18話 謎の協力者
暫くの間は意思疎通の確認で時間を使った。
これ通じる?
聞こえる?
えっと……じゃあこれは?
これも聞こえる、と。
えー、じゃあこれなら?
と、念話の時と同じように自分の思考と意思疎通用の差を明確化しようと四苦八苦した。
結論から言うと念話の時みたいにきっちり分ける事はできなかった。
なんか念話とは少しだけど決定的に何かが違うんだよな。
まぁ、ここ等辺は慣れだろう。
そもそも念話とは全然違う方法なんだし。
今の時点で別段取り急ぎやらないといけない事じゃない。
『ヘイ。もう満足か?』
一区切りついて諦めた時にヴァゴスの声が頭に響く。
(ああ、満足だよ。
一旦はこのままでいい。)
意味があるのかは置いておいて、一応語り掛けるように意識して頭の中で会話する。
さて、取り敢えずは会話の話はこれで終わって次の件だ。
『次の件?』
ああ、早速だけど吸血衝動の件を試して貰おうかな。
『ああ、その件か。
いいぜ、と言いたいんだけどな。
残念ながらお前の望んでいる竜の血は俺様は出せねぇ。』
え、話と違うくないか?
お前は俺の吸血衝動を抑えてくれるだろうって事だったと思うんだけどな?
嘘ついたのか?
共生して早速?
騙すの早くない?
『どうどう、早とちりすんなよ兄弟。
理論的には出すことは可能だ。
ただ、俺が生物の細胞を再現するにはその器官を一度取り込んで咀嚼する必要がある。』
えーっと?
つまりはどういう事だ?
『つまり、一度俺様が竜を食う必要があるって事だよ。
人間は研究員を殺した時に一部食ったから人間の血なら出せる。
が、ずっと培養器の中に居たんだ。
竜を殺した事はおろか人間以外と対峙したのもお前が始めてだよ。
だから竜の血が出せるのは外で竜と出くわして倒してからだな。』
そういう事か。
……まぁ、この際人間の血でもいいか?
物は試しだしな。
取り敢えずのところは味に拘らなければ良いだけだ。
吸血衝動が収まるのであれば今はそれでよしとしよう。
(じゃあ、それで。
とりあえず人間の血を出してくれ。)
『あいよ。
口内に出せばいいのか?
出す場所も大体リクエストに応じられるがな。』
口の中でいいだろう。
別にそれで困らん。
あいよ、と聞こえると同時に口の中に血が流れ込んでくる。
飲まずにいると溢れそうだったので、慌てて飲み込む。
ゴクゴク。
んー。
人間の血液は爆塵竜と比べるとちょっと薄味だな。
あっさりした味って感じだ。
これはこれで悪くない。
悪くは無いが、俺的には竜の血の方がこってりしてて良い感じで好みだな。
いや、竜も何種類かいる訳だし爆塵竜以外の血液はまた違った味がするのかもしれないけどね。
『味のレビューは求めてねぇから欲求が抑制されるかどうかを確認しろ。
血液の味比較なんざ吸血鬼以外からしたら何の役にも立ちやしねぇぞ。』
はいはい。
吸血鬼の役に立つなら俺の役にも立つからいいんだよ。
ってか、お前は神祖の血が使われた訳だが吸血欲求とかはないのか?
『あん?
別に欲求はねぇな。
ただ、血を飲んだら吸血鬼と同じ様に感じるだろうとは思うがな。
俺様自体はどっちかって言うと肉を食う方が好きだ。
研究員の肉は悪くなかった。
って、んなこたぁ別にいいんだよ。
欲求だ欲求。
どうなんだよ?』
ああ、そうだった。
……うん、さっきまで意識すれば渇いて渇いて仕方なかった渇望するような欲求が薄まっていく。
だんだん穏やかに気持ちになってくるな。
なんか吸血欲求が満たされるのって怒りが静まる感じに似ている。
成功だな。
あと少しばかり飲めれば一旦は完全に吸血欲求は引っ込むだろう。
(もう少しくれ。)
あいよ、と言うヴァゴスの返事と共に口内に血が生成される。
それをゴクゴクと飲み干す。
飲みながら気が付いたが、ヴァゴスが人間の血液を生成するのに合わせて俺のオドが減っていく。
これが多分ヴァゴスの言ってた細胞を変換させてるんだろう。
……変換って事はこれってヴァゴスを飲んでるのに等しいのか?
そう考えると少し気持ち悪いな。
オエッ。
『おい、聞こえてんぞ。
お前の胃の中どころか体中に俺様は広がってるんだから今更だろ。』
んー、まぁちゃんと考えたらそうなんだけど。
なんか感覚的に気持ち悪い。
『おい。』
気分の問題だから仕方ないだろう。
あんな光る玉蟲色の身体見たら……ねぇ?
