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死した竜の物語  作者: 獅子貫 達磨
第三章 吸血竜の邂逅
51/104

21話 魔術都市の緊急事態

別視点です。

エレガンティア魔術大学錬金棟学科長室。

その部屋の主であるイェール・デスモント。

彼は中年の恰幅のいい男性のエルフで自慢だった栗毛色の髪は最近ではすっかり白髪に覆われてしまっている。

上質な机の上には山のように書類が積まれ、彼は不機嫌そうにそれを処理していた。


コンコン。


マホガニー製の上品な木目をした豪奢なドアがノックされる。

デスモントはチラリとドアを一瞥し溜息をつくと手元のボタンを押した。

自動でドアが開くと「失礼します」と片手に書類を持った若い男性が一礼して室内に入ってくる。

机の前まで小走りにならない程度の急ぎ足で男性が近付き、口を開こうとするがそれを制してデスモントが先に口を開く。


「ヒュルス君。

 私は学院長投票期日までは忙しいから直接伝達は控え、用事は一時的に副学科長に伝えるようにと言ったはずだが?

 よもや、私の言葉を忘れたのではあるまいね?

 君はこの大事な時期に私の邪魔をする事がどういう意味かいまいち理解が足りていないのではないか?

 そもそも君たち教師は、」


「デスモント錬金学科長。

 緊急事態です。」


黙って聞いていても埒が明かないと判断した男性教師のヒュルスはデスモントの言葉を遮り端的に用件を述べる。


「……何?」


自身の話を遮られて不快そうに顔を歪めるデスモントも流石に緊急事態とまで言われて、無視をするほど苛立ってはいなかった。

これで大した用事でなかったらクビにしてやる、と内心思いつつ無言で顎をしゃくり先を促す。


「つい先程、魔導工学科から連絡がありました。

 錬金学科の地下数十メルト地点で莫大な魔力反応を検知したとの事です。

 観測されたのは一時間ほど前。

 出現は唐突に発生したとの事。

 現在、魔力反応は動く事なくその場に留まっているそうです。

 ブロン副学科長に伝えたところ、魔導工学棟に向かわれるとの事で私にデスモント学科長へこの事を伝えるようにと言付かりました。」


「……念の為確認するが、多量の魔力を用いた実験の予定は登録されていないのかね?」


デスモントは書類から目を離し、視線をヒュルス教師に向けながらそう尋ねた。

それに対してヒュルスは頷きながら返す。


「はい、魔導工学科もその可能性を考慮して確認を行った後のこちらへの打診だったそうです。

 各学科の決まり通り膨大な魔力を用いて多方面へ影響の出る実験を行う際に必須な事前通達が日程に無かったため、問い合わせを行ったとの事でした。」


そうだろうな…と苦々しげにデスモントが呟く。

そもそもそんな膨大な魔力を使うであろう大規模な実験を他学科ならともかく錬金棟で行う際は、いくら最近学科長室に引き籠っているとは言え、報告位は入ってくる筈である。

それが無いと言う事は緊急事態と言って差支えないだろう。

とは言っても申請漏れなどの唐突の実験の事もあるため、必ずしも危ないと言う事もなかったが、危機管理的には緊急事態と言う事にしておかなければ万が一何かがあった時に目も当てられない事態になる。

かと言って普段のデスモント自身であればそこまで焦る事では無いとも思っていただろう。

今回の問題はそれが起こったと報告のあった場所なのだ。


「……魔導工学科の推定事象は?

 一時間前に観測しておきながら錬金科への連絡は先程だったのだろう?

 凡その推測はついていつのではないかね?

 その報告は?」


「はい、恐らくは魔獣によるものだと言われております。

 観測されたオド波の揺れが魔獣に近しいとの見解でした。

 ただ、場所が……。」


「錬金科の地下。

 それも数十メルトも地下となるとよりにもよってあそこか。」


「はい、禁術封印区域だと思われます。」


忌々しそうにデスモントは舌打ちをする。

元々危ないものを扱い、中でも手に負えないと判断されたものが仕方なく保管されるエリア、禁術封印区域。

まだこの錬金科がエレガンティア魔術大学に吸収合併される前の独立していた頃合いからあった場所である。

合併後は危険物の扱いは大学側での処理に任せる次第となり、合併の行われた二百年ほど前からは使用されてはいないが、それ以前に保管封印されたものは未だに取り残されている。


