2話 身体の仕様
ザッザッとヴァゴスに言われた方角に向かって走る。
バキンッ!ザンッ!
行く先々に邪魔になりそうな枝とかは予め魔領法で切断しつつ進む。
そうする事で身体に引っかかる事なくスムーズに進めるから楽でいい。
まぁ、引っかかったところで俺の身体に傷はつかないんだけどね。
あまり考えなくても進む事に問題はなさそうだったから気になった事をヴァゴスに聞くことにした。
そういえばさ。
『ん?』
さっき人間と戦った時に迸った血をちょっと舐めたんだけど、お前から貰った血より味が濃かったんだよね。
何でか分かる?
種族差とかかな?
『んー。
いや、種族差は無いと思うぜ。
俺様が昔殺した研究員もさっきお前が踏み潰した人間も両方ヒュマスっぽかったしな。
そうだな……、考えれるとしたらオドの差かね。』
オドの差?
えーっとどういう事だ?
『いや、あまり俺様自身が吸血鬼って訳じゃねぇから詳しくは知らないんだが……。
確か吸血鬼が獲物から血を吸うのは二つの効果があってな。
一つは単純に吸血衝動を抑えてエネルギーを摂取する。
そして、二つ目の効果は吸った血の量に応じてオドや体力が回復する。
その二点のはずだ。
あんまり詳しくは覚えてないけどな。』
ふむ、あんまりオドが欠乏した状態で血を吸った事が無いからな。
気が付かなかった。
それで、それがどう繋がるんだ?
『俺様がオドを持って無いって話はしたよな?
だからお前からオドを分けてもらう事でようやく身体の変異ができる。
そして、その変異で生み出したものはそもそもオドが含まれない。
まぁ、オドが無い器官から作ってるんだからな。
当たり前だろ?』
ああ、なんとなく分かったぞ。
さっきの人間は普通のヒュマス。
だから少ないとはいえオドを普通に持っててそのオドの混じった血を飲んだ。
対してヴァゴスから貰った血には全くオドが含まれていない。
だから飲んだ時に薄味に感じる。
って事か?
『ああ、推測だけどな。
俺みたいな事ができる奴はそうそう居ないだろうから検証は難しいがな。
ま、濃い血が飲みたいって言うならそれこそ狩りでもするしかない。』
楽して旨い血は飲めないって事か。
残念。
『それでも当初の目的の吸血衝動は抑えられるんだから良いだろうが。
あんまり贅沢言うなよ。』
まぁ、それもそうか。
衝動を抑えられるってだけで世に居る吸血衝動に悩まされる下位吸血鬼達からは垂涎だろうよ。
『そう言うこった。
ああ、そう言えば俺様からも言う事があったな。』
ん?
『お前の体内にいる間に考えたんだが、俺様の感覚とお前の感覚を接続できないかと思ってな。
接続と言うかは共有かね。』
またしても言ってる意味が良く分からんな。
『んー、難しいな。
どう説明したものか。
あー、お前はどうやって物を眼で見て理解してるか分かってるか?』
どうやって眼で見て理解してるか?
普通にそれを見て認識してるだけじゃないのか?
『まぁ、普通はそうだろうな。
厳密には眼は何かを見る器官でしかない。
見た何かしらを処理してるのは脳なんだよ。
と言うか大体の身体の器官を総括してるのは脳だ。』
脳ね。
と言われても眼で見てるって認識してるからピンとこない。
『まぁこれは理論の説明だからな。
別にお前がピンと来なくてもやろうとしてることに影響はない。
お前の理解が得れないとできない事って訳じゃないし。
一応前にやった例で言うならばお前に直接鑑定結果を見せた時だ。
情報を直接お前の脳に管を刺して送り込んだ。』
そんなことしてたのか……。
まぁ、それができることは分かった。
けど、それがどうしたんだ?
