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死した竜の物語  作者: 獅子貫 達磨
第三章 吸血竜の邂逅
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5話 命令の裏をかく方法

時間が無い、か。


まぁ、正直なところを言うと薄々ながらそろそろかな、とは思っていた。

大凡、死肉竜から屍鬼竜に個体進化するのに一年ほど。

であるならば、アルーダや他の文献の成長率から考えると俺が屍鬼竜から吸血竜に個体進化するのに二年はかかる、筈だった。


大体の死霊魔術師の研究によると屍鬼竜から吸血竜への変化にかかる日数は死肉竜から屍鬼竜への変異の大凡二倍の時間がかかる。

ただし、この二倍って言うのが独り歩きしたした通説になっているのが曲者で、元の文献を調べるのに結構時間がかかった。

元の文献に記されていた二倍である条件は()()()()()()()()()()()()()()()の記録なのだ。

厳密にはずっと一定の敵と毎日戦わせた場合のアンデット三十体ほどの戦闘記録による総合的な結果らしい。

故に迷宮の下の階層に下りれば降りるほどに敵が強くなる、と言う構造と併せて考えると、俺の戦う相手は徐々に強くなっていっている訳で、その分俺が吸収するエネルギーもおそらくはそれによって上昇していたんだろう。


だから、大凡半分の期間で吸血竜になる事が出来たのだ。

……想像以上に早すぎたとは言えるし、通常であれば喜ばれるべき成長速度でも、現状はあまりよろしくないが。


エヴァーンとは既にこの話はしていて、その時の彼女の見立てでは一年半くらいだろうとの見積もり結果だった。

ただ、その見立てより早く成長したのか、思っていたより深い階層まで行ったのか。

実際のところどうなのかは分からないが、現実問題として俺が進化直前になっている以上時間が無い事に変わりは無いだろう。


俺がそもそも一年前の屍鬼竜への個体進化後から迷宮に潜る度にシドから出された命令は「可能な限り深い階層に行き魔獣を倒せ、ただし身体を最優先し慎重に。手に余ると感じた階層より先へは行くな。傷を負った場合は安全場所で癒えるまで待機、吸血竜に個体進化した場合はタグで連絡後に第五階層で待機」と言う物だった。

因みにその命令の際にタグに簡易魔術が施されて、中央部を押すとシドに連絡が行く仕組みになっているらしい。

まぁ、さっきのエヴァーンの話から察するに、フードと言うか全身を日光から守るための布が無い俺が、吸血竜に進化したら上層の日光が降り注ぐ階層の踏破は難しいだろうからな。

迎えが来るんだろう。


「まずいのう……。

 余裕を見て一年半程度と思っておったが、想像以上に進化の速度が速かったか……。

 もう少し、魔領法への練習時間を割いておくべきじゃったかのう。

 お主、今は有効距離は三百メルトだと言っておったな?」


うん?ああ、この前聞かれた時か。

確かそう言ったはず。


『ああ、大体だけどな。

 厳密には測ってないから体感そのくらいって感じだけど。』


「うむ、では聞くがお主の有効距離が二百メルトだったのはどの位前じゃ?」


え、うーん。

二百メルトだった頃か……。

えーっと、それなら多分だけど今回この迷宮に潜り始めてから何日かしてだったかな……?


『厳密には覚えてないけど今回、ここに潜ってから何日かしてだったと思う。

 十階層に到達する頃には二百メルトは超えてたかな。』


タイラントウルフと戦う前に有効距離を測ったのを覚えている。

その時で既に二百は超えてたって記憶してるな。


「むむむ……。

 そうなると、大凡四十日ほど前じゃのう……。

 お主が後半になって加速度的に成長してる事を鑑みると五百メルトに到達するまで今まで通りに戦った場合じゃと大体三十日位か。

 五百は正直なところ余裕を見た目算の有効距離であるが故に、一応は四百五十程度でもよいの。

 そう考えるのであれば二十日間程度見ればよいかのう……。」


『あと半年くらいかと思ってたにしちゃ、随分と期限を短縮できちゃいるが、それでも流石に下の階層に下りて戦ったら絶対に先に進化するぞ。』


「分かっておる。

 お主が喉の渇きを覚えたという事は、ワイバーン程度の相手を十程度も仕留めればほぼ完全に進化が始めるじゃろう。

 まず、時間が足りん。」


うーん、詰んでないか?


