9話 白熱する競売
今回で人間視点は終わりです(この章は一旦)。
思ってたより長くなった。
競売は昼過ぎから始まるって事で、昼飯を食った足でそのまま帝都中央闘技場に向かうことにした。
少し早めに着きすぎた気もしたが、既に闘技場前はかなりの人混みでごった返してやがる。
住民からすりゃ数少ない娯楽だしな。
それに普段の月一の催しと違って二回目とくれば何かあるのかと思いたくもなるだろうよ。
告知があったのも二日前だろうによくもまぁ集まったもんだ。
俺は今回は出品物、つまりはあの子竜の関係者って事で特別招待席のチケットを爺から貰ってる。グラレナも貰ってるはずだ。
ジャスティーは来ないって言ってたから誰かに売り払いでもしたんだろう。
一般人が買い取るには割高すぎる買い物だから、他の狩人か商人の知り合いにでも売ったんだろうな。
ま、聞いてないから実際に事は分からんが。
列に並ぶ帝都の住民を横目に見ながら、明らかに並ぶ人数の少ない特別招待客の列へと歩を進める。
流石に数が少ないのと、あらかじめ手に入れるような人間は限られてるからか入場確認も結構適当なのか列はすいすい先へと進む。
因みに貴族や王族の特権階級はさらに別の特別貴賓席のチケットが渡されるため、この列にはいねぇ。
平民と同列に並ばせると不満を言うやつも居るしな。
他にも十年以上前に人間至上主義は撤廃されたとはいえ、心の中では未だに人間以外の種族を差別している貴族もいるから亜人が同じ列に並ぶことに耐えられないんだろう。
特権意識だけが膨れ上がった奴は嫌だね。全く。
全部の貴族がそうだって言う訳じゃ無いけどよ。
並んで数分で俺の番になり、係員にチケットを手渡し中へと入る。
そのまま、特別招待席の方へと進み空いた席に腰掛ける。
既に一般席は一杯で座る場所が埋まったのか、立ち見してる奴がちらほらいるな。
それでもまだ続々と人が入ってくる。
チケット貰っておいてよかったな。
軽く辺りを見渡すがグラレナを含めて見知った顔は居なかった。
正確には顔を知っている程度の奴はいるが、態々話しかけに行くレベルでの知り合いは居ないと言った方がいいか。
一昨日の夜に話したテンパーとかっていう商人も周囲には見当たらなかった。
話を聞くだけでポンとあんだけの金を払うやつだ。
見に来てるとすれば絶対に特別招待席だと思ったんだけど。
それともまだ来てないだけか……。
一般席と違って招待席と貴賓席はまだ半分も席が埋まってないからな。
貴賓席はともかく招待席の方には一般席からやや恨みがましそうな視線が飛んでくる。
そのまま、売り子からワインや乾物などの見ながら摘まめるものを買って、待機する。
チラチラと入口を確認してた甲斐あってか、途中でグラレナがこちらへと合流し横に座った。
「昼間っから飲んでるんですか?」
「余興なんだからいいだろ。この後何か依頼に行くわけでもないんだし。」
「まぁ、そうですけどね。
ただ、私たちは今回は完全な無関係と言う訳じゃ無いんですから、泥酔は勘弁してくださいよ。」
「失礼な。んなことは分かってる。」
何もそこまで飲みはしねぇよ。
ただ、せっかくのイベントに完全素面っていうのは勿体ないだろうが。
言っても無駄だと思ったのか、軽くため息をついてグラレナの方から話題を変えてきた。
「今回の競売ですが、二回目にも拘らず結構な出品数みたいですよ。」
「へぇ。何かあったのかね?
