15話 最悪の成功例
「よう。」
目の前で横に裂けたできたての口から泡と共に音が発生させられた。
その出来事を全く予想だにしてなかった俺は理解できずに硬直する。
固まった俺にそいつは続けて泡と音を発する。
「おいおいおい、よう、って言ってんだろ?
聞こえてないのか?
返事はどうしたよ。
挨拶は文字と言語を司る知的生命体として最低限のマナーじゃないか、ってのが俺様の意見だがお前の意見は違うのか?」
水でややくぐもった声だがそれでもはっきりと明瞭に俺の耳に音として届く。
それで俺はようやく目の前の出来事を飲み込む。
いや、飲み込んだといっても理解できた訳じゃないし、目の前の物体(スライム?)が何かなんて欠片も理解できない。
そもそもスライムが何で会話を求めるレベルの知性があるのかわからないし、魂を入れたとしてもさっきの文献を見るに中身と呼ぶのも烏滸がましいレベルで実験は失敗しているはずだ。
それでも目の前の物体は会話を行う程度の知性を有していて、俺にコミュニケーションを求めるっていう最低限の現状だけは理解できる。
と言うかせざる得ない。
ただ、理解できたところで問題が一点。
俺は喋れない。
人見知り…相手は百歩譲っても人ではないがこの際は置いておく…とかではなくて、物理的なそもそもの構造として竜の喉はブレスと吼える事はできても複雑な音声を発するのには不向きだ。
だからエヴァーンとは念話で話してた訳だし。
竜同士であれば咆哮と唸り声で最低限の会話ができる。
後は魔術で音を出すことが多い。
だから、一旦あらゆる混乱を脇に置いておくとしても発せられた声に対して俺がとっさに取れる行動がないのだ。
ただ、目の前に浮かぶ物体はそんな事分からないだろうからな。
どうしよう。
「ヘイ!聞こえてんのか?
聞いてたら返事を所望してるんだが?答えろよ。
………あれ?おっかしいな。
あいつの言い分的に来るのは知性ある奴だと踏んでたんだけど……。
騙したのか?
もしくは何かの手違いか……。
……まぁ知性がないなら適当に乗っ取ればいいか。
いや適合者じゃないなら乗っ取っても無意味だしな。」
後半は俺に向けて話すというより一人で呟く感じになってる。
しかも割かし不穏な内容だ。
乗っ取るってなんだよ。
齟齬があるまま何かされちゃかなわないから、慌てて前足を持ち上げて培養器の透明な部分を軽く叩く。
「あん?
んだよ。
それはどう言う意味合いの意思表示だ?
情報が少なすぎて理解できねぇっつーの。
何を言いてぇんだよ。
いや、本能で叩いてるだけか……?」
最後の一言に全力で首を振る。
「なんだよ、言葉は分かってんのか?
あー、なんだ、じゃあお前喋れないのか。」
理解が早くて助かる。
首を振る。
「はあ?まじで言ってんのか?
何で喋れねぇの?
うわ、面倒くさ。」
ゴポッと泡を出しながら心底怠そうにそう言われた。
んな事言われても困る。
こっちだって聞きたいことあるのに話せないから困ってるんだけど。
「それは想定してなかった。
あー、じゃあ念話するぞ。
こっちに繋げろ。」
……それも出来ない。
俺は魔術が使えないんだ!
「ヘイ!早くしろよ。
長い間待ったから待つ事には慣れたが焦らされる事には慣れてねぇぞ。」
球体の表面に沢山ある眼球をギュッと細めつつそう言われる。
それでも俺は黙って見つめることしかできない。
「は?なに、お前もしかして念話も使えないの?
話せない上に念話もできないとか知的生命体やってる意味あんの?」
すげぇ罵倒される。
仕方ないじゃないか。
声は物理的な問題で魔術は病気的な問題なんだから。
と言うかそっちが念話使えよ。
「はぁ、じゃあ仕方ない。
昔ながらの使い古された手法をとるしかねぇ。
幸い斬新さはこの際求めてないしな。
文字は分かるか?
分かるならそこの紙に返事を書けよ。
それとも俺様をアッと驚かせるような意思疎通方法があるならそれでもいいぜ。」
……。
球体からニュッと触手が伸びて培養器脇にあった机の紙を指す。
アッと驚かせる手段を少し考えるけど、思いつかない。
当たり前だけど。
そんな手段があったらエヴァーンと最初に意思疎通図る時に苦労してない。
大人しく魔領法で紙を取ってくる。
……この紙もさっきと同じく研究内容をまとめた紙か。
内容が気になるけどここで読み始めたら何言われるか分かったもんじゃない。
幸い裏側が白紙だから書いた後でも読めるけど……。
……何で書くんだ?
ペンは見当たらない。
「何をしてんだ?
ほら、紙があるだろ。
なんか書いてみろよ。」
いや、書く物が無いんだって。
「書くものでも探してんのか?
お前の身体には色の着いた液体が流れてんだろ?
それを有効活用しないでどうする。
何の為に流れてんだよ。」
いや、少なくとも文字を書く為に流れてる訳ではないと思う。
えー、血で書けってか。
……まぁ、痛み耐性高いから血を少し出すくらいいいけどさ。
大人しく前足の一部を切って、そこから魔領法で作った管をぶっ刺す。
管の先を細くして少量だけ出るようにすれば疑似ペンの完成だ。
……パッと見だと血が線になって紙に伸びてるだけだな。
「え、マジで血で書くのか?
気持ちわる。
ま、何の能力か分からんけどそれで書けるならいいや。
机の下にペン余ってただろうけど今使えるかわかんねぇし。」
……コイツ。
俺が黙々と血文字を書く準備を整えたらそんなこと言いやがった。
コイツに聞きたい事が無かったらもう立ち去ってる自信があるぞ。
「ま、いいや。
じゃあ意思疎通取れそうだし本題に入るか。
俺様の要求は一つだ。
ここから出たい。手伝ってくれ。」
手伝って欲しいのによくそんな態度が取れるな。
とりあえず紙に書こうとしたけど、そんな事しなくても空中に魔領法で文字書いてそこに血を流したら物理的に見れるか、と思いついて空中に文字を書く。
『そもそも、お前は誰で何で出たいんだ?』
と書いて見せる。
「おいおい、鏡文字になってんぞ。
相手の事思いやって無いからそんな事になるんだ。
ちゃんと相手の視点になって物事を考えないとダメだぞ。」
イラッとするのを堪えて無言で文字を回転させる。
「俺様か?
誰ってそりゃまた哲学的な問いだな。
誰も自分が誰かなんて知らずに生きてるだろ。
次の質問だが、何で出たいかって聞かれると困るな。
逆にお前は閉じ込められても出たいって思わない変わった性格してんのか?」
……あんまり答えになってないな。
うーん、どう返そう。
なんかコイツの性格的に抽象的な質問してもはぐらかされる気がする。
ので一個ずつ確認するように聞くのがいいかな。
まぁ、その前に自分の状況を思い出した。
先に大事なことを聞いておくか。
俺は今ここがどこなのか分からない。
自分の現状確認をするための質問を先にするべきだろう。
『ここはどこだ。』
「ここか?
ここは禁術保管庫の一角だ。」
あー、そういう事じゃない。
まぁ聞き方が悪かったか。
『聞き方を変える。
ここはなんと言う名前の国なんだ?』
「国?
ああ、そういう事か……。
ここはエレガンティア魔術都市の中央錬金大学の地下だ。
……まぁ俺が閉じ込められてから変わって無ければ、の話だけどな。
この回答で満足か?」
エレガンティア……?
エレガンティア!?
インジェノス帝国とは別の国どころか別の大陸じゃねぇか!
はぁ?
どういう事だよ。
……とりあえず何でそんな遠くに居るのかは分からないけど認めるしかない。
一応コイツが嘘を付いてる可能性があるかもだけど、現時点でこの質問に嘘を付くメリットはなさそうだし。
むぅ。
じゃあ、気を取り直して、取り敢えずはコイツ自身の事を聞こう。
逃げたいって言ってるけど閉じ込められてるって事は危ないって事だろ。
俺は研究の紙読んだだけだけどさ。
『ここの研究論文は少しだけ読んだ。
お前がNo.73だろうって思ってるけどあってるか?』
とりあえず確認。
今度はちゃんと書いてから文字を回転させる。
「ああ、正解だ。
研究者共は俺様をそう呼んでたな。」
ふむ、じゃあコイツが研究を凍結に追いやった張本人って訳か。
何がそんなに危険だったのか分からないけど。
そこまで考えると、研究結果と照らし合わせた時点でいくつか分からない点が出る。
まず、なんでそこまで明確に自我が存在するのかとかね。
ここら辺は知識欲に動かされてる気がして、この場で聞くのはあんまり良くないって分かってるけど聞いてしまいたくなる。
急いで無いから聞いてもいいかな……。
いや、吸血欲求のリミットはあるから急いではいるけど。
ああ、じゃあ先にそれを聞くか。
『ここら辺で血を吸える場所はあるか?』
自分で書いておいてなんだが随分と猟奇的な質問だ。
初対面の相手に聞くことじゃ無いな。
……まぁ、相手も初対面の相手にする態度じゃなかったからお相子って事で。
相手も別段その質問に思う事もなかったのか普通に返答してきた。
「あん?なんだ急に?