『これだけだとな。
ただ、情報を送れた。
つまり俺様からお前の脳に干渉できたって事だ。
厳密には情報を送り込んだだけだが、もう少し緻密に操作すればお前の身体を動かす事もできるだろう。
……いや、宣誓した通りお前の意思に反してはやらねぇよ?
できるってだけで持ち主と相反した場合は上手く出来ねぇだろうしな。
まぁ、それは一旦置いておいて、今回言ってるのはその逆だ。』
逆?
逆って言うと?
『俺様がお前に干渉可能な管を刺した際に、お前も俺様に干渉できないかって事だよ。
正確には俺様の造った器官に、かね。』
うーん、えっと?
それができると何のいいことがあるんだ?
『可能かどうかわからねぇが、ぱっと思いつくのは視界の共有だ。
俺様がお前の背中とかに適当に目玉を造り出してそれをお前の脳と繋げてた場合にお前がそれを見れるかどうかだな。
それができるなら死角がなくなる。
どれだけその視界の情報を処理できるかって問題もあるだろうが、まぁそれはいったん無視しよう。
更に言うならその応用で鑑定をお前が使える可能性もある。』
マジか!
鑑定が使えるのはありがたいな。
いや、当然視界の共有自体も有用そうだけどな。
『まぁ、あくまで理論上はだけどな。
お前の眼じゃダメだろうが俺が作った眼なら鑑定の加護の効果の範疇のはずだ。
ならそれを視界共有で見た場合はお前にも効果が及ぶんじゃないかと思ってな。
まぁ、脳で判断されてりゃ難しいかもしれんがそこまでの難しい仕組みは分からん。』
正に神のみぞって奴だ、とヴァゴスが笑いながら言う。
成程。
何でそうなるのかは説明されても未だによく分からない。
が、他の視界を得れたり鑑定が出来るようになるかもしれない事は分かったぞ。
ヴァゴスに造ってもらった眼を通して見れば鑑定が動作するかもしれないって事だな。
『そうなる。
他にもあるぞ。
首元に人間の喉を埋め込んで動かせるようにすればおそらく人間と会話が可能だ。』
喉?
口じゃないのか?
ヴァゴスが俺と話していた時は口っぽかったが。
『あれは演出だぜ。
口の奥に喉が造ってあったからな。
別に口から声を出していた訳じゃない。
実際に音を作り出すのは喉だぞ。』
そうなのか。
まぁ、生物の体の仕組みは詳しい訳じゃないしな。
少なくともヴァゴスの方が何倍も詳しそうだ。
『ま、自分で好きに身体を作って試せるならそりゃ詳しくもなるだろ。
取り敢えず造って試してみるから、そっちも適当に試してみろ。
と言ってもお前は造られたモノが使えるかどうか確認するだけでいいけどな。』
分かった。
『取り敢えず眼と喉だけ試してみるか。
どうせお前の身体に居るだけだと暇だからな。
特に移動してるだけとなればできることもないしな。』
まぁそうだろうな。
っと、急に目の前が開けた。
そうやって話して移動を続けているうちに結構移動したみたいだな。
視界が開けて目の前に大きな水溜まりが見えてきた。
うわ、でけぇな。
向こう岸が見えないじゃん。
あ、これが話に聞く海か?
『ヒューセント湖、インセプティ大陸最大の湖だ。
残念ながら海じゃねぇな。
インセプティ大陸でもかなり内陸の場所だ。
この湖を突っ切って更に南東を目指せば目的地だな。』
湖ね。
海と何が違うんだっけ?