俺たち以外にも。」
「どうやらワイバーンを捕まえた人が居るみたいで、それも目玉になってますね。
反面、そこそこの品数に対して特殊なのはそのワイバーンと私たちの子竜だけみたいですが。」
「今回は稀少性を数で補った感じか。
普段同じようにやると稀少性を金で買って誇示したい貴族から文句が出るが、今回はそれをやっても文句が出ない程度には稀少性があるから実行したって感じか。」
「おそらくは、そうなんでしょうね。」
「さて、まぁいくらで売れるか見せてもらおうかね。
とは言っても一番の上物だから競売にかけられるのは一番最後だろうけどな。
普段はどのくらいで終わるんだ?」
「だいたい二時間ですかね。
出品物にもよりますが。
後、やはり稀少性の高いものは競争になりますのでその分は一つ辺りの時間が長くなります。」
成程。
じゃあ最後になっても結構時間がかかりそうだな。
生きた子竜なんてかなり貴重だろうからな。
グラレナとそんな感じで他愛もない話をしていると、闘技場の中心に向かって一人歩いていく人影が目に入り、そちらを見る。
普段であれば戦う獣や剣士たちが命のやり取りをする場所には台が置かれ、その上にその人影が登って行く。
そして、貴賓席の方を向くと手に持った四角い箱を口元に持っていく。
『ああ、んん、あああ、、、、、よし。
それでは皆様!長らくお待たせいたしました!
これより剣月の二回目となる臨時競売を開催いたします!!!!』
若い女の声が会場全体に響き渡る。
それと同時に「おおおおおおおおおおお」と歓声が巻き起こる。
手元のあれは声をよく通す魔道具だな。
普段は年始に帝王の挨拶とかにも使われてるやつ。
もっとも今回使ってるやつはこの会場内位にしか響かないみたいだが。
あれのおかげで歓声の中でもよく聞こえて助かる。
『時間もないのでちゃっちゃとやっていくとしましょう!
競りの仕組みが分からない方は近くの係員まで一言お願いいたします!
……では早速!まず一品目ぇ!!
こちらはキスロヴォツクの遺跡から発掘された輝く宝珠です!
帝国学術院によるとカレスティア歴中期の文明によるもので鑑定書付きの物です!!
発掘場所や状況などの現地考古学者の鑑定書がついてます!!
また、帝都特別魔術院で調べてもらったところ、魔術を込める事が出来るとの事なので護衛用としても実用性が高い一品となっております!
入れられる魔術は全部で四つ!
初期金額は1モネリから!
でははじめてください!!!!!!!』
中心のねーちゃんが話し始めると同時に壁側の係員が実際にその品を運んでくる。
品を手に持ち、解説が始まっていくと徐々に歓声は収まっていき、値段の提示が始まると全員辺りを見渡し始める。
因みに競売の方法は酷く簡単で手のジェスチャーで金額の上昇を伝える。
1モネリ追加、1ダート追加、1ミゼリ追加、倍プッシュ、とか色々ある。
細かいハンドサインは忘れたが。なんせ競売は俺からするとみるモノであって競り落とすものじゃないからな。
最終的な金額は発表してくれるし。
『8モネリが出ました!他にはいらっしゃいませんか?
おっ、9です!9モネリに上がったー!
他にはいらっしゃいませんか!?』
宝石に結構な値段が付いたな。
最後の宣言から三十秒くらい誰も上乗せが無いと落札になる。
『他には誰もいらっしゃらないという事でキスロヴォツクの宝珠は9モネリでの落札となりました!落札者の方は近くの係員から落札証明を貰ってくださいね!
帰りに証明書と金銭あわせての商品との交換となります!
では、引き続き行きましょう!
次の商品は……』
何品あるのか分からねぇが、この様子じゃ最初に物品って感じなのかね?
ちらっとグラレナを見ると、面白そうに今の出品物である品物を見ている。
聞いてなかったな。
今回何やら掲げられてるのは杖っぽいな。
『エルダートレントの苗木から削り出された逸品だぁ!
しかも作成者は現エレガンティア魔術大学で元素魔術と魔導工学の教鞭をとる生きる伝説!
ウルガリア・ユーミスティスだぁ!!!!
こちらは10モネリからのスタート!!
ではどうぞぉ!!!』
俺は魔法の事はよく話からないが、何やら稀少性の高い物を使っていい職人が作った事は分かる。
ってエレガンティアの大学って言や、グラレナの出身じゃねぇか。
「グラレナ。そのウルなんちゃらって教授は有名なのか?」
「え?ああ、ええ、まぁ、そうですね。
少なくとも魔道具作成の界隈では有名な魔導工学士兼デザイナーですね。
種族がグロリアの方でして、もう数百年は生きておられる方ですよ。
私も在学中に基礎元素論の授業を担当していただきました。
ただ、まだ存命で毎年新しい物が作られている事と、この国の風習として人間以外が作ったものを貴族が嫌がる事から他国ほど高い値は付かないでしょうね。」
「お前が普段使う杖とどっちが性能がいいんだ?」
「杖の性能は偏にどちらが良いとは言いづらいモノなんですが……。
まぁ、値段で言うと私の杖はあの杖の半値以下でしょうね。
ただ、この杖は私が長年使用してるので、私のオドによくなじんでいます。
私が直ぐにあの杖に乗り換えた場合は、魔術の出力はやや落ちるかと思いますよ。
それに私の杖はどちらかと言うと治療や強化の支援術式の強化に特化してるんです。
あの杖はどちらかと言うと出力。つまり攻撃用の術式特化ですね。
なので一概には言えません。」
んー、よくわからん。
まぁ、なんだ剣と槍の性能を比べてるようなものって事か?
ふーむ。
『19モネリ30ダートになりました!
他に誰かいらっしゃいませんか!?
………はい!決まりました!19モネリ30ダートで落札です!!!!』
グラレナと話してるうちに競り終ったみたいだ。
見てみると確かに貴族で入札してる奴は少ないな。
狩人の俺からすると自分の使いやすい道具が大切で、誰が作ったとかどうでもいいと思うんだけどな。
いや、誰でもいいとは言わないが、作ったやつが優秀なら種族なんて気にすることないと思うんだがね。
因みに競り落としたのは同業者だな。
何処のギルドかは覚えてないがイーホで見かけたことのあるスピリタムの女だ。
順調に競りは進んでいき、ほぼ全てが落札されていった。
偶に誰も買おうとしないものもあったけどな。
ああいうのって売れ残ったらどうなるんだろうか?
出品者に戻されるのかね。
自分で出品したことが無いから分からないが。
今回も捕獲したのは俺たちだけど、イーホに納品した時点で子竜の所持者はイーホだからな。
出品者もイーホって事だから関係ないんだよな。
途中で檻が出てきたから子竜かと思ったが鹿だった。
確かパーノ・メーシスの方に住んでるホワイトディアだったかな。
基本的に食用だが飼って角を収穫するっていう方法もある奴だったはず。
角が真っ白で調度品として貴族によく売れるんだよな。
ただ、ホワイトディア自体はもっと寒い所に住んでるから、成体はともかく繁殖させると子供が死んじまうからこっちでは個体数は増やせなったはず。
ま、角は収穫して年取ったら食用にするのが合理的なのかね。
身も結構うまいらしいしな。
因みにこっちは商人らしい男が競り落としていた。
『さぁ、いよいよ今回の競りも終盤に差し掛かってまいりました!
今回の目玉商品の一つ!帝国南方に位置する聳え立つ巨壁。
アバローネ山脈の頂上付近に住むと言われる空翔ける黒星!
オブシディアン・ワイバーンだぁぁぁぁぁぁ!!!!』
掛け声とともに大きな檻が中心へと運ばれてくる。
檻の中には真っ黒な鱗を持つワイバーンが辺りを睨んでいる。
『ご存知の方も多いと思いますが、オブシディアン・ワイバーンは
名前の通り黒い鱗を持っています!
ただこの鱗!一枚一枚が薄く透き通った色が重なったもので一枚だけを抜き取ると
非常に透き通った綺麗な色をしています!!
この事からオブシディアン・ワイバーンは生きた黒い宝石とも言われて有名ですね!
当然、鱗と言うだけあって薄くとも頑丈さは中々の物!
観賞用として買ってもよし!手なずけてペットにするもよし!
好事家なら是非手に入れたい一体だぁぁぁぁぁ!
値段は強気の50モネリから!
さぁこの黒き宝石を手に入れるのは一体どこの誰だぁ!?』
町の住民は普段あまり目にすることのない翼竜に興奮し、一層歓声が響き渡る。
と同時に今までで一番の高値にも関わらず、さっきまでよりより激しく値段が上がっていく。
マジか。ワイバーンでこれなら俺らの子竜はいくらになるんだ?
ひょっとしたら今回注文した槍を買っても釣銭がくる金額になるんじゃないか?
『100モネリです!100モネリを超えました!
さぁ、まだ上がるのか!110モネリ!110が出ました!!