大学側で処理に乗り出した事はあった。

が、百年ほど前に2番倉庫を処理時に大事故が発生し、教師生徒共に夥しい数の死者を叩き出す事件に転じて、大学内では触れてはいけない場所(アンタッチャブル)となった。

幸い外部からの接触がない限り内側から封印が破られた事は無く、問題が発生した事も無かった。

故に禁術封印区域への立ち入り管理さえきっちりしていれば安全と言う事もあり、積極的に対処しようという動きは見られなかった。


しかし、そんな例外の事態がよりにもよって自分の学院長投票の票集めの真っ最中に発生しなくても良いのではないかとデスモント自身は苦々しく思う。

せめて自分が学院長になった後に起こったのであれば幾らでも対処のしようはあったのに、と。

現状、票数のトップを魔術科の学科長と僅差で争っている状態で、そこから引き離されるようなマイナスイメージにつながる事件は抑えておきかった。

ただ既に他学科の学科長にまで連絡が言っているであろう状況では動かないというのはそれはそれでマイナスイメージに繋がり、票数を失う原因となりかねない。

むしろ事がここ迄至った以上は手早く解決し手腕を見せつけた方が効果的だろう。


幸いにも事が錬金科で起こったというだけであり、錬金科自体が何かしらの不祥事を起こした訳ではないのが救いだった。

まぁ、長い目で見れば中央錬金大学だった頃の物だから錬金科の物とも言えなくはないが、そんな昔の物事を引き合いに出して来る者も居ないだろう。


「一応聞くがここ最近で禁術封印区域への入域許可は?」


「確認いたしましたが出ておりません。

 最終入域申請は五年前になっております。」


これが数日前であればその人物との関与を疑うが……五年も前であれば関係ない、とデスモンドは判断するが一応続きを尋ねる。


「因みにその入域許可は?」


「え、あー、申し訳ありませんがそこまでは調べておりません。」


ヒュルスも入域許可があった記録自体は見つけたものの、独断で関係ないだろうと割り切って詳細情報は調べてはいなかった。


「いや、構わん。

 おそらく関係ないだろう。

 だが念の為戻ったら調べてブロンに報告しておけ。」


「はっ、了解しました。」


「で、以上かね?」


色々と面倒なことになりそうだ、と頭の中で考えていたデスモントはジロリとヒュルスに視線を送りそう告げた。


「いえ、ブロン副学科長は調査兼討伐の方向で考えておられます。

 その為、警備隊の出動とギルドへの緊急依頼を出す予定だそうです。

 特に異論がない場合はその許可印を頂きたいと書類を預かっております。」


ヒュルスはそう言いつつ手元の紙をデスモントへと差し出す。

差し出された紙にはそれぞれ『エレガンティア治安維持警備隊出動要請』『ギルドへの依頼出願要請書』と書かれている。


一瞬ギルドまで巻き込むのは大仰ではないかと考えるが、今回の事態以上に場所を考慮するとその判断で間違ってはいないだろう。

事が他の場所であれば錬金科の教師と生徒で対処に当たらせてもよいが、過去に実際に死傷者を出している以上はその判断は悪手と言うものだろう。

現状は既に外の他の学科長が問題の発生した場所も知る事態となっている。

それであれば下手に戦力を小出しにして死者を出し、他学科の学長に隙をさらすよりは、金がかかったとしても最小限の被害で済ませる方が吉と言うものだろう。

幸い警備隊とギルドであれば危険な事態に遭遇し死傷者が出たとしても、デスモントへの直接な風聞には傷がつくことは無い。

差し出された書類の内容を軽く確認しその場でサインをして印を付きヒュルスに返却する。


「ありがとうございます。

 ではこれで出動要請と緊急依頼を処理いたします。

 事後報告はブロン副学科長が行うと思われます。

 以上、よろしくお願いいたします。

 失礼いたしました。」


来た時同様に一礼するとヒュルスは学科長室から去って行った。

デスモントは面倒だ、と思いつつ嘆息し目の前にある仕事に戻った。

取り敢えずは朗報を期待して待とうと。


▼△▼△▼△▼


エレガンティア治安維持警備隊の隊員、シェーマスは不機嫌だった。

非番の日に同僚と普段の上司の鬱憤を晴らすべく飲み明かそうとして、酒が来た瞬間に話のネタであるはずの上司から急な呼び出しがかかったからである。

これが既に一杯でも飲んでいればそれを口実に断ることもできたというのに、実に間が悪いと言えた。


「まぁまぁ、そうブスッとすんなよ。

 緊急招集って言っても外から何かが攻めてきた訳じゃねーだろ?