いや、別に不味いって訳じゃないんけど。
まぁ、ヴァゴスの身体を飲んでる云々はさて置き、これで当分は吸血欲求事態の心配はしなくて済むな。
良かった良かった。
ふう、と一旦目先の事で焦る必要がなくなって嘆息する。
そうすると、ヴァゴスとの交渉が終わって少しばかり気が抜けたからか、聞きそびれてた疑問がいくつか思い浮かんできた。
外に出たら慌ただしくなるだろうし、今のうちに聞いておくか。
『お?まだ質問か?
質問が多い奴だな。
ま、俺様は寛容だからな。
迷える兄弟を導いてやろう。』
言い方はともかく共生前に考えてた分からないことを教えてくれそう、ってのはあながち間違ってた訳じゃなさそうだな。
普通に教えてくれそう。
じゃあ、まぁ、そう言うなら遠慮なく。
まずはヴァゴス自身について思ったこと。
正確にはヴァゴスの触媒だな。
『あん?触媒についてはさっき話したと思うんだけどな。』
(まぁ、そうなんだけどさ。
それとは別に神祖吸血鬼の血って事は九血王って事じゃない?
誰の血なんだろうって思って。
ただの興味本位だけどね。)
本の中でしか読んでないとは言え、伝説の存在だからね。
気になるってもんだ。
誰なんだろうか。
『あー、そういう事か。
それで言うなら期待してるところ悪いが、俺様の器の触媒になったのは九血王じゃねぇな。
詳しくは知らないが俺様の身体が形作られた時に脇に転がってた入れ物。
多分、そこに触媒が入ってたんだろうけど、そこに書いてあった名前は少なくとも九血王のモノじゃなかった。』
ふーん…。
九血王じゃないんだ。
九血王以外にも神祖って居るって事かな。
(因みに何て名前だったの?)
『長ったらしかったな。えーっと。何だったか。
ああ、そうだ。
【ウタレフソン・J・C】って書いてあったな。』
ウタレフソン・J・C……。
うーん、聞き覚えがないな。
『因みにショゴス細胞の方に書かれてたのは【ゼンカ・S】だった。
まぁ、両方とも無名なんじゃないのか?
少なくとも俺様は聞いた事が無いね。』
ショゴス細胞はそもそもそんな細胞の話を聞いた事ないから無名なのは分かる。
ただ、神祖吸血鬼ともなるとかなり有名になると思うけどな。
人間と敵対するなら始祖吸血鬼の時点で危険度的な意味合いで有名な奴はそこそこいるしね。
『ま、知らないなら知らないで別段困らんだろう。
俺様の器としてちゃんと機能して動いているなら、こっちとしちゃそれで問題無しだ。』
そうなんだろうけどね。
俺が単純に気になっただけだから、それでもいいんだけど。
ちょっと気持ち悪いってだけ。
気持ち悪いって言うか有名な奴だと思ったら知らない奴だったから肩透かしって感じか。
まぁ、ヴァゴスの言う通り別に困りはしない。
『さてさて、じゃあ次のお前の質問を冴えてる俺様が当ててやろう。
ずばり足跡についてだろ?』
冴えてるも何もさっき俺がいくつか思い出した時に思考を読んだだけだろうが。
まぁ、それであってるんだけどさ。
次の疑問。
俺が最初にこの場所に来た時からあった、入口からこの培養器前まで続いてた人間の足跡は誰のだ?
ヴァゴスは三百年近く閉じ込められてただろう。
あの足跡はごく最近とは言わないが、三百年に比べるとごくごく最近のモノだった気がするけど。
『お前がそう思うのも当然だろうな。
と言うか俺様だってその時は驚いた。』
って事はやっぱり誰かが来たんだな。
『ああ、二年ほど前だ。
人間の研究者、それも珍しい事に女の研究者だ。
そいつがここまでやって来た。
久しぶりの来客だったから驚いたね。
てっきり遂に地上では俺様の事件の事は忘れられて、人が来るようになったのか?って思った程だ。
ただ、そいつは俺様を知ってて態々来たみたいだった。
と言うより俺様に伝言って言ってたな。』
伝言?
数百年前に地下に閉じ込められた化け物に向かって伝言か。
今更って感じがすごいな。
『だろ?
因みに俺様が見た感じヒュマスだ。
だから俺様の事件当初は産まれてすらいない筈なんだよな。』
……で?何て言ったんだ?
『ああ、来てそいつは俺様に言った。
数年したら貴方を解放してくれるモノが現れますよ、ってな。
は?って思ったけどそれだけ言ってまた戻って行ったよ。』
それは何とも……。
と言うかその話を聞くと解放するモノって俺の事じゃん。
『ああ、だからグリムル、お前が現れた時に俺様もそう思った。
そして、その女の言い方的に俺様を能動的に助けてくれるって思ったんだよな。
だから、最初お前に知性が無いのかって疑問に思ったんだよ。』
ああ、そうだったな。
成程ね、最初の俺が来ることも織り込み済みだった感じは、そういう背景があったからか。
にしても、そう言われて実際にそうなってるって事は全てその誰かに仕組まれてるって感じがするな。
あまり好い気分はしない。
と言うか、そう考えるのであればシドの机を破壊した瞬間に俺をここへと移動させたのも、そいつの意図だって考えると辻褄が合うか。
手段をどうしたのかは置いておいたとしても、俺がここへと移動させられたのはやっぱり人為的なものだったみたいだな。
ヴァゴスを助ける為、か。
ただ問題はヴァゴスもそいつが誰か知らないって事かね。
ただ、ヴァゴスを助けることでメリットがあるって事か。
……本当にコイツを開放してよかったのかな?
