「……それで?」とぼくはたずねた。

「それだけ」彼の顔を見ていたぼくたちの顔は、きっと全員、唖然としていた。「あとは二時間、ずっと、あれ着て、これ着て、ってだけ。そして終わったら、じゃあね、また明日。……信じられるか?」


 ぼくらは全員、首を横に振った。


「だろ? でも、マジなんだ。あいつ、変なんだよ」


 そう噂している最中に、城ケ崎さんが教室へと現れた。

 そのときのぼくらの目はみんな、城ケ崎さんへと向いていた。

 ぼくらの目線に気づくと、城ケ崎さんが近寄ってきた。


「なに、みんな。何の話してるの?」


 ぼくらはみんな、目をそらし、ごにょごにょと口の中で何かをつぶやいてごまかした。


「んー? 変なの」


 やがて去っていった城ケ崎さんの後ろ姿を見ながら、クラスメイトの誰かがつぶやいた。


「お前を着せ替え人形にしてやる、なんてことをするやつだ。あいつのことはデーモン城ケ崎と呼ぼう」


 みんなで力強くうなずいたが、そのあだ名は流行らなかった。

 だがやがて城ケ崎さんの行いは学校中にあまねく知れ渡り、「城ケ崎の男とっかえひっかえ伝説」となったのだった。




 その彼女の誘いに乗ったのがぼくだった。

 彼女へ一緒に帰ろうと誘い、そしてのこのこと家についていく男がいなければ、どうやらそれはそれで、城ケ崎さんは普通の美人だった。


 最初、学校中のイケメンを虜にする城ケ崎さんに敵意を向けていた女子たちも、そのキャラクターが知れ渡り、すっかり男子から敬遠されてしまった彼女に対し、なんだかほっとしたような、ある意味憐れむような、そんな妙な好意を向けはじめていた。


 だが、ある日の放課後に、城ケ崎さんは久しぶりに欲望をおさえられなくなったらしい。

 城ケ崎さんがぼくにその話を持ち掛けてきたとき、クラスメイトは彼女の味方をした。


「倉田くんってさ、……なんていうんだろ、かわいいよね」


 ぼくの前にやってきた城ケ崎さんは、そんなことを言った。


 そう言われたのは、はじめてではない。

 ぼくは男子にしては小柄な方だ。そして体重も軽い。

 悔しいが、厚い胸板なんてものには縁がなく、腕相撲でクラスメイトに勝ったことはない。

 そして自分でいうのもあれだけれど、ルックスもそう、悪くはない。

 だから、昔からよく、女の子みたい、と言われていた。


「ねえねえ倉田くん、うちに遊びに来てみない? 服とか興味があるなら、うち、たくさんあるんだ」


 そういったときの彼女の眼は、確かに彼女の美しい顔を構成しているパーツの一つに違いないのだけれども、らんらんと猫のように輝いていた。

 そうして、すぐそばにいた、クラスメイトの女子が城ケ崎さんに加勢した。


「それ、いいじゃん、倉田くん。服とか興味があるって、きみ、前も言ってたし」


 それは、ウソではなかった。

 ぼくは衣服を選ぶのは、嫌いではない。

 だけど残念ながら、小柄で細いこの体のパーツが邪魔をして、自分に合うサイズがなかなかないのだ。そこにもどかしさを感じてはいた。


「ならさ、ならさ、行こ。うち、行こうよ」と城ケ崎さん。

「倉田くんはどうせ放課後、ヒマなんでしょ」とクラスメイト。「ちょうどいいじゃない」


 ぼくはじっと城ケ崎さんの顔を見た。

 ぼくの瞳を見つめ、うなずけ、とばかりに小さく小刻みに首を上下させていた。


「それなら、行こうかな」

「ほんと? やった、うれしい!」


 城ケ崎さんはその場で何度かバンザイをして、その喜びを表現する。

 そんな会話を聞いていたらしい、かつて城ケ崎さんの家へと上がりこんだクラスメイトの男子が、背後から不意にぼくの肩をたたいた。


「倉田、うかつだったな。あいつの相手するの、マジで大変だぞ」

「どうせヒマだったし、大丈夫だよ」


 例えヒマじゃなかったとしても、ぼくはその誘いに乗るつもりだった。

 なぜって、そのときのぼくはすでに、城ケ崎さんに惹かれはじめていたから。


 城ケ崎さんがそうであったように、ぼくもまたうかれていた。

 城ケ崎さんが誰かから誘われ、そして家へ連れて行った、という体験談は数多く聞いていた。

 しかし、城ケ崎さんが誰かを誘った、という話は、ついぞ聞かない。

 もしかしたら、城ケ崎さんも、ぼくのことを特別視しているのかも。


 その考えはある意味、間違ってはいなかった。

 そしてクラスメイトの男子の言葉も、間違ってはいなかった。

 つまり、マジで大変だった。

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