17話 誓い
『何、魔術が使えぬなら魔術以外の手法に頼ればよいと言うだけの事じゃ。
お主、解放のための計画前に色々お主が妾に質問したことを覚えておるか？』
計画を聞く前？
えーっと、なんだっけ。
あー、術式とか魔蔵肥大病とかそこら辺の話？
どれだろう。
『いっぱい聞いたからどれの事か分からないけど、大凡覚えてるよ。』
『うむ、呪いの祝福持ちのお主に勧めたモノが有ったじゃろう。』
勧めたモノ勧めたモノ……。
ああ、魔纏法の事かな？
『魔纏法？』
『そうじゃ。』
『それがどうしたの？』
『魔纏法にはあまり知られてはおらぬが応用法がある。』
説明口調に戻りながらエヴァーンが俺に向かって指をたてる。
あんまり知られてない応用法ね。
確かに俺が読んだ本には書かれていなかった。
『応用法と言うより高等技法かの……。
まぁ、言い方なんぞどうでもよい。
名を魔領法と言う。』
『魔領法。』
『うむ。
まぁ、呼び方なんぞもどうでも良い。
魔纏法の概要は覚えておるか？』
『魔纏法自体は自分のオドを身体の中で周回させて、主に身体能力を上昇させる技法の事でしょ？
力、防御、知覚とかが万遍なく上がるって言う。』
ただ、その上昇幅が普通は術式より低くなるからあんまり使われなくなったって言う。
エヴァーン曰く魔纏法自体の強化に依存するのはオドの総量らしいから俺はかなり相性がいいらしいけど。
今のところあんまり実感は無い。
にしても、さっき聞いた話では基本的に周回させ出来る様になれば後はその速度を限りなく上げる事で強化率を引き上げるって話じゃなかった？
応用って言っても強化割合を上げる以外に使い道ってあるのか？
『うむ。その通りじゃ。
では体内で周回させているオドを身体の表皮にまで出せばどうなる？』
『どうなるって……。
別に変らないんじゃないのか？』
『そうじゃな。
まぁ、正確には身体の防御割合に補正がやや入るが誤差の範疇じゃの。
では次に身体の表面から少し離れた場所まで周回させればどうなる？』
離れたところ？
つまり何もない空中にオドを放出するって事か？
そんなの空気中のマナと同化して消えるだけじゃないのか。
そもそもオドはマナがそれぞれの個人的な体質に変化したものだ。
オドは直接的に扱いやすいがマナと比較すると癖が強い。
だから自分のオドと相性のいい術式の場合はオドを消費して直接発動するが、相性の悪い術式の場合はオドで術式のみを構築し、発動には周囲のマナを消費して発動する。
まぁ、相性がいい術式もマナを使った方が消費するオドが少ないんだけど。
ただ、その癖って言いかえれば各々が使いやすい状態に癖がついてる。
つまりその癖が無い状態のマナを使うって言うのは術式の発動に時間がかかるって事だ。
要はオドはマナを個人向けに無理に改良したものに過ぎない。
ある意味でオドは不安定な状態で、その個人個人の体内でしか存続できないのだ。
そしてそれで言うなれば、マナは安定した状態で、オドは身体の外へ出ると不安定な状態から安定した状態であるマナへ戻ってしまう。
例えるならマナは水で、オドはそれぞれに合った体質の色に変化した色つきの水。
湖に少しの色つきの水を入れたところで色が変わらないのと同じで、自分のオドを捨てるだけにしかならいだろう。
『ふむ。
まぁ、普通に考えればマナに戻りオドを無駄に消費するだけとなろう。』
考え込んだ俺に痺れを切らしたのか、先にエヴァーンが答えを言う。
態々意味ありげに聞いたから俺の知識が間違ってるのかと思ったけどあってたのか。
『ただ、厳密には少し違うのじゃ。
体外に出たオドは瞬時にマナに変異するのではなく少しの間はオドとしての特性を残す。
そして、そのオドは体内にあるオドと同様に自らの意志で操作が可能なんじゃ。』
言っている事は分かる。
分かるが、それがどうしたって感じだな。
身体の外に出たオドが暫くオドのままだったとして何かが出来るとは思わないが。
『つまり、身体内のオドの周回速度を上げた状態で体外へオドを放出するのじゃ。
そして、オドがマナへと溶けきる前に魔纏法同様に体内にオドを戻しまた体内を周回させる。
イメージとしては見えない腕が手の延長線上にあり、その手も込みで魔纏法を行う感じじゃの。』
ふむ。
『そして、オドは押し固める事である程度の物理的な実体を持つことが可能じゃ。
魔力弾とかが分かり易いじゃろう。
まぁ、術式で物理現象に変異させた方が圧倒的に効率が良いがの。
故にこっちもあまり使われてはおらんが。』
何と無く言いたいことが分かってきた。
分かってきたが、それを出来るビジョンが全く思い浮かばないな。
『つまり、オドを周回させ身体の外へ放出しマナへと溶ける前に体内に戻す。
そして、その放出するオドを押し固めて物理的な接触力を持てば……って事か？
それが魔領法？』
今まで聞いて内容を纏めると多分エヴァーンが言いたいのはこう言う事だろう。
『察しが良いのう。
その通りじゃ。
そして別にイメージしやすいように手と言っただけでどこから出すのでも変わらん。
腹から出すのも頭か出すのも理論上負担は同じじゃ。
つまり、魔領法は身体の外の空間を自分の体内と同様に領域に見立てその中の物体を好きに操作する技法じゃな。
熟練した魔領法の達人にもなるとその場から微動だにせずに、魔領法で身体から伸ばしたオドの腕だけで周囲の敵を薙ぎ払う事が可能じゃ。』
ふむ、確かにそれが出来れば魅力的だ。
魔纏法を覚えても近づいて殴るってスタイルは変わらない訳だし。
魔術を使えるのが遠い未来になりそうな今の身からすれば遠距離への攻撃手段を手に入れられるって言うのは悪くない。
ただ、理論的には分かるが自分がそれを出来るようになる未来が全く見えない。
イメージがわかないって言うのが近いか。
『何か納得いってなさそうじゃの。
ほれ、こんな感じじゃぞ。』
腑に落ちなさそうなのが顔に出てたのかエヴァーンが声をかけてくる。
と、同時に頭を何かでペチペチと叩かれる。
ん？と思って見上げるけど何もない。
エヴァーンは目の前で地面に座ってるし。
一拍おいて理解する。
ああ、これが魔領法か。
『今、魔領法でお主の頭を叩いた。
何かが触れるのを感じる事が出来たじゃろう？
あんな感じじゃよ。
因みに……。』
ニヤリとエヴァーンが笑う。
同時に今度は頭にズガン！と衝撃。
いってぇ！
頭が揺れる感覚を何とかこらえて踏ん張る。
何とか倒れずに済んだ。
『急に何すんだ！』
急な衝撃に怒ってエヴァーンに怒りの念話を飛ばす。
当人は手をひらひらと振って、気にするなと言わんばかりの態度だ。
やった当事者がとる態度じゃねぇ！
『まぁまぁ、そう怒るでない。
頭にそこそこの衝撃が走ったじゃろう。
今、お主が感じたのが妾の魔領法での最大限の出力じゃ。』
真面目な顔に戻ったエヴァーンがそう続けた。
なに？今のが最大出力だって。
……弱くないか？
『弱いじゃろ？』
やった当人も俺が感じたのと同じように言った。
『そうなんじゃよ。
弱いんじゃ。
魔領法の欠点はのう、根本的に威力が努力ではどうしようもない点なんじゃ。
魔纏法であれば基本的にオド総量と周回速度で理論上は限りなく強くなる事が可能じゃ。
無限に熟練できるし成長できる。まぁ、時間さえあればじゃが。
ただ、魔領法は領域拡張の範囲自体は周回速度にも依存する故、練習で改善可能じゃが、威力自体はオド総量でしか変化しないんじゃ。』
『む、それでさっきのがエヴァーンの全力って事か。
エヴァーンは自分で人間とは比べ物にならないほどのオドを持ってるって言ってたよな。
それであれくらいの威力しか出ないなら、精々が非武装の人間を殺せる程度の威力しか出ないんじゃないのか？』
確かに不意打ちで俺がよろけそうな程度の威力は出た。
出たが、所詮はその程度だ。
さっきの場所…闘技場だっけ？…でエヴァーンが俺を殴った時の威力とは雲泥の差だ。
だって骨折どころか体勢を崩しすらしなかったんだから。
俺も来るのが分かっていたら容易に受け止める事が出来るだろう。
……まぁ、見えないって点が少し厄介だけどさ。
でも厄介だなって思う。
それだけだ。
その程度。
『そうじゃよ。
だからそれこそヒュマス程度が使ったらゴミ程にも役にたたん。
それこそ距離が伸びたところでゴミを拾って捨てる程度にしか使えんじゃろう。
練習にかなりの難度を要求する割に効果が渋すぎる。
故に魔纏法よりも早くに廃れ、使われなくなった技法なのじゃ。
まぁ、元々開発したのもグロリア故にヒュマスが使う事は想定されてなんだというのもあるがのう。
しかも周回速度に見合わぬ距離にまで展開した場合にはオドがマナに溶けてしまう。
そこそこのオドを押し固めている故に、そうなった場合は展開した分だけのオドを全て失うのじゃ。』
『俺だとどの位出来るようになるんだ？』
話を聞く感じオド総量だけは俺はかなり多いみたいだしな。
それで言うなら威力にも期待できるって事か。
そうじゃなぁ、とエヴァーンが顎に手を置き少し思案している。
『お主じゃとかなりの威力が望めると思うがの。
大凡のオーラ探知をしたが、お主は本当にオドが多い。
お主のオド総量は悔しい事に妾の三十倍近くある。
妾ですらシドの十倍以上はオドがあるんじゃがのう。
単純にオド総量＝威力とは言わんが、妾と比較しても比べ様も無いほどに圧倒的な威力で頼りになるじゃろう。』
三十倍か……。
全然実感が沸かない。
と言うかそうなるとシドの三百倍近いオドを持ってるんじゃないのか？
シドの奴少なすぎないか？
……いや、俺が多すぎるのか？
むぅ。
『少し話がずれた故に元に戻すぞ。
お主にはその魔領法を使えるようになって貰う。
そして、ここまで来れば分かるじゃろう。
魔領法でシドの書斎にまで領域を拡大させ妾の契約書を破棄するのじゃ。』
やっぱり、それか。
ううん、理論上可能なんだろうけど……。
『そもそも、遠すぎないか？
さっき、エヴァーンの威力は確認したが有効距離は聞いてないぞ。
どの位だ？』
『そうじゃなぁ。
妾も限界まで測った事は無い故に正確な事は言えんが……。
恐らく百メルトは行けたと思うぞ。』
……単位が分からん。
『百メルトってどの位だ？』
『む、うーむ。
さっきの闘技場があったじゃろ。
妾たちが戦ってた場所が端から端までが大凡百メルト位かの。
目測じゃがな。』
ふむふむ、結構広いな。
『で、肝心のシドの奴の書斎ってここからどのくらいの場所だ？』
『大凡四百メルトいったところかの。
直線での距離であるが故に、実際にはもう少し入り組んだ場所を行く必要があるじゃろうから五百は伸ばせないと厳しいと考えて良いと思うぞ。』
五倍かよ。
良いと思うぞ、って簡単に言うなよ。
と言うか俺から見て結構魔領法を使えているであろうエヴァーンが百メルトだろ？
それ、期間内に出来るようになるのか？
『え、魔術では十年かかるから魔領法って話だったけど、
そもそも魔領法の練習もそれ、間に合わないんじゃないのか？
エヴァーンがさっき俺にやった魔領法のは出来るようになるのにどのくらいかかったんだ？』
『うーむ、如何せん練習したのは結構前故はっきり覚えておらぬ……。
言うた通りに余程のオドが無いと使い勝手が悪いからのう。
魔術を覚えてからは態々使わなくなったんじゃ。
たしか、お主の頭を撫でる程度の事が出来るのに四年、殴る程度の威力を出すのに八年位だったと思うぞ。』
駄目じゃねぇか！
魔術より時間かかったら世話ねーよ！
俺が訝しんでるのを察したのか慌てて手を振って否定している。
『いやいや、待て待て。
先も言うたが、魔纏法と魔領法の練習はオドが多い方が有利で習得も早いんじゃ。
単純に三十倍早く習得できるとは言わぬが、おそらく二年以内にはものにできるじゃろうと考えておる。』
ああ、そう言えば習得速度についても言ってたか。
……それもそうか魔領法で失敗した際にオドを全て失ってたら大変だけど俺なら小分けにして練習しても、エヴァーンが全力で練習するのと同じくらいのオドを動かす事が出来る訳だしな。
『ほれ、お主は魔纏法の練習は既にしていると言っていたな？
どこまで進んだ？』
『今は暫く集中したら身体のどこか一カ所に集中して発動させることはできる。
全身となると一瞬しかできない。』
『ほれ見ろ、結構速いではないか。
しばらく前の、しかも迷宮で休む合間合間でしか練習できなんだのに。
その間でそれだけの進度であれば問題ないかと思うぞ。』
早い方なのか。
寧ろ全然先に進めなくてイラついてた位だと言うのに。
『取りあえずお主には魔領法を習得してもらう。
それで妾の契約書を破るのじゃ。
そうすれば妾もシドを殺しお主を解放すると約束しよう。』
……まぁ、現時点では俺からも出せる代案は無いしな。
自由になりたいのは確かだしな。
流石に自由になったエヴァーンが裏切る事もないだろう。
解放された身となればエヴァーンであればシドを殺めるのにそこまで苦労しないだろうし。
それに短い間しか接していないが、同族に対しては面倒見がいい気がする。
『分かった。
それでいい。』
俺がそう返事をすると、エヴァーンがにっこりと笑った。
『うむ、では契約成立じゃ。
妾は自由になった際にお主を助ける。
我が血に誓おう。』
吸血鬼の誓い文句かな？
俺たち竜族であれば龍神に誓うけど同じようなものかな？
『龍神に誓って俺も約束を守る。』
それを聞いてエヴァーンは満足げに頷いた。
『さて、誓ったものの、取り敢えずはお主が十全に魔領法を修めない事には話にならぬ。
今後も迷宮で訓練になるのじゃろう？
妾も可能な限り援助するとしようかの。』
『着いてくるの？』
『まぁ、可能であればじゃが。
妾も命令を受ける事もあるのでな。』
取りあえずは当面の目標が出来た。
一旦は目的を同じとする仲間も。
そう言えば家族以外とコミュニケーションをとるのは初めてだ。
最初が最初だっただけに緊張感も何もなかったけどさ。
なんか振り返るとほぼ説明回がずっと続いてて申し訳ない。
今回で終わりです。
幕間を挟んだら次から三章です。