血?血か、血ね。
手段を問わずって言うならいくらでもある。
俺に手を貸すなら俺の血をやってもいい。」
いや……それはちょっと……。
と言うかコイツは血が流れてんのか?
むう、まぁコイツの言を信じるなら近くに生物は居るらしいな。
嫌そうに少し顔を歪めたのを見たのか続けて声を出した。
「ま、何の血がいいのか知らんが何の血でもいいなら地上にいくらでもあるだろ。
竜限定とか言われると厳しいけどな。」
ならいいか。
じゃあ、暫く質問に時間をかけてもいい訳だ。
いや、好奇心以前にそもそもコイツを放っていいのかってのも決めないといけないみたいだし。
まぁ、気になるので次の質問。
『何でお前はそんなに知性がある?』
「何で貴方は頭がいいんですか?って聞いてるのか、それは。
俺様は生まれつき頭が良いからな、ってジョークは置いておいてやろう。
答えは簡単で俺が他の実験体と経緯を別にしているからだ。」
ふむ、経緯を別に?
どういう意味だ。
気になって追加で質問を書こうとすると続けて声がかかる。
「ヘイヘイ、俺様は誠意をもってお前の問いに答えてやってるぞ。
って事はお前は俺をここから出してくれるんだよな?
まだ最初に頼んだ事に対する返事を聞いてないと不安になっちまうよ。」
むう。
質問をしてから決めたいんだけど……。
『お前を出してもいいのか判断しかねる。
から、お前と話をしてから決めたい。』
どう返そうか迷ったけど素直に文面にする。
「おいおい、何でそんなこと判断する必要があるんだ?
俺様は独りでこんな寒くて暗い場所に不当に閉じ込められた被害者だぜ。
何でそんな可哀想な奴を助けるのに迷う事があるんだ?」
怒ったように球体の身体が伸び縮みして俺を見る目がスっと細められる。
絶対そんな感じではないと思うけどな。
被害者かもしれないけど加害者でもありそうな感じがする…。
いや、偏見だけどさ。
『まぁ、質問させてくれ。
俺はお前が無害かどうかなんて判断付かないんだ。
経緯を別にって言ったけどどういう事だ?』
続けて質問をする。
「俺の問いにも答えてくれよ。
少なくとも俺はお前を害する気はないぜ。
……まぁいい、特別サービスだ。
答えてやんよ。
経緯を別にってのは文字通りの意味合いだぜ。
他の実験体の奴らは魔獣から抜き取った魂を封縛結晶を経由して身体に入れられてた。
魔獣って言ってもピンキリだからな。
拒否反応を起こして死ぬ奴が多かった。
そもそも入った時点で死にかけてる奴も居たな。」
相手の質問には答えてないから怒られるかもしれないと恐る恐るだったけど、存外素直に口を開いてくれた。
「だから俺を作ろうとした研究者は考えた訳だ。
予め決まった身体から抜き取ってしまって、別の身体に入れるんじゃ魂は適応しないんじゃないかってな。
身体と魂は結び付いてるんじゃないかって。
だから拒否反応が起こらないように予め精神だけで生きている奴を使おうとしたのさ。」
『精神だけで生きてる奴?』
「ああ、魔界の妖魔だ。
精神生命体の妖魔であれば元から体が無いから拒否反応もしないだろうって考えたんだろ。
序に妖魔は長生きで知性を持った奴らが多いから身体の具合を聞けば研究が飛躍的に進むってな。」
まぁ、そうだろうな。
妖魔ってのは初めて聞くけどそんな精神だけで生きてるような種族がいるのか…。
肉体から肉体の移動で消耗するなら肉体が無いのが自然の奴に肉体を与えればいいって発想は分かる。
「だけど、その実験は見事失敗。
妖魔を入れる器となる身体が貧弱すぎて生半可な核と触媒を使った入れ物に入れたら、器となる身体の方が死んじまったのさ。
だから研究者は最も強いと考える核に最高の触媒をかけた器を作ろうとした。」
ふむ、身体が弱いなら強い体を作ればいい。
理に適ってるね。
「そして、実験は無事に成功。
そいつらが作った身体に俺様が召喚されたって訳だ。
器である身体は死ぬことなく耐えた。
ま、俺様自身がそこまで高位な妖魔じゃなかったのがでかいな。
自分で言ってて悲しいが。」
……なるほど、そういう事か。
だんだん読めてきた。
ただそれだと気になる点がある。
『でも成功したんだろ?
じゃあ何で実験が凍結って話になるんだ?
お前に質問して実験が発展する話じゃないのか?』
「いやいや、そんな物事が簡単に進んだら苦労はしねぇよ。
そもそもお前が知ってるか分からんけど、妖魔召喚術式はな一種の短期の隷属契約なんだよ。
妖魔を呼んだ術者は妖魔に命令を与える、代わりに命令を遂行した妖魔は魔界に帰る事ができる。
そういう短期契約なんだよ。
その際に隷属しておかないと俺達妖魔は術者を殺しちまう。
精神生命体の俺達にとっちゃこっちの世界で身体を作るってのはめちゃくちゃ負担だし不快なんだよ。
だから呼んだ術者も不快だって簡単な発想さ。
術者を殺せばさっさと元居た魔界に帰れるからな。
つーか、あいつらのやってる事はほぼ拉致だぜ拉致。」
まぁ、そりゃ無理やり呼ばれて嫌な環境で働けって言われたら腹立つわな。
俺も身に覚えがある。
「俺様も例に倣って隷属契約させられてた。
ただ、その隷属契約は精神生命体を縛る術式でな。
造られた身体へと受肉した俺には該当しなかって穴があった。
そこら辺の細かい縛りを把握してなかったのは、召喚術式をしっかり理解していない錬金術師がやっちまったせいなんだろうけどなぁ。
本職の召喚魔術師じゃ、まず絶対にしないミスだ。
妖魔召喚術式のミスは自分の死と同義だからな。
だから、俺様は思うままにその場にいた研究員を皆殺しにしたのさ。
さっさと魔界に帰りたかったし。
だが、俺は受肉したせいか呼んだ術者を殺したのに魔界に帰れなかった。
しかも、受肉してるから身体を作る負担もなくて、不快感も無いって気が付いたのは全員殺した後だった。
まぁ、この身体に不快感は無くても人間に文句はあったから殺さなかったかって言われたら微妙なラインだけどな。
更に運の悪いことに俺の身体に使われた触媒の癖が強くてな、空気中じゃ行動に制限がかかるから研究員を殺した後に動けなくなって簡単に捕まっちまった。
そして、殺されるかと思ったが、閉じ込められて封印された。
同時にこの研究をしてた殆どの奴を俺が殺したから、細かい知識と経過を知ってる奴が居なくなってこの研究=危ないって認識になったらしく凍結。
と、まぁ、こんな経緯だ。
この身体を殺せば帰れるのかもしれないが、妖魔が受肉した前例なんてないからな。
それで身体を殺したら精神まで死ぬ可能性を考えると試す事もできない。」
あー、なるほど。
不当に捕まって閉じ込められた、か。
なんだか既視感を抱く、と言うか共感できるよ。
俺も同じ身の上だしな。
『それで、何でここから出て何をするんだ?』
この時点で共感を抱いた俺としては解放してやる方向性に傾いていた。
人間がどうなっても良いから、別にコイツが解放後に人間を殺そうが俺は気にしないしな。
ただ、インジェノスに居た頃には俺は自由になったらどうするのかって、悩んでたから。
だから、コイツが解放されたら何を目標に生きるのか気になって聞いただけ。
「ここじゃ魔界に帰る手段を探すもくそもないからな。
外に出てその方法を探すのさ。
序に痛み無くこっちの世界を堪能できるなら観光するのも悪くないしな。」
情報を集めながら世界を見て回るのか。
ん?
でもさっき、空気中じゃ満足に動けないって言ってた気がするけど。
『……空気中で動けないのにどうやって探すんだ?
ずっと川の中にでもいるつもりか?』
そう聞くと、ニヤッと口角を上げてこんな事を言ってきた。
「いや、そんな面倒臭い事しねぇよ。
そこでいい提案だ。
お前、吸血鬼だろ?
お前の身体の中に住ませてくれよ。
俺の器の素材的にお前とは相性悪くないと思うんだよな。」
は?
「何、悪いようにはしない。
お前にだってメリットはある。
例えば俺ならお前の吸血欲求を何とかしてやれるかもしれないぜ?
他にも色々俺がいると楽になることがある。
お前は身体の中とオドを少し分けてくれればそれでいい。
言わば共生関係だな。
なぁ、悪くない提案だと思うぜ。
どうだ?」
いつもお読みいただきありがとうございます。
やっとスライム君出て来た。
コイツをスライムって言っていいのかは個人にお任せします……。




