9話 解放作戦開始
あれから暫くして首が元の位置に戻り意識も戻った。
気絶したのはアンデットになってから初めてじゃないか?
首が無くなったのを気絶と呼称しても良いならの話だけど。
斬首なんてあまり経験したくないな。
結構怖かった。
エヴァーンが最後に放った飛来する紅刃は俺の後ろに沸いたばかりの爆塵竜もまとめて両断したらしい。
全く運が無い。
出て来た瞬間即死とか同じ竜種として憐れみを感じる。
俺が起きた頃にはエヴァーンが早速分けたのか既に樽には新しい血が並々と注がれていた。
む、なんか甘い匂いが漂ってる。
何の匂いだ?
キョロキョロと辺りを見渡していると俺が動いた事に気が付いたエヴァーンがこちらを振り返った。
「起きたか。
長い間寝ておったのう。」
『そんなに寝てたか?
……寝てたというか意識が無かったんだけど。』
「大凡一時間くらいかの。
前も言うたが頭が飛ぶと意識も飛ぶ故に身体の自由が効かなくなる。
ほぼ戦闘中では致命傷になる故、気を付けるんじゃぞ。」
『一時間くらいか…分かってるよ。
……因みに今回の箱は何が出たんだ?』
「む、ハズレじゃったぞ。」
そう言うとエヴァーンは影の中に手を突っ込んでごそごそと中を漁り、影から透明な道具を取り出した。
「ただの魔導ランタンじゃのう。
既に魔道具での再現かがされて安くなった品じゃー。
まぁ、一応細かい調節機能とかはついておるから、こちらの方が品としては優秀なんじゃろうが……。
それでもそこまで高い値は付かんのう。
正直、下手な幻想遺物より魔導鉱石とかの素材の方が嬉しいと言うモノよ。」
そいつは残念。
樽の方に目をやってエヴァーンに尋ねる。
『それ、新しい血か?』
「そうじゃよ。
さっき血抜きで分けたんじゃ。
……と言ってももう暫くでここを発つ故にあまり意味のない行動じゃったが。」
『なんかこの前までと違って甘い香りがする気がするんだけど。』
「いや、別段以前の爆塵竜となんら変わりは無い。
逆に変わったのはお主じゃと思うぞ。
近くで爆塵竜が死んだことで個体進化を果たしたんじゃろ。」
あー、気絶してて完全に忘れてた……。
そっか、ついに進化したのか。
言われて自覚したからか酷く喉が渇いている事に気が付いた。
「成程のう。
妾は従属種じゃった故に屍鬼人から吸血鬼への個体進化は経験しておらんのじゃ。
匂いも変わるんじゃな。」
『前は凄く生臭く感じてたけど、今はいい香りって感じるな。
不思議だ。』
「ほれ、飲んでみるか?」
そう言いうと、エヴァーンの頭大の球体の血液が操血術でこちらへとふわふわ移動してくる。
む、早速か。
心の準備がって思ったけど普通に喉が渇いたので飲むか。
どうせこれから先ずっと付き合う訳だしな。
意を決してがぶりと球体に噛み付く。
かなりしっかりと血の味がするが、不思議と生臭いとは感じないな。
寧ろコクがあって甘みが僅かにある気がしてくる。
と言うか普通に旨い。
直ぐに飲み終わってチラッとエヴァーンを見ると、苦笑して次の球体を送ってくれた。
それを三回くらい繰り返したところで、自分で飲めと樽ごと渡されたので渇きが癒えるまで飲み続けた。
「全く、よく飲みおってからに……。
もう半分もないぞ。」
『悪いな。
思ってるより喉が渇いたんだよ。』
「むぅ。個体進化でエネルギーを使ったんじゃろうな。
それに吸血鬼は位階が下であるほど必要な吸血量が多くなるからのう。」
『ん?位階が上がったら必要吸血量が下がるの?
逆じゃない?』
強くなったのならその分その力を発揮する為により血が必要になりそうな気がするけど。
「そうじゃよ。逆ではない。
下位吸血鬼が最も吸血欲求が強く多量の血を必要とする。
……しかもお主は体躯的な問題故に必要量も増えておると推測するのう。
上位になればなるほど力の保持に必要なエネルギーが減るんじゃよ。
身体の効率が良くなるとでも言えばいいのかの。
まぁ、逆に戦闘などで力を発揮した場合は対価に相応の血を必要とするがの。
少なくて済むのはあくまで普通に暮らしていた場合の話じゃ。」
『……一番弱い状態が一番吸血欲が強いって中々きついね。』
「まぁ、そうじゃのう。
じゃから妾も下位の頃に苦労した記憶が多い。
実際にもっとも吸血鬼が滅されやすい時期でもある。
上位吸血鬼まで行けばそうそう滅びる事は無いからの。」
まぁ、慣れるしかないか。
俺的には15メルトもある竜の血液丸々一匹の半分でようやく満たされたって事実が少し怖いが。
え、今後ずっと竜を狩って飲まないのいけないのかな?
『頻度はどの位なんだ?
吸血欲求の。』
「む、うーむ、そうじゃなぁ。
結構個体差もあるんじゃが、渇きが完全になくなるまで飲んでから大凡一週間と言ったところかの。
じゃが、二週間近くもつ者もおる。
妾は十日くらいじゃのう。」
そっちは別に位階に応じて変化は無いのね。
うーん、じゃあ一週間に一回は竜を狩らないと駄目なのか。
中々面倒くさい。
と言うか竜天獄以外にどこに竜が生息してるかなんて知らないぞ。
人間の血でも俺の場合代用できるのかどうか知らないけど。
……いや、人間の場合だと一回の吸血で何人殺さないと駄目になるのやら。
「まぁ、あまりそう不安がるでない。
言うても今回は初回の吸血故に必要量が多かっただけじゃ。
普段は今回の二割くらいの摂取量で済むじゃろうて。
別段、傷を負ったり能力を無暗に使ったりせん限りはのう。」
無言になったので不安が伝わったのかエヴァーンがそう言った。
むぅ。
確かに今不安がっても仕方ないか……。
そう考えてると、俺の前足が独りでに動き首のタグを押した。
ああ、意識が戻って怪我ももうないって事で命令権が効果を発揮したのか。
同時に第五階層へと歩きはじめる。
起きてから直ぐだったな、案外時間が無い。
「む、ああ、命令か。
しまったの、怪我をさせておけばよかったか……。
まぁ、タグを押してしまった以上仕方あるまい。
続きの話は道中でするかのう。
別段、途中の魔獣にはもう手古摺る事も無かろう。
適当に魔領法で薙ぎ払いつつ先へ進むとするか。
速度重視で良いぞ。」
俺が突然背を向けて歩き始めた事で一瞬疑問に思ったみたいだが、すぐに命令に思い当たり背中に飛び乗ってきた。
血の樽は影に仕舞ったみたいだ。
抜かりないなぁ。
そのまま、歩く俺の背に乗って話し続ける。
「さて、では無事に個体進化を果たしたことで今後の作戦を復習するかの。」
『あれ、と言うか俺は今回の戦いで全く爆塵竜の死に関与してないんだがなんで進化したんだ?』
「むう、なんじゃ。
細かい事を気にするのう……。
個体進化は死んだ生命体からエネルギーを吸収する事で生物がより強固な物に進化する、と今のところは学者に言われておる。
まぁ、妾たちを生物と呼んでいいのかはこの際おいておこうかのう。
単純にお主が爆塵竜の死に起因するもので無かったとしても近くでその死を吸収したからじゃろう。
まぁ、死に起因した妾よりは少なかったじゃろうが、それでももう少しで個体進化する直前で一部とはいえ大物のエネルギーを吸った結果そうなっただけじゃ。
そもそも、あまり研究の進んでおらん分野でもある。
細かく気にするでない。」
……まぁ、言われてみればそれもそうか。
もしそれで進化しないなら十日ごとに沸き続ける爆塵竜をエヴァーンが倒し続けたら練習期間がずっと取れる訳だしな。
「もう良いか?
