10話 帰還の理由
気が付くと白い狼共……アルーダ曰くスノーフェンリルだったか?は痙攣をやめて動かなくなっていた。
アルーダが周囲の警戒をしてくれる様子だったから、取りあえず俺は怪我の再生に集中しよう。
いや、集中って言っても特にやる事がある訳じゃ無いけど。
意識を集中しても痛みを再認識するだけで、別段怪我の治りが早くなるって言う訳ではない。
ただ、満身創痍の身を動かしてこの場で周囲の警戒に当たらなければいけない事態を避ける事はできる。
つまり、倒れたまま辺りを気にせず怪我が治るまで休めるという事だ。
警戒しっぱなしは結構疲れるから正直助かる。
一応アルーダの方を見つつ体を休める。
特に見続ける事に意味は無かったんだけど、唐突にアルーダの眼にオドとマナが集まりほんのりと光る。
む。これは前にも経験したな。
鑑定、だったか?
他の生物の能力を見る事が出来るんだったか。
以前と同様に直ぐに眼に集まったマナが霧散する。
同時に一瞬だがアルーダの表情が歪む。
ぬう、俺の能力が何か変だったのか?
もしくは何か不可解な点でもあったのか。
反応的に気になるんだが……そもそも以前に鑑定されたのは死ぬ前だったしな。
死んで何か変化したのかもしれない。
そこら辺を俺も見てみたいが……出来ない事は考えても仕方ないか。
以前と違ってここに俺の能力を伝える第三者が居る訳じゃ無いしな。
シドの奴でも居ればここで話を振るだろうから、横で俺も聞けていいんだけどな。
俺には自我が無いと思っているであろうアルーダが今ここで話す事は無いだろう。
実際、少しばかり考え込んでるみたいだし、自分の中で自問自答してるだけだろう。
ううん、気になるけどどうしようもない。
俺は心を読む力は無いからな。
街に帰った時にシドに報告するだろうから、そのタイミングで近くに居れる事を期待するしかないか……。
そこそこ長い時間休憩をとり、傷に痛みを感じる事もなくなってきた。
小さいやつらに噛まれた足の傷は既に塞がっている。
喉の傷も感覚的に問題ない程度には癒えてるだろう。
傍目から見ても癒えてるのは分かるだろうから、余りゴロゴロと休み続けるのも不自然だと思って立ち上がる事にする。
ああ、アルーダが居なければあまりそこまで気にしなくてもいいんだけど……。
いや、アルーダが居ないとこんな安全でもない階層でゆっくり休めないから、そう考えるとどっちもどっちと言えるか。
「もう動けるのか?」
アルーダが問いかけてくるが、返事を期待しての事ではないんだろうな。
久々に俺が行動をして上体を起こしたことで、反射的に質問が出たんだろう。
俺は質問を無視してそのままアルーダを眺める。
「ひひひ、分かってはいても反応が無いのは悲しいが、まぁ言っても詮無きことだな。
では取りあえず第五階層まで戻るか。
……着いて来い。襲われた場合は自分の身を第一に行動しろ。
儂を守る必要はない。」
声を発してから俺からは返事を得られない事を思い出しのか、少し悲しそうに首を振って俺に命令を下す。
守らなくていいのは楽だな。
てっきり護衛をしつつ上まで戻るって言われるかと思ったが……。
いや、そこまