13話 竜と聖女
別視点です。
意識がふんわりと浮上する。
水底から顔を出すときに似ている感覚ね。
人生何度も体験した朝起きるときと同じ様な感覚だわ。
私としてはこの感覚は結構好きなのよね。
直に完全に意識が戻って自分が横になっている事が実感できた。
さて、パッと目を開くと薄暗い空間と木製の板が目に飛び込んでくる。
いつもと同じ様に目を覚ましたのにいつもと違う天井ね。
いえ、最近は横になって寝れてなかったから、横になれてるってだけ随分マシだけど。
意識がハッキリして来るのと同時にツンと最近はもう嗅ぎ慣れた潮の匂いが飛び込んでくる。
それによくよく感じてみれば身体がゆらゆらと揺れてるわね…。
正確には身体を支えているベッド……いえ天井から釣られた布かしら?が揺れているのだと思うけど……。
耳を澄ますと波の音と船が軋む音しか聞こえない。
……ああ、そうだったわ。
ここ十日以上船に乗せられてたんだったわね。
えっと、何があったんだったかしら。
ぼーっと最近の事を思い出そうと努力する。
……確かエデュミュナル卿主催の晩餐会に呼ばれて教皇庁から出たんだったわね。
そして、乗ってた馬車が襲撃にあった。
そのまま袋に詰められてどこか知らない場所に運ばれたのよね。
そこで着替えろって言われてドレスに着替えさせられて…。
着替え終わったらまた袋に詰められて船に乗せられたんだったかしら。
そして船の上で袋から出されたかと思ったら今度は樽に押し込まれたんだったわ。
そして……。
えっと…あら?
それから何があったのか思い出せない。
一応船に乗ってる間は毎日ご飯は運ばれてきたわね。
量も少なくて酷く不味かったけどお腹は減ってたから食べたんだっけ。
そして……そうだ。
何処かに船が停泊したのか船の揺れが静かになったわね。
その後、大きい爆発音と何かがぶつかる音が聞こえて来たんだったわ。
暫くそんな音が響いたらまた静かになって船が動き始めた。
ただ、その後は誰もご飯を持ってきてくれなかったのよね。
あんまりにもお腹が減ったから、近くで樽を開ける音で近くに人が居るのが分かって騒いで気付いてもらおうとしたんだった。
そして樽を開けてもらった後は…。
えっと……。
なにかしら。
なんでかその後の事はあまり思い出さない方がいいような気がするのは。
でもここは住み慣れた教皇庁では無いのだから何でもいいから情報が欲しい。
うーん。
「ディ…。ギッ…。ニ゛ッ…。」
ヒッ。
いきなり近くから聞こえてきた声に吃驚した。
……声よね?
人が発するにしてはあまりにもボロボロな声だったけど……。
恐る恐るゆっくりと横になっている布から音をたてないように気を付けて上半身を起こす。
あら?身体を動かしたことで初めて違和感に気が付いた。
下半身がジットリとバケツで水をかけられた後みたいに濡れている。
ドレスを見下ろすと高そうな布地が水分で湿って足にぴったりと張り付いていた。
どこかで水でも被ったのかしら?
記憶にはないけど……。
「ニ゛ッ…。ニィィ!ニッ!ニ。」
っ!
肌に布が張り付いてるのは気持ち悪いには悪いけど、我慢できないほどじゃないわね。
今はそれよりもこの声の正体を探らないと。
音をたてないようにして辺りを見渡す。
暗いけどさっきまで眼を瞑ってたから幸いに目は既に暗がりに慣れていて、ある程度奥まで見通すことができるわ。
ここは……船の船員が寝泊まりしてた場所かしら?
「こンニッちヴァ。」
ヒッ。
こ、今度ばかりは明確に人の声で人の言葉ね。
言葉として認識できたわ……。
でも辺りをゆっくり見渡しても姿は見えないけど。
「こンニっチワッ。」
さっきとちょっと発音が変わって音が聞こえる。
そして何度目かの音の発生でその音が何処から鳴っているのかも分かった。
私の下みたいね。
恐る恐る天井から吊るされた布から身を乗り出して真下を覗いてみた。
私が横になっているすぐ下で大きなトカゲが横になっている。
そしてどうやらその声はトカゲから聞こえてきているみたいね。
「こンにっちワ。」
私に向かって言ってるのかしら?
それにしてはこっちを向いていないけど。
一瞬話しかけようか迷ったけどトカゲが声を発する瞬間に口から覗いた鋭い牙を見て尻込みしてしまった。
同時に記憶がフラッシュバックする。
樽から出れたと思ったらあのトカゲと目が合ったんだったわ。
食べられると思って何とか逃げようとしたけど、腕を咥えられて……。
その後は記憶が無いから気絶したって事かしらね。
でも今はこうやって横たえてるって事はきっとあのトカゲが寝かしつけてくれたのかしら?
本当なら魔獣使いがトカゲを操ってると思うのだけれど、さっきからあのトカゲは口から人間の音声を発してる。
その様子からはどうも知性を感じさせるからトカゲが直接やってくれたって思ってしまうのかしらね。
私がそう考えてる間にもそのトカゲは言葉を繰り返す。
段々と上手くなっていってるわね。
ぎこちないのは変わらないけど。
「コンにちは。オヴァえのナヴァえをおじえろ。」
急に話す言葉が増えた。
長くなるとそのぎこちなさから何て言っているのか分かり難くなるわね。
オヴァエのナヴァエ……お前の名前、かしらね?
えっとやっぱり私に向かって話しかけてるのかしら?
さっさと返事しないと気分を害す可能性もあるわね。
でも別段催促するように話している訳じゃなさそう……いえ、抑揚が無いから声から感情は読み取れないわね。
「コンニチは。オマエのダバエをおしえっろ。」
またちょっとだけ声が聞き取りやすくなった。
声を発している以上は即座に敵対することは無い…と思いたいわね。
もし食べるつもりだったら気絶してる間に食べてるだろうし。
勇気を振り絞って私が声をかけようとした瞬間、その事を察知したかの様にトカゲがくるりと振り返って首が私の方へと向いた。
「「あ。」」
あら、私とトカゲの声が被ってしまったわ。
ただ、その様子からやっぱり魔獣使いに操られた魔獣ではなく自我の有る者なんだと再認識する事が出来た。
因みにトカゲも驚いたような声を上げたから私が起きた事に気が付いて話しかけてた訳じゃないみたいね。
そして目が合ったまま暫く互いに無言になる。
えっと……これが人ならもう少し気にせず話しかけられたんだと思うけど……。
「コンにちは。」
困っているとトカゲの方から話しかけてきた。
「こんにちは。
貴方が私を助けてくれたの?」
挨拶を返して気になっていたことを聞く事にする。
「イや、ちが……ン?
………アア、そうダ。」
トカゲは返事を発した後、少し首をかしげて黙る。
そして、再度口を開いた。
ん?どっちなのかしら?
看破に反応は無いからどっちでもなさそうね。
もしくはどっちでもあるのかしら?
「ウバった船にオまえが乗ってタ。」
ああ、成り行きって事なのね。
それでも助かったことには変わりないわ。
あのままだとどうなってたか分からないもの。
殺されなかったとしても酷い目に合うのは間違いなかったし。
「あの海賊と戦って助けてくれたって事ね。
ありがとう。」
「べつニイい。
キニするナ。」
えーっと、聞きたい事がいっぱいあってどうすればいいか分からないわね…。
まずは重要なことから聞いていこうかな。
「助けて貰ったばかりで心苦しいんだけど、私はレリージオ法国で人攫いに遭遇したの。
それで今ここにいると思うんだけど、なんとかレリージオ法国に帰りたい。
…今この船ってどこに向かってるの?」
「ファンでィ魔王コクだ。」
ファンディって事はデバスター大陸ね。
レリージオ法国のあるスゼライアン大陸とは一番近い大陸。
問題はレリージオ法国とはあんまり国交がない魔王国ってところだけど。
これが国交がある国なら国家間で連絡を取って貰って安全に迎えを待てるんだけど。
「えっと、助けて貰った上に厚かましいお願いなんだけど、レリージオ法国に向かって貰う事ってできる…?」
ダメ元でも聞いてみる。
「ダメだ。
ファンディ魔オウ国にヨウじがあル。」
まぁ、そうよね。
「じゃあ私をファンディまでは送ってくれるって事?」
「アア。」
申し訳ないとは思いつつも返事に対して看破を使う。
…嘘ではない、と。
取り敢えず私に対する害意はないみたいね。
まぁ、そりゃそうよね。
害意なんて物があったら私がわざわざ起きるまで待ってる必要なんてないんだから。
「分かったわ。
ところで貴方は魔人族かしら?