話を戻したいんじゃが?」
『ああ、ありがとう。
大丈夫だ。』
「うむ。
では、今後の段取りについてじゃ。
この後は第五層で待機じゃな。
そして迎えの者と合流して帝都へ戻る事になるじゃろう。
おそらく、迎えの者を寄越した時点でシド本人はお主の吸血竜としての縛りを強める契約術式の準備に取り掛かるものと思われる。
シドがお主の進化を知ってから妾たちが帰るまで一日は絶対にかかる故に、急いで準備された場合は殆ど時間が無い。
前例がない故にどれほどシドが急ぐか分からんが、帝都に帰ったらすぐに作戦を開始したいのう。
じゃから、帝都で夜になればその時点で行動開始じゃ。
お主は魔領法の腕を妾の身体に触れさせるとよい。
そのまま、妾がシドの奴の書斎まで案内する。
以前入手した遠写しの魔結晶で会話しながら先へ進むぞ。
後はお主に妾の契約書を破棄して貰えばそれで問題ない。
……長くなったが何か疑問点はあるかの?」
うーん。
前にも聞いた話だしな。
ああ、でもさっきの模擬戦を踏まえて一個だけ結構大事な疑問点がある。
『さっきエヴァーンと模擬戦するまで魔眼の存在を知らなかったけど、魔眼の保持者ってどのくらいいるんだ?
城に居る奴らを把握してるのか?』
「ああ、そうじゃのう。
まぁ、魔領法の腕を見られてしまうとなかなか拙い事態じゃからな。
魔領法を知っておる奴はおらんでも長い何かが敷地内を徘徊しておって放置する奴はおるまい。
故に妾たちの時間であると共に、あまり人間の動かぬ夜に行動を移す意味合いもあるんじゃが……。
妾が把握しておるだけでは魔力を可視状態で見れる数は三人じゃ。
一人目は騎士団総団長のザミエール。
二人目は第一魔術師隊隊長のアーグレックス。
三人目は第六魔術師隊副隊長のグスコーポ。
ザミエールは帝城勤め故に基本的に同じ敷地内とは言え研究塔の方にまで顔を出すことは無かろう。
アーグレックスとグスコーポはシドと同じ研究塔じゃが所属は別じゃし、夜中まで起きてる事は稀有じゃ。
と言うより夜に起きてる事の多いシドがどちらかと言えば例外なんじゃが。
他にもおるかもしれんが正直把握し切れてはおらんな。
三人も有名じゃから知っておるだけじゃしな。」
うーん、成程。
取り敢えずその三人は絶対警戒、他にも魔眼持ちは居るかもしれないから正確には分からないと。
「まぁ、魔眼と言うても全ての魔眼が魔力を見れるわけではないしの。
幻術の類を見破る真理眼、見た物を石化させる呪石眼、対象を鑑定する鑑定眼、等々魔眼と言っても色々ある。
そもそも魔眼を持っておるのは極一部じゃからその中から魔視系等の魔眼がタイミングよく場に居合わせる事はそうそうなかろうよ。
その為に夜に行動を起こすんじゃからな。」
でも魔視系等の魔眼が魔眼保持者の中では割合的には一番所持者が多いんだろう?
まぁ、魔眼とかの知識は俺は持ってないからエヴァーンがそう言うなら信じるしかないだろう。
分からない事を議論しても仕方ないしな。
「さて、他に聞きたいことは何も無いかの?」
『む、そうだな。
一応気を付けるべき人物を教えておいて貰いたい。』
「気を付けるというのは何に対して気を付ける、なんじゃ?
ばれると言う意味では先に挙げた三人以外にはおらんが。」
『う…。
うーん、もしばれて戦闘になった際の事かな?』
「もしばれた場合は以下にシドにばれずに事を収められるかにかかっておるの。
妾もお主も追加で命令と制約をかけられたらその場で終わりじゃ。
それを除いて単純な戦闘能力で言うなら……ふむ。
そうじゃなぁ、さっきも言うた騎士団総団長位かの。」
『えーっと、ザミエール?だっけ?』
「うむ。
ザミエール・バクドーサー。
インジェノス帝国騎士団総団長兼近衛兵団団長じゃ
こやつは、ヒュマスにも拘らず凄まじい実力を持っておる。
加えて国から強力な魔道具や幻想遺物の貸与もある。
お主だけどころか妾と二人で立ち向かったとしても打ち勝つのは厳しいじゃろう。
……逃げるだけなら何とかなるじゃろうが。
故にもし立ちはだかった場合は即座に逃げる事のみを考えよ。」
『そんなに強いのか?』
「国宝である神剣を貸し出されておるしのう。
後は単純に加護の量が多いんじゃ。
国家機密らしくあまり詳しくは調べてられておらんが実力だけは確かじゃな。
まぁ、戦わないどころか関わらないに越したことはあるまい。」
なんにせよ気を付けるべき人物は三人なのね。
エヴァーンとは会話しながら先に進むから問題ないだろう。
遠写しの魔結晶もあるしな。
書斎までのルートや人との接触を避けるための道順とかは全部エヴァーンに任せてある。
俺は未だに地下室と中庭位しか把握してないからな。
「さて、ではもう疑問もないかのう?」
恐らく今は大丈夫だ。
二人で自由になってからどうするか気になったが、それは別段今聞かなくてもいいだろう。
それこそ自由になってから聞いたって遅くないはずだ。
後は適当に雑談しつつ第五階層を目指す。
魔領法を使って出来る限り急いだからか、大体一日ちょっとで第五階層まで戻る事が出来た。
途中の魔獣はほとんど放置だ。
まぁ、階層を跨いで襲ってくることもないからな。
第五階層には既に迎えの人員が待機しており、エヴァーンの予想通り俺の全身をすっぽりと覆う布を持ってきていた。
まぁ、着ないとこの階層から上はアルーダみたいに燃え上がるんだろうなぁ。
よく人間は身体の周りを布とかでごてごて覆っても平気でいられるよね。
因みにエヴァーンの体を覆ってる赤いドレスはエヴァーン自身の血と素材で作られた魔道具らしい。
本人に合わせて再生と実体化が出来る一品なんだとか。
吸血鬼の魔道具職人で作ってくれる人がいるそうな。
まぁ、普通の服とかは千切れたりしたら身体と違って治らないもんね。
俺は要らないけど。
全身をすっぽりと覆われた不快感を我慢しながら第一階層まで歩いていく。
迷宮の外に出ると幸い夕方近くで移動用の檻に入ってからは檻の周りを布が覆ったから不快感は無くなって助かった。
そのままいつものように檻に入れられて帝都へと運ばれていく。
このタイミングだと俺が到着する頃にはちょうど夜か。
もう戻ったらすぐに作戦実行になりそうだ。
丁度、夜中に差し掛かる頃合いに帝都に到着した。
いいタイミングだ。
帝都でもうこの二年で見慣れた空間魔術の移動用魔術陣で第零魔術師隊の研究塔地下へと送られる。
いつもの経験上、昼間ならここから迷宮の出の戦闘の成果に関する検査とか行われるが、夜の場合は後日に回される。
今回は吸血竜に進化した夜って事で夜中でも何かアクションがあるかと、地下室で暫く待機していたが誰も来なかった。
そこから更に月が傾いてきた頃合いに影からエヴァーンが出てくる。
「これを持っておれ。
作戦でも言うた遠写しの魔結晶じゃ。
妾の結晶と対になっておる。
これで移動しながら作戦を伝えるからの。
残念ながら念話は距離が遠い故にお主の声は聞こえんが何かあれば魔領法で随時伝えるがよい。
魔眼は使っておく故に魔領法で宙に字を書けば通じるからの。」
『分かった。
じゃあ気を付けてな。』
「ああ、これで不自由な生活ともおさらばじゃ。」
俺は細く伸ばした腕をエヴァーンの肩に置く。
肩に俺の魔領法の腕が乗ったのを確認すると、エヴァーンが地下室から出て行った。
扉は閉められるが扉下にある隙間から引き続き腕をエヴァーンに密着させる事が出来る。
エヴァーンは辺りを警戒しながら少しずつ先へと進んでいってるみたいだ。
さて、作戦開始だ。