『ケッケッケ。もう今更悩んでも遅いぜ。
って、これだと俺様が悪い奴みてぇだな。
まぁまぁ、良いじゃねぇか。
俺様は俺様で出られてハッピー、お前も今度は俺様の手を借りることができてハッピー。
その良く分からん女も目論見通り俺様をここから助けられてハッピー。
ハッピーな奴しかいなくていいじゃねぇか。』
その良く分からん女の目論見がこっちの被害にならない事を願うよ。
で、その女に関しては他には何も無かったのか?
『あー、そう言えば去り際に変な事言ってたな。
久しぶりの会話だったからよく覚えてるぜ。
確か、今後外で私を見かけても私は貴方を知りませんからね。って言ってたか。
どういう意味か分かるか?』
私は貴方を知らない?
態々探して会いに行った相手に言うにしては変な言葉だな。
さっぱり訳分からん。
何で分かりやすく言ってくれないんだ。
『ま、だろうな。
俺様も良く分からん。
まぁ、文字通りの意味なのは分かるんだが何で知らないのかって事が分からんな。
いくつか予想は立てられるが、検証できない今は考えても仕方ないだろ。
一応助けに来るお前が何か知ってるかって思ったけど、その反応だと望み薄みたいだな。』
そうだな。ヒュマスの女ね。
全く心当たりがないな。
俺と関係のある女って言うとエヴァーンしか心当たりがない。
でも、あいつはそんなこと言わないだろうし、そもそも別大陸のこんな場所に言いに来る手段もないだろう。
それになによりヒュマスじゃなくて吸血鬼だしな。
『残念ながらお前が考えてるエヴァーンって吸血鬼じゃないな。
そこまで幼い外見じゃなかった。』
まぁ、だろうな。
最初っからエヴァーンだとは思ってないよ。
因みにどんな外見だったんだ?
『外見か?
外見は……そうだな。
魔術関係の研究者っぽくローブを着てたな。
ただ、珍しいのは真っ白なローブだった点だ。
普通は研究職の奴らは汚れやすいからって、黒とか紺のローブが多いんだけどな。
それに……なんかの紋章がローブの背中部分に入ってた。
たしか脚の代わりに人間の手が生えた蜘蛛の紋章だ。
蜘蛛の胴体も人間の指を絡め合わせた感じの。
それが何の紋章かまでは分からねーな。』
白いローブ。それに人の手の生えた蜘蛛の紋章ね。
ふーむ。
少なくとも俺は知らない紋章だな。
聞いても何にも思い浮かばない。
ちょっと不気味だなーとは思うけど。
『ま、俺様とお前を引き合わせてくれたんだ。
一応は協力者だと思っていいだろ。
今のところはな。
何か企んでるならその時はその時に何とかすりゃいい。
俺様はここから抜け出せるならなんだっていいさ。』
雑だなぁ。
ずっと捕らえられていたならそう考えてもおかしくないかもしれないけど。
俺的にはその女が何者なのか結構気になるところだけどね。
少なくともそいつが俺をこの場所に飛ばした元凶なら、嫌味を言いたいぞ。
計画の途中でほっぽり出させるような真似させられたんだからな。
ただ、ヴァゴスの言う通り今この場でこれ以上考えても仕方ないな。
何か向こうからアクションがあった時に対応するだけだ。
『さて、最後に聞きたいのは?』
その女について考えを纏めていると、ヴァゴスの方から声がかかる。
ん?ああ、そうだった。
切り替え早いな。
もう少し考えたかったが…。
ヴァゴスは独りだったから考える時間はあったかもしれないけど、俺は初めて聞いて今考えてるんだから切り替えに差があって当然か。
ま、いいや。
最後の疑問は単純だ。
俺への反応について。
(竜の吸血鬼なんて希少すぎる存在はまず居ないだろ?)
『そうだな。
俺様も妖魔時代も含めて見るのは初めてだ。』
じゃあ、まず俺を見た時には外見から竜だって思うはずだ。
なのにお前は最初っから俺が吸血鬼って体で話を進めたよな。
さっきの女から聞いたのかって思ったけどそんな感じてもない。
ちょっとした事だけどそれが気にかかったんだよ。
なんでお前は俺が最初っから吸血鬼化した竜だって知ってたんだ?
いつもお読みいただきありがとうございます。