「故に仕方無いが緊急処置じゃ。」


『緊急措置?』


「うむ、賭けになる故にあまり使いたく無かった手なんじゃがな。

 お主にはここから次の爆塵竜が出てくる十日ほどはここで魔領法の練習に費やしてもらうぞ。」


『は?いや、そもそもここに居続ける事はきついだろう。

 俺の出された命令は「可能な限り先に行け」だぞ。

 あんまりにもここでじっとしてると強制的に体が動いて下に行っちまうだろうよ。

 多分、今こうやって休めてるのは「慎重に」って言うのが適応されているだけで、

 あんまり長い時間は居続けられないと思うが。』


一応、二年間の間で命令される事に関して穴が無いか自分なりに調べはした。

エヴァーンにもアンデットに対する命令の詳細の話を聞いたしな。


分かった事は、自我が無いアンデットは基本的に術者が想定した内容で動き回る。

つまり、複雑な事は無理だが単純な事であれば基本的に術者の考えがそのまま反映されるみたいだ。

例えば、今の俺が受けている命令みたいに「迷宮の下に慎重に行け」っていう漠然とした内容もどんなふうに慎重かって言うのはシドが命令を下した時のシドの価値観と考えで自動的にアンデットが受け入れるようになっているんだろう。


ただし、自我のあるアンデットは別で受けた命令を自分の中で解釈してそれを遂行する。

極論、命令に反していないと解釈すれば自由に動けてしまう。


まぁ、だから自我が芽生える吸血鬼の段階で死霊魔術師はより一層自分の配下であるアンデットを契約術式で縛り直すのだ。

命令で拡大解釈されても殺されずに済むように。

どう受け取ってどう解釈しても自身の不利益な行動は行わないように。


それで言うなれば今の俺は自我が無いと思われて、シドの思い描いたように動いている、とシドは解釈しているだろう。

実際は俺の解釈で動いているが、単純な命令故に背きにくい。

そこら辺はシドもあんまり意図してないんだろうけど。

まぁ、そもそも自我の無いアンデットに複数の解釈方法の取れる複雑な命令を下した場合には動かない可能性があるらしいから、それを懸念して極力単純な命令になるようにしてるんだろう。


例えば命令が「強くなるためになんとかしろ。」とかだったなら、俺の解釈では魔領法の練習は強くなる手段であるが故に、エヴァーンの言うこの場での十日間の練習を行うのになんの縛りもなかっただろう。


ただし、そうじゃない。

今回は強くなるための手段が「戦え」と命令の中に明確に組み込まれてしまっている。

まぁ、厳密にはシドの目的は俺が強くなることじゃなくて個体進化だからそれはただ真だろうけど。

「慎重に」の解釈も俺が無意識にある程度戦ったら英気を養うために一晩程度休憩する、って感じでの俺の解釈で有効になっている。

だから、少しの間は休めてもその一定以上の休憩時間は取れない。

俺が少しの休憩と認識できなくなるからだ。


「わかっておる。

 普通にしておれば無理矢理にでも下層に行かざる得なくなるじゃろう。

 じゃから、あまり使いたくなかった緊急措置なんじゃ。」


緊急措置って。

何かここに居続けられる手段でもあるのか?

次の階層への入り口をふさぐとか?


そう俺が聞こうとした。

その時。


いつの間にか立ち上がっていたエヴァーンが俺に向き直る。

そして、無造作にスッと手を横に薙いだ。


同時にブシュッっと軽いと音共に俺の右前足が根元から切断された。

一瞬遅れて鈍い痛みと熱が腕を刺激する。


『っっっっ!!!!

