8話 夜の談話
まだ人間視点です。
もうしばらく続くんじゃ……。
指名依頼が夜に決まり、それまでは暇な事は代わりねーな。
が、時間が時間で既に昼過ぎな事を考えるとできる事が結構限られてくるな。
取りあえず、万が一何かあった時のためにグラレナに同行を頼むことにしようかね。
直接的な暴力手段に出てこられた場合は、俺一人でもいい。
ただ、魔術関係の搦め手を使用された場合はどうも俺じゃ弱い。
そもそも気が付かない可能性もあるからな。
その点、グラレナなら察知した時点で何とかしてくれるだろう。
同行って言っても同時刻に近くのテーブルに居てもらうだけでいいしな。
ギルドで聞いたところグラレナは今朝は来ていないとの事だった。
取りあえず宿、書籍屋、魔道具店と回って探すことにするか。
どうせ、依頼をこなす時間は無くても夜までは空いてるから、それまでに見つければいいだけの話だ。
たしかグラレナの宿は前と同じなら『酒飲みの賢者』って宿のはずだ。
結構ギルドにもイーホにも近いから助かるって言ってたから覚えてる。
何回か行ったから場所は覚えてるが、宿の名前までは記憶に残りにくくてな。
ギルドを出たばっかだから宿に向かうのが正解だな。
因みに本とか魔道具をちゃんと扱った高級志向の店は商業街にあるから遠い。
さっきの鍛冶屋はうちのギルドのお抱えだから、近くに店構えてるけどな。
いや、そもそもの話として鍛冶屋は結構個人でやってる所が多いから、必然的に町中に分かれてることも多いんだけども。
「うっす、おかみさん。
グラレナの奴居ます?」
数分で酒飲みの賢者に到着して、顔見知りのおかみさんに尋ねる。
宿の名前はあってた。俺の記憶力も捨てたもんじゃないな。
「ああ、グラレナさん?
確か朝出かけて昼過ぎに帰って来てたと思うから、今は部屋にいると思うよ。
呼んでこようか?」
「いや、居るなら直接部屋に行かせてもらう。
引き留めて悪かったな。」
気にしないで、と手をひらひら振るおかみさんを尻目に階段を上る。
グラレナの部屋は確か二〇八号だったな。
二階の一番大きな部屋だったのは覚えてる。
……ここかね?入口のドアを軽くノックする。
「……はい。」
部屋の中で動く音と返事が返ってくる。
居たみたいだな。助かった。
「ガットリーだ。今いいか?」
「ああ……、ええ、ちょっと待ってください。」
ガチャガチャと中で鍵を開ける音がして、すぐにドアが開いた。
「それで?何か用事ですか?」
「ああ、用事だよ。
中に入ってもいいか?」
「ええ、構いませんが……。
買い物したばかりで少しばかり散らかってます。
すみませんね。」
気にすんなよ。お前の散らかってるは俺の片付いてると同義だからな。
そのまま、部屋の中へと案内されベッド脇にある備え付けの椅子に座る事にする。
グラレナはベッドにそのまま腰かけた。
「それで?急ですが何かありましたか?」
「ああ、さっき爺経由で商業組合から指名依頼を言われてな。
内容は俺らの捕獲した子竜についての情報提供。
普通に考えたら競売前に価値を見定めたいって魂胆なんだろうが……。」
「こういった珍しい物が捕獲された時にはよくある話な気はしますが?」
「ああ、まぁ、そうなんだけどよ。
話を聞くだけで5ダート貰えるとなったら別だろ?」
怪訝そうな顔をしていたグラレナがそこで初めて腑に落ちたような顔をする。
良かったぜ。話をしてこいつから怪訝な顔をされるとひょっとしてこっちが間違ってるんじゃないかって勘違いをするんだよ。
「それはまた……また、ずいぶんと奮発しますね。」
「だろ?だから、まぁ、この前お前が言ってた話とか思い出してな。」
「話って言いますと?」
「ほら、捕獲前に懸念してた古竜種とか、そこら辺の話だよ。」
「ああ。でも、それは実際に戦って払拭されたのでは?」
「だと良いんだけどな。
偶然が重なってちょいと疑心暗鬼になってるだけかな。
ま、それはいいんだ。