えっと、その、申し訳ないんだけど貴方みたいな種族を見た事が無くって。」
「…………アア。
魔人族でマチガいなイ。」
魔人族って大きかったりしても人型だと思ってたけどこんな完全に動物みたいな人もいるのね。
基本的に法国には魔人族って見かけないから知らなかったわ。
法国で数少ない魔人族の中でも見かけるのって鬼人種と竜人種位だけだったし。
「えっと、助けて貰ったお礼をしたいのだけど用事が終わってからでもレリージオ法国まで来てくれないかしら?」
可能ならレリージオ法国まで送って欲しかったけど、お礼をしたいって言うのも本心だ。
だから後々でもいいからレリージオに挨拶に来て欲しかった。
そう伝えると首を傾げられた。
「行くノは、かナり後にナルかもしれナい。
本来ノ目的ハファンでぃじゃナい。」
ん?
前半は微妙に嘘っぽい?
レリージオに来たくないのかしら?
でも後半の目的地がファンディじゃないって言うのは本当みたいだけどね。
ファンディは経由地って事かしら?
まぁあんまり魔人族は居ないから居心地悪いのかもしれないわね。
増してや人型とはかけ離れているから声を聴かないと魔獣と勘違いしてしまいそうだし。
「分かったわ。
じゃあ来れる時でいいから来てね。」
「………。」
さて、じゃあどうしようかな。
……と言うかそもそもここはどこなのかしら?
レリージオ法国から船に乗せられて少なくとも十日以上が経ってると思うのだけど。
もし直接ファンディに向かっているならとっくに着いている筈ね。
となると一旦別の場所に船が寄港したとみるべきだけど。
「聞いてばっかりで悪いんだけど今ってこの船は何処に居るの?」
「うィネばの港カラ出てイチニチくらい経った。」
ウィネバ……?
確か東のインセプティ大陸にあった都市だったかしら。
そう、レリージオからそっちへ向かったのね。
そこで海賊はこのトカゲさんに襲われたのかしら?
インセプティ大陸よりはデバスター大陸の方がまだレリージオ法国に近いのは救いね。
でも港から出て一日って事はまだしばらくかかりそうだわ。
ああ、そう言えばトカゲって読んでたから名前を聞いてないわね。
「ごめんなさい。自己紹介をしてなかったわね。
遅ればせながら、私はリリルカって名前よ。
リリルカ・S・アシュリム。
レリージオ法国で聖女をやっているわ。」
「ン。
グリむル、だ。
あア、そう言エバ、さっきハ悪かっタ。」
グリムルさんね。
さっき?
さっきってなんの事かしら?
「えーっと、心当たりがないのだけどさっきって何の事かしら?」
「最初ニ樽かラ出しタ時ニ驚かセテ失禁さセて気絶させた事ダ。」
ああ、気絶した事を言ってるのね。
まぁ、仕方ないわ。
勝手に驚いたのは私ですもの。
きっと縄をほどこうとしてくれたんでしょ…う…。
と、言おうとして私は固まった。
気絶はまだいいわ。
実際に意識を失ったし。
ただ、いま何て言ったかしら?
失禁?
え?
「ム?」
突然固まった私にトカゲ…グリムルさんが不思議そうに首をかしげる。
私は聞き間違いだと信じつつ、恐る恐るドレスの下半身を持ち上げて視線をそちらへとむける。
目が覚めた時と同じようにドレスが湿って太ももに張り付く感覚が気持ち悪い。
海水か何かをかけられたんだと勝手に思っていたんだけど……。
でも、そうだと考えたらおかしな事に下腹部から上は全く湿ってないわね。
そして白いドレスの湿った部分をよくよく見てみるとほんのりと色がついている。
その事を認識すると同時に私の顔に熱が昇って真っ赤になった事を自覚した。
恥ずかしい……。
いつもお読みいただきありがとうございます。