『水が塩分を帯びてないだろ。
舐めてしょっぱく無ければ湖か河だ。』
ペロッ。
うん、普通の水だな。
別にしょっぱくは無い。
『ま、別に俺たちはここに用は無い。
湖の縁に沿って右側に移動しな。
南東だとそっちの方が早い。』
ああ、分かった。
……あれ、ちょっと待てよ。
水を見てるとふと閃いた事があった。
『どした?』
いや試したいことがあってさ。
そう伝えてそのまま湖に方へ近づく。
そして水際で魔領法を練って身体の下でお椀状の形にした。
そのままそっと湖の方へと進む。
一瞬お椀部分が水に沈んだが一定以上沈んだらそのままプカリと浮かぶことができた。
……水面が魔領法のせいで椀上に凹んでる。
その上に俺が浮いている。
何と言うか何とも言えない見た目だな。
『成程な。
そういう活用法もあるのか。』
その光景を見たヴァゴスが少し感心したように話しかけてくる。
ああ、どうだ?
これなら水面を進んでいけると思うけどな。
『因みにどうやって進むつもりだ?』
あ、えーと…。
『考えてなかっただろ。』
…うん。
ふと思いついただけだからな。
『ま、オール状の物を作れば漕いで移動できるだろうけどな…。
ただ、やめとけやめとけ。
地上を行った方がいい。』
うーん、そりゃまたどうして?
まっすぐ行った方が近いんじゃないの?
『まず、大したスピードが出ないだろ。
手漕ぎだしな。
いや、手と言うか魔領法だけどよ。
お前は走るのは結構速ぇんだよ。
水面をまっすぐゆっくり行くのと、地上を遠回りに速く移動するのじゃ最終的にかかる時間はトントンだろ。
それに水面は目立つ。
夜とはいえ近くに人間が居ないとは限らんからな。
特にここは有名な湖なんだ。
エレガンティアからも人が来ることが多い。
そんな場所をわざわざ目立って移動する必要もねぇだろ。
しかも対して時間短縮にもならねぇのによ。』
あー、いい案かと思ったけど結構ダメ出しされた。
確かに目立つのは得策じゃないな。
『お前は一応追われてるかもって事を忘れるな。
痕跡を残せば俺様達が目指してる方向も直線距離上にばれちまう。
追っ手を撒く工作をしないなら、せめて見つかり難くする事を考えて移動しろ。』
分かったよ。
あ、でも別に海で移動する際は船を奪わなくてもこれで移動できるんじゃないか?
幸いオドを渡せばヴァゴスから血は貰えるんだし。
味薄いけどこの際贅沢は抜きで。
『いや、さっきも言ったがだいぶ遅いだろうが。
帆船で風を使って移動した方が圧倒的に速い。
それに何らかの原因でオドが枯渇したり戦闘になったらどうする。
海中にも魔獣は要るんだからな。
死なないからと言って海中に沈むのはごめんだぜ。
船を魔領法で強化するならともかく根本を魔領法で押し通すのは下策だね。』
ぬう。
うーん、ダメか。
残念。
『ほら、さっさと水から出ろ。
さっきも言った通り湖の縁沿いに右側を移動していけ。
その間に俺様はさっき言ったことやっておいてやるからよ。』
分かったよ。
魔領法を変形させてそのまま森まで移動する。
そして、森の中に戻って暫くしてから方角を確認してさっきと同じ様に走る事にした。
身体の左側を月の光が反射した水面い照らされてチラチラと光る。
これなら少し森に入っても湖の方向を見失う事は無いだろう。
時々湖との距離を気にしつつ南東の方向を目指した。
『よし、これでどうだ?』
さっきまでと同様に走っているとヴァゴスのそんな声が聞こえてきた。
それと同時に額からミシッっと音がして、自分の額から何かが飛び出す感覚がある。
なんだ?なにしたんだ?
『ん?さっきも言っただろ。
俺の視界を共有できるかもってな。
取り敢えず今までと混乱しないように近い場所である額から眼球を出したんだよ。
んで、脳とも一応繋げたぞ。
どうだ?見れるか?』
えー、んなこと急に言われてもな。
うーんと、見るってどうやるんだ?
そもそも普段何かを目視するって行為を意図的にはやって無いからな。
今更意識して見れるかどうか確かめろって言われてもピンとこない。
『感覚は俺様とは違いすぎるからな。
悪いがアドバイスは出来ん。
頑張れ。』
投げっぱなしかよ。
うーん。
取り敢えず額に力を籠めてみる。
何も変わらず。
お?
ただ、意識してみるとなんか頭がむずむずするな。
そのむずむずするポイントをもう少し突き詰めてみる。
頭の中を意識して辿る。
辿る、辿る、辿る…。
瞬間、ビリッっと何かが突き抜ける感覚と共に頭の中にボヤ~っと何かが浮かんできた。
うーん、なんか視界がぶれてる感じがする……。
気持ち悪いな。
『お、見れたみたいだな?
成功か。
こっちの視界を見せることはできると。
ぼやけてるのは額の視界は、普段眼で見る視界とあんまり変わらず重複してるからだろ。
ほら、こうやって上に向けてやると分かりやすいんじゃないのか?』
そうヴァゴスが言うと同時に見えてた映像がぐにゃっと上にずれて夜空を映し出す。
うわ!
びっくりして身体もつられて動く。
普段身体で上を向いたのと同じ反応をしてしまった。
森の中を走ってるから他の事に意識が逸れると地面が疎かになる。
そのまま、木の根に足を足られて転倒してしまった。
『おいおい、何やってんだよ。』
いや、視界に吃驚したんよ!
急に上向きになるんだからな。
そりゃ驚きももするだろう。
『うーん、眼が二つで見え方に慣れができてるせいかね。
身体が釣られちまうのか。
あー、じゃあこんなんはどうだ?』
視界が真後ろに切り替わる。
自分の翼が拡大されて飛び込んでくる。
こんな風になってたのね。
あ、視界が変に感じて気持ち悪い。
『ふむ、映す事自体は可能は可能だが慣れがいるみたいだな。
少なくとも戦闘中に真後ろを見て警戒ってのは難しそうだ。
逆に戦闘能力が落ちそうだな。』
是非ともやめていただきたい。
ヴァゴスの言う通り戦闘能力がた落ちもいい所だ。
下手すると釣られてしまう分見えないより質が悪いかもな。
『因みに鑑定はどうだ?
額に戻してやっからそこら辺の草木で試してみろよ。』
そう言って額の眼がぐにゃりと戻り視界がぶれる程度に収まった。
まぁ、これはこれで気持ち悪いんだけどな。
えーと、鑑定?
どうやって使うんだ?
『そこら辺の調べたいものに対して鑑定って意識すりゃ使えるぞ。』
ふむふむ。
少し足を止めて目の前にある木に鑑定と意識する。
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名前:なし
種族:ウズベミ
能力:なし
加護:なし
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すると、以前にヴァゴスから送られてきたのと同じ情報が頭に飛び込んできた。
お、これで成功かな?
ウズベミ?
『木の種類の名前だろ。
生物は名前、種族、能力、加護が表示される。
詳細までは分からんけどな。
ま、能力の名前で大体察するしかない。
ただ、見れたみたいだな。
こっちは成功したみたいで何よりだぜ。』
そのままその木の下に落ちてる枝にも鑑定を使ってみる。
▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼
名前:なし
材質:ウズベミの枝
効果:なし
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成程。
物だと項目が減るんだな。
減るというか変わるが近いか。
そりゃ物に加護なんてないもんな。
にしても、鑑定ができたのは素直にありがたいが、視界が気持ち悪くなるデメリットはあるな。
まぁ、そっちは慣れかね。
そのまま走りながら喉の検証も行った。
結果だけ言うと蛙を潰したような呻き声なら出せる事が分かった。
こっちも要練習みたいだな。
このままだとこの声を発しながら人間に近付いたら間違いなく攻撃される。
ま、今の俺はヴァゴスにしたように魔領法で宙に文字を浮かべればいいんだけどな。
ただ、声の方が出来ることも多い。
なんにせよ、そう簡単に楽して身体の機能を増やせはしないか。
いつもお読みいただきありがとうございます。