おっと、更に同額上昇です!120!!!』
どんどん上がっていくな。
さっきまでと違うのは貴賓席の方も熱くなってる点だな。
結構積極的に貴族が競り落としにかかってるみたいだ。
逆に貴族や王族が積極的に参加し始めると商人や狩人はなりを潜め始める。
単純に財形的に勝てないっていうのもあるが、貴族を差し置いて落としたら後で何言われるか分かったものじゃないからな。
『220モネリです!220!!これ以上の方はいませんか!?
………はいっ!では220で決定です!おめでとうございます!!!』
無事にワイバーンの競りは終わったみたいだな。
にしても220ってすげぇな。
前にグラレナから聞いた額のほぼ倍じゃねぇか。
やっぱり種類の問題なのか?鱗がきれいとか言ってたからな。
競り落としたは……貴賓席の誰かってのは分かるが俺の知識には無いな。
っと、いよいよか。
ワイバーンの代わりに俺らの捕まえた子竜の入った檻が運ばれてくる。
闘技場の中心についたところで司会者が大きく息を吸って最後の競りを始めた。
『さあ、今回の競りもいよいよ大詰めです!!
今回のトリ飾るのはなんと空の王者!
ドラゴンの幼体です!
幼いうちに捕獲されたため、今からでも十分にしつけができます!
騎竜にするもよし、贅沢だが門番としても使えるぞー!!
もう、ドラゴンと言うだけで十分だぁ!
捕獲時にほぼ傷をつけずに捕獲できたためいたって健康です!
ではでは気になるお値段は………150モネリから始めぇ!!!!!』
マジか。最初っから150とはすげぇな。
さて、何処まで行くかね。
『おっとおおおお、400です!200まで行ったところに突然の倍プッシュだぁ!
これは流石に続くやつはいないか!??
このまま誰も居なければ400で決まりだぁ!!!!
…………誰も居ないっ!400モネリ!400モネリで競り落とされました!!
ここ数年で一番の額だぁ!
今回の臨時競売会は臨時の名に恥じぬ大物で幕を閉じました!!!
では、それぞれ出品者と競り落とした方はロビーの方でお待ちください!
これで今回の競りを終わりです!!!
また来月に!!!!!』
長引くかと思ったら一瞬で終わったな。
一瞬の静寂の後に割れんばかりの完成で耳が少し痛ぇ。
にしても、この金額での倍プッシュは想定外だ。
精々言っても250位かと思ってたんだが……。
いや、まぁ、高いにこした事は無いからいいんだけどな。
隣を見るとグラレナと目が合う。
「どうした?」
「……いえ、あまりの額に少し呆然としただけです。
400ですか……。三割で120、それを四人で割っても一人当たり30モネリですよ。
大儲けですね。
見た限りでは落としたのは貴賓席の方でした。」
「全くな。ただ、これを知ったギルドのやつにたかられるかと思うと気が重いぜ。」
「そのくらい払ったところで大して減る額じゃありませんよ。」
「取り敢えずジャスティーとアズズに知らせてやるか。
あいつらも飛んで喜ぶだろ。」
「そうですね。受け取りはいつ行きますか?」
「一応、知らせが来ることになってるからそれが来てからでいいだろ。
多分明日か明後日には来るんじゃないか?」
「分かりました。では明日はギルドで待機しましょう。
それともこの後にもうギルドに行きますか?」
「あー、そうだな。
もしかしたらジャスティーとかが居るかもしれねぇし。
どうせ用事もないからな。」
気が早い奴は既に席を立って、外へ出ていこうとしている。
一般席はさっそく外への出口で渋滞してるみたいなだな。
来る時と違って帰りは一斉だからか特別招待席も同じようなもんだ。
貴賓席はさすがと言うべきか、階級に沿って順々に出口へと向かっているな。
俺とグラレナも席を立ち、出口へと向かう。
ん………?
「どうしました?」
「……いや、なんか視線を感じた気がしてな。」
「視線?これだけ人が居れば、まぁ、見られることもあるでしょう。
ましてや、今のあなたは知ってる人間が見ればあの小竜を捕まえた立役者ですからね。」
「……かね。」
視線を感じたような気がする方を向くと、丁度闘技場の中心方向だ。
競りが終わり、台座と共に子竜が檻ごと離れていくのがが見えた。
その子竜と一瞬目があった気がしたが、気のせいか…?
確かめる暇もなく、そのまま檻は見えなくなった。