 何すんだ!』


「命令内容の裏をかくのじゃ。

 普通で休めないのであれば、休まざる得ない状況にするしかない。」


一瞬何を言われているのか分からなかった。

が、痛む前足を無視して少し考えて納得する。


……ああ、「傷を負った場合は安全場所で癒えるまで待機」か。

怪我をすれば休み続ける事が出来る、と言う事だな。

今はこの階層は十日間は安全な場所だしな。

道理だ。道理だけど……。


俺の腕からはすぐに出血が止まり、傷口から徐々に再生が始まる。

今では腕を失っても肉を摂取すれば新しい腕が生えてくる。

まぁ、生え変わるのに数時間程度はかかるが傷の治癒だけでなく新しく組織を再生できるのは便利だ。

……逆に言えば数時間おきに腕を切り飛ばされないといけないのか。

俺が納得していると、腕を切り飛ばした後、なぜか緊張していた様子だったエヴァーンが俺が動かないのを見て弛緩する。


「ふむ、懸念していた賭けには勝ったようじゃな。

 五分五分じゃったからなぁ。

 やはり自我があると命令者の意志よりも解釈が優先されるようじゃな。」


『……どういう事だ?』


「そもそも、あまりこの手段を取りたくなかった理由の一つにお主と敵対する可能性があったからじゃ。

 命令内容の魔獣を倒せは、シドの命令に込めた意味合い的には害をなしてくる敵を倒せと言い換える事が出来るじゃろうからのう。

 妾が危害を加える事でお主の自我は置いておいたとしても、命令内容的に妾を敵と見なす可能性があったんじゃ。

 そうなった場合は妾とお主が敵対し、今後の行動に差し障りが出る故に使用するのは、こういう緊急時、もしくはそもそも使わなくても良い状況が一番じゃった。

 まぁ、今回の結果を見るにお主に対して明確に殺意を抱かない限りは敵対とはみなされないようじゃな……。

 やれやれ、これが分かっておればお主と模擬戦でもなんでもやったんじゃがのう。

 いや、逆に今となったとしても分かって良かったというべきかの。」


ああ、だから俺が敵対しても即座に動けるように警戒してたのか。

確かに命令の強制力で身体が動くのは俺にはどうしようもないからな。

ただ、攻撃されても即座に敵って俺が思わなかったから、別段命令自体は反応しなかったって事かな。


「よし、ではこれから十日間の間に何とか魔領法の有効距離を四百五十メルトまで持っていくぞ。」


『いや、練習時間が取れたのは良しとしても、

 十日は無理があるんじゃないか?

 二十日間はかかるってさっき言ってたよな?』


「いやいや、あれはあくまで今まで通りの成長速度だった場合じゃ。

 今までは戦いながらお主に教えつつやっておったからな。

 別段常に魔領法で戦っておった訳でも意識しておったわけでもあるまい。

 今回はその狩りに使っておった力や余力を全て魔領法の周回速度の上昇に費やす。

 それだけの話じゃ。

 まぁ、十日で何とかせねばのう…。

 この場所から上の階層に行っても下の階層に行っても、どう足掻いても一定数の戦いが起きうる限りは進化が完了して帰らざる得なくなる。

 十日経過した場合も、再度ここに爆塵竜が現れ戦いになり、お主は進化するじゃろう。

 故に、十日間が勝負じゃ。

 なんとかせい。

 ……まぁ、厳密には帰りの連絡を送ってから迎えが来るまでの第五層での待機時間があると言えばあるじゃろうが、この迷宮と帝都があまり離れておらん状況からそこでの時間を換算するのは得策じゃ無かろうて。

 その時間は本当の本当に最悪の場合じゃの。

 可能な限り十日間で終わらせねば。」


前足の傷口には膜が貼り、再生を始めようとしていた。

同時に腹が減る。

再生を行う時にはエネルギーを使うんだろうな。


『んで、その十日間で何をやるんだ?』


「ふむ、まぁ、とは言っても実際は今まで通りの基礎訓練を地道にやるしかないのう。

 お主の作った腕同士で負荷を高め合うのが良かろう。

 幸いと言ってはなんじゃが、あの訓練は常に最適な負荷をかけ続けれる故にそれに伴ってパフォーマンスの向上もかなりのモノじゃ。

 後は再度妾と模擬戦かのう。

 やはり、実戦が最も身に付きやすいからの。

 それにお主が帝都に戻って作戦実行になった際は人型の生き物と戦う羽目になるやもしれんのじゃ。

 今のうちに魔領法で人間と戦う訓練と思ってもいいじゃろう。」


十日間の訓練って言っても今までやってた事の繰り返しなんだな。

まぁ、今までやってたのは休む時とかのちょっとした合間だけだったから、みっちり長い期間やるんだとしたらかなり濃縮して出来るかな?


「ただし、注意することだの。

 有効距離を超えて無理に魔領法の範囲を伸ばした場合は魔領法にかけたオドが霧散する故にしっかりと自分の地力を自覚してオドを慎重に使うのじゃ。

 オドが尽きた場合は回復するまで地道に待つしかできなくなる故にオド残量にだけはしっかりと注意を払え。」


『分かったよ。』


泣いても笑ってもこれが自由になれるかどうかの分水嶺だ。

自分の為にも鍛えてくれているエヴァーンの為にも何とかしないとな。


まぁ、どう格好よく覚悟を決めたところで、今まで通り魔領法の訓練はその場で佇んでるようにしか見えない訳だが。

しかも片足ないし。

締まらねぇな。


いつもお読みいただきありがとうございます。

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