受ける事には決めた。
ただ、実際に話を聞くときに後ろで警戒しておいてほしくてな。
俺はあくまでサシで話をしに行くつもりだが、もし相手の商人が怪しい動き
……特に魔術とかそっちの方向性で……を見せたら助けて欲しい。」
「ええ、分かりました。」
返事をすると同時に、擦っていた顎から手を放してグラレナが頷く。
「ずいぶんと安請負してくれるんだな。
いや、こっちも助かるけどな」
「いえ、私自身もまだ腑に落ちた訳ではないので……。
代わりと言っては何ですがその話し合いで何かが分かったら私にも情報をください。
今回の対価はそれでいいですよ。」
成程な。
そういう事か。
「ああ、それ位なら全然かまわねぇよ。」
「では、交渉成立ですね。
で、その話し合いはいつなんですか?」
「今晩だ。今晩にイーホの中で、と依頼にあった。」
「それは又随分と性急ですね。」
「だな、まぁ競売は明後日らしいからな。」
ついさっきオクトルから聞いた話をそのままグラレナに伝える。
と、それは聞いてなかったのか驚いた顔が見れた。
「それもまたずいぶん性急ですね。
いえ、話題性を考えれば妥当な速度なのかもしれませんが。」
「そこらへんはもう俺たちには関係のない話だけどな。
競売には行くのか?」
因みに俺は行くつもりだ。
ジャスティーは遊ぶのに忙しいだろうし、アズズも家にいる間は家族の面倒を見るのが大変で、外へ遊びに行く余裕なんてないだろう。
グラレナだけは正直どっちかよくわからない。
以前も行ったことがあるような口ぶりだったから、行くんじゃないかと考えてはいるが。
「ええ、明後日であれば特に予定もないので。
取りあえず、今日は今晩にイーホの中でですね。」
「ああ、俺の予定はそのくらいだ。
お前から特に何もねぇなら俺は帰るけど何かあるか?」
「いえ、ありませんよ。
ではまた今晩に。」
「ああ。」
椅子から腰を上げて、そのまま廊下へと出ると、後ろで鍵を閉める音がする。
几帳面なこった。
ここは治安もまぁまぁいい方だろうに。
ま、あいつは本を読むのが好きだからな。
盗まれるのが嫌なんだろう。
収納鞄でもあればいいんだろうな。
さて、必要なことも終わったし夜に備えるか。
日が落ちて空が藍色に染まる頃合いに、俺も泊っている宿を出る。
俺の宿はギルドにゃ近いがイーホまでは少しだけ遠い。
ま、歩いてりゃ付くころにはちょうどいい時間になってるだろ。
家路を急ぐ人々や、何かあったのか走っていく衛兵などを横目に見ながらイーホを目指す。
特に何事もなく目的のイーホにたどり着く。
この時間だとぎりぎり今日の分の依頼を達成した奴らが報告にやってくるんだよな。
つまり、入り口付近はやや混んでる。
まぁ、流れに身を任せてそのまま建物の中へと入って辺りを見渡した。
イーホには話し合いに使う背の高いテーブルがいくつか置いて場所がある。
ここはイーホが依頼人と話をしたり、ギルドと交渉を行ったりするのに主に使われている。
それ以外にも今回みたいに安全に何かを話すのに保険として使われることが多い。
反面、あまり防音に優れているとは言い辛いから聞かれたくない話をするのには向いてないけどな。因みに立ったまま話す場所だ。
そこを見渡すと先に来ていたグラレナと一瞬目が合った。
スッ、っとグラレナはそのまま下を向き、手元の本へと視線を戻した。
そういや、依頼人の容姿を俺は知らないんだがどうしたもんかね?
今更だが。
当然混む時間帯だから話し合いのスペースはグラレナ以外にも数人使ってるから限定出来る訳じゃないし。
そもそも、依頼人がすでに来ているとも限らないしな。
そう思っていたらこちらに気が付いたのか、グラレナとは別の机で手を組んでいた奴が俺へと手を振る。
ほう、あいつか。
少し低めの身長に黒い服。黒い髪の男性。それにガラスのところが黒く塗られた変わった眼鏡をしてやがる。
確かムターティオで作られてる、サングラスっていう眼鏡だったか?
口元は商人特有のにこやかな笑みに包まれているが、目が見えない分やや不気味だな。
目が見えねぇと意外と感情って読みづらいんだな。
もとのサングラスの目的は眩しさを軽減するって聞いた記憶があるが……。
まぁいい。
俺はそのまま手を振る男の方へと歩いていく。
「帝国狩猟団第二等級狩人のガットリー様かとお見受けしますが、お間違いないでしょうか?」
依頼書の文面と同様に馬鹿丁寧な話し方だな。
微妙に振る舞いも洗練されているあたり、元は貴族の出身かもな。
少なくとも平民っぽい雰囲気は感じないぜ。
「ああ、あんたが依頼人か?」
「はい、申し遅れましたが私は行商人をしております、プレイル・テンパーと申します。
以後、お見知りおきを。」
そういうと丁寧に腰を折る。
こちらのテーブル近くにグラレナが移動してきたのを横目で確認しつつ、依頼人のテンパーにテーブルに戻るように促す。
「んで、悪いが俺は田舎者でな。丁寧な貴族用の言葉には疎いんだ。
このままの話し方になるが構わねぇか?」
「ええ、問題ありません。」
「じゃ、さっそく本題だ。
子竜について聞きたいことがある。って依頼内容だったと把握しているが、
厳密には何について聞きたいんだ?」
「ええ、と言ってもあまりたくさんお聞きする事はありません。
私が聞きたいのは子竜を捕えた状況、子竜の鑑定結果、その二つです。
ああ、後は現在の状態も追加で計三つでしょうか。」
捕獲時の状況と鑑定結果、それに現状ね。
別におかしなことは聞かれてないか。
捕獲時の状況で竜の性格、鑑定結果で稀少性、現状で健康度、かね?
厳密に俺から聞き出したいのは。
正直どれも伝えて問題ない内容だとは思う。
誰かに口止めされたって訳でも無いしな。
「ああ、分かった。
んじゃ、まずは捕えた状況から話すか。
まず場所はパーダーボルンの南方にある伐採所だ。
そこの木こりから目撃情報があってな……」
テンパーはふむふむ、と変わらぬにこやかな笑みのまま相槌だけをうち話に集中している。
そのまま、捕獲から帝都への輸送に至る流れをざっくりと話した。
流石は商人っていうだけあって聞き上手だな。
「なるほど。経緯はわかりました。
今の話の中でも出てきましたが、パーダーボルンで鑑定を行っているのですよね?
鑑定結果をお教えいただいても宜しいですか?」
「ああ、まず種族はグロリア・アローサルオリジン。それに加護を持ってたな。
あー、レフソ=ウェルのなんちゃらって加護だ。
ちと詳細は忘れた。必要ならイーホに問い合わせるがどうする?」
「いえいえ、そこまでしていただかなくても結構です。
それにしてもアローサルですか……。」
ん?なんか知ってんのか?
種族名を聞いた瞬間、一瞬頬が動いたように見えたが……。
如何せん目が隠れていると表情から読み取れる情報が格段に減るな。
パーダーボルンはともかくイーホの帝都本部の文献を漁ったけど見つからなかったから未確認の竜種かと思っていたんだけどな。
「……因みにそのアローサルって言うのはこちらで探した限りでは有益な文献として見つからなかった種族名だ。
何か知ってるならこちらも情報提供をお願いしたいところだが?」
「いえ、お期待頂いているところ申し訳ありませんが、私自身もアローサルと言う種族には聞き覚えがございません。
私はこれでも博識な方だと自負しておりまして、聞き慣れない単語を復唱してしまっただけです。」
「……そうか。」
なんか知ってるかと思ったんだがな。気のせいか。
「じゃあ、最後はその子竜の現状か?」
「ええ、と言っても捕獲時の話を聞く限りは大きく傷つけた、と言う訳ではなさそうなのでいたって健康そうですね。」
「ああ、まぁ、そうだな。
取りあえず帝都まで輸送して、今はこのイーホ支部の地下に捕まえてある。
昨日確認した時はスヤスヤ寝てたから、今もいたって健康だと思うぜ。
大体頼まれたのはこのくらいだと思うが、他に聞きたいことはあるか?」
「成程成程。いえ、私がお聞きしたいのは大凡このくらいですね。
ええ、態々お時間を割いていただき貴重なお話ありがとうございました。
では、依頼票を……。」
これで終わりらしい。
何というか拍子抜けだな。
ま、いいか。これで5ダート貰えるっていうなら。
そのまま、依頼票にサインを書いてもらって終わりだ。
別段俺も何かされたって訳じゃ無いしな。
少なくとも俺の感知できる範囲では。
一応後でグラレナにも聞くが。
テンパーは最後にこちらにまた一礼をして去って行こうとする。
「……おい。」
「……?なんでしょうか?」
呼び止められたことで、再度こちらを振り返る。
口元の微笑は変わらねぇ。
「しつこいようで悪いが、お前、本当にグロリア・アローサルオリジンって聞き覚えないのか?」
「先程、お答えした通り私はアローサルと言う種族は聞いたことがありません。」
「……そうか、悪かったな。」
「いえいえ、お気にならさず。
では今度こそ本当に失礼いたします。
同僚の方にもよろしくお伝えください。」
一瞬何のことか分からず、俺が固まっている間に人ごみに紛れてイーホの扉から出ていき奴は見えなくなる。
そのまま数分、扉の方向を見て戻ってこないか確認したがその気配もなかった。
はぁ。んだってんだよ。
振り返ってテンパーの後ろのテーブルに居たグラレナの方に向かう。
「よ。どうだった?」
軽くグラレナに尋ねた。
グラレナは読んでいた本から顔を上げて、本を閉じる。
「ふぅ、取りあえず貴方に対して魔術が行使された痕跡は見当たりませんでした。」
それは何よりだが。
ただ、なんか顔色悪いぞ。
「それじゃどうした?
調子悪そうだな。」
よく見たら冷や汗も掻いてるじゃねぇか。
「……あなたは戦士なのでオーラ探知は苦手でしたよね?」
急に何の話だ?
オーラ探知って言うと、潜在オド量を測る古典的な手法のやつか?
「ああ、まぁ、出来なくはないぞ。
ただ、やろうと思ったら集中に結構な時間がかかるし精度もかなり悪い。
……それがどうかしたのか?」
グラレナが少し迷うように続ける。
「……いえ、まず最初に彼がどの程度の力量があるのかオーラ探知を行ったんですが……。
結論から言うと何も感じませんでした。」
「何も?つまり魔術師じゃないんだろ?」
「いえ、魔術師でないただの人間でも無意識にオドは流れていくものなんですよ……。
その量を測ると大凡の相手のオドの総量が分かるんです。」
「でも前にオーラ探知をごまかす方法っていうのを話してなかったか?」
「ええ、そうですね。あります。意識的に体から漏れ出るオドを減らす方法がありますね。
魔力センサーや一部の術式にはその身体から出るオドを狙うものがありますから、その対策ですね。
ただ、それは減らせる、であって無くす事が出来る訳じゃないんですよ。
あくまで減らす。
……考えられる可能性としては私が感知できないレベルのオド操作をされた場合です。
私が誤魔化そうとした状態では、貴方のオーラ探知では何もないように見えるのと同じで。
でも、そんな事が出来るのは、彼が私なんかより圧倒的に優れた魔術師だった場合だけです。
そもそも、探知すらできないというのは致命的なほどの力量差を表しますからね。」
「んな馬鹿な。お前より多少は優秀な魔術師はいたとしても、引き離すほどに圧倒的なレベル差の技術に秀でたやつなんか人間族はおろか精人族にも魔人族の中にもいないだろ。単純にオドが無かっただけじゃないのか?」
「オドが無ければそれはそれで人間どころか生物じゃありませんよ。
どちらにせよ、アレは……おかしい、私はアレには関わるべきじゃないと思います。」
グラレナがそこまでいうのも珍しいな……。
俺は単純にそういう効果のある加護か魔道具ってだけな気がするけどな。
一応、爺にだけ伝えておいて、これ以上の詮索はやめておこう。
警戒だけをしておくに越した事は無い。
ただ、グラレナの今の話を聞いて、一点だけ俺が気にかかった問題がある。
「分かったよ。お前がそこまで言うんだ。
あいつには、俺からは少なくとももう関わらない。
ただな、ただ一つ引っかかるのは、お前の言うその『関わるべきでは無い者』が興味を持って、俺たちに接触する理由となった子竜は一体何なんだ?」
「………分かりません。
分かりませんが、あまり気持ちの良い事ではありませんね。
ひょっとすると何かとんでもないものを連れ込んだのかもしれません。
幸いあの子竜からはさっきの商人から感じたようなものは何も感じませんでした。」
……考えても仕方ない、か。
最近、子竜の事と言い俺はグラレナの心労が心配だね。
今度からこいつの勘にはもう少し耳を傾けてもいいかもしれない。
なんにせよ全てが杞憂に終わるといいんだけどな。
釈然としない気分のまま、俺たちはそのままイーホ前で分かれてそれぞれ宿に戻った。
一晩経ってももやもやとした気持ちは晴れないが、気分に反して何事もなく過ぎてゆく。
そしてあっという間に次の日が経過し、いよいよ競売の日がやってきた。
感想、ご意見お待ちしております。