 大学内での魔力検知だけって言うなら何かの誤作動かもしれないんだからさ。」


同じように飲もうとしていた同僚のサムがそう言ってシェーマスの肩を叩く。


「だってよぉ、これからって時にだぜ?」


実際、今回の件の説明を受けた感じでは、彼らが普段受けている仕事と照らし合わせてもそこまで危険と言う事も無かった。

警備隊の中で危険でキツイとなれば満場一致で街外での討伐任務なのだから。

その街外の討伐任務も基本的にはギルドに依頼が行く為に滅多な事では発生しないものではあったが。


今回の様な魔力反応での緊急招集は年に一回か二回あるかないか程度の頻度である。

しかもその殆どが検知用の魔道具の誤作動か実験の申請漏れだった。

その経験から行くと今回もおよそどちらかの筈で招集はされたものの、時期に解散となるのがいつもの流れだった。

もし、そうでなかった場合に対処できるように彼らは念の為に招集されたに過ぎない。

逆にその基本的に起きない念の為に貴重な非番の日を潰されたと感じているのもシェーマスが苛立っている要因の一つな訳だが。

ただ、大体は各学科の実験区画での招集なのに対して、今回は初めてとなる錬金科の外庭近くだったが。


既に緊急招集で大学区域所属の警備隊は大半が集結していた。

集結地点は錬金科外庭にある円形に凹んだ場所に柵の建てられた場所。

学生達が通称『崖っぷち』と呼称している場所だった。

その崖っぷちの傍らには下へと降りるための階段の入口となる小屋が建てられており、そちらには厳重な鍵がかけられている。

鍵のかかったドアの左右には常に門番が立ち中に入るのにも出るのにも学科長の認可が必要になる。


「……大体普段は実験所の近辺だろ?

 何で今回はこんな場所なんだ?」


少し頭を冷やしたところで沸いた疑問にシェーマスがサムへと質問する。


「さーな。

 ただ今回は既に集合して待たされてる時間的に誤検知ではないらしい。

 そして、今回の魔力検知の発生場所はこの場所の地下だとよ。

 更にここ数年は誰もこの下に入って無いと来たもんだ。」


「……つまり、今回は普段より拙い事態が起こると?」


「そこまでは言って無い。

 ただ、そういう事もあり得るってだけだ。

 ……ギルドにも応援を呼んでるみたいだしな。

 ギルドから人が来ることは無いだろ?

 あんまり普段通り解散するだろって決めつけてると、本当に緊急事態が起こった時に対処できないぞ。」


サムがそうは言うものの、大半の警備兵は普段通りだろうと高を括り、暇そうにしていた。一旦は整列したもののギルドの応援が来るまでは警備兵には待機命令が出ている。

緊急事態だと言われていながら待機を命じられている時点でそこまで急ぎではないのだろうというのが警備兵の本音だった。

シェーマスの上司も暇そうに欠伸をしており、それを見たシェーマスの機嫌は更に悪くなった。


小屋の近くでは魔導工学科の研究員が魔力検知を引き続き行っていた。

既に最初に検知した魔道具とは別の器具を使い、誤検知でないことは確認が取れている。

研究員は引き続き、観測された魔力に変化がないか近くで確認し、万が一何かが起こった際には警備兵にその場で報告する役目を担っていた。

魔力検知には周辺の魔力の凡その力場を図る目的の魔道具と、特定の魔力波を読み取り対象を限定して追跡する目的のものがある。

既に力場の歪みから地下に存在する魔力の源の波動を読み取り、固有の魔力波を追跡する方向へとシフトしていた。

ジーっと研究員が眺める器具には点が表示され、その点はほとんど動いていなかい。

数十分まで迄は微動だにしなかったが、ここ数分は僅かだが移動しているようだ。

しかし、突然その点が大きく移動を始めた。


「え。」


研究員が小さく声を上げる。

辺りの警備兵が喋っていたこともあり、その声は誰にも聞き取れていなかった。

見間違いかと研究員が再度器具を見直すと魔力反応は移動してまた静止する。

今の間に報告をと思い、立ち上がった研究員の耳に小さな破砕音が響いた。


一瞬聞き間違いかと思ったが、辺りの警備兵も聞こえたようで場が少しざわつく。

彼は器具に視線を戻すと、器具の中の点が再び動き始めていた。

しかも今度は此方へと向かっている。

いや、この器具はあくまで見下ろした状態を表しているに過ぎないから実際には地下での移動なのだろう。

ただ、二次元的に見た場合は此方に一直線に向かう点を見てようやく研究員が声を上げる。


「皆さん!魔力反応が移動を開始しました!

 こちらへ向かって…」


ドゴン!


話す途中で穴の下から大きな破砕音が響き渡った。

研究員のただならぬ様子と地下の穴から響く轟音に、流石にまずい事態が起こっていると判断した警備兵がようやく武器を構える。


「マジで何か起こりやがった。

 おいサム!お前が変な事言うからだぞ!」


「言ってる場合か!

 何か来るぞ!

 シェーマス!構えろ!」


「いや、でも地下で何かが起こっても地上に来るまでは時間がかかるだろ。

 取り敢えずギルドの連中が来てからでもいいんじゃないか?」


破砕音から数秒し、そこから追加で何も起こらない事からシェーマスは緊張した様子のサムにそう言う。

それでも一応手持ちの剣を構えているのは最低限の警戒心は持ち合わせているからだろう。


しかし、シェーマスがそう言うと同時に下からザクッ、ザクッと徐々に何かを突き刺すような音が大きくなって近づいてくる。

流石にその音を聞くと拙いと判断したのかシェーマスも穴の方向へ武器を構えた。


数瞬した後に穴から柵をなぎ倒して、三メルトほどの生物が姿を現した。

夕暮れで薄暗くなった当たりの光でもその姿ははっきりと確認できた。


「嘘…だろ…。

 ドラゴンだと…?」


シェーマスは隣で呟くサムの声を他人事のように聞いていた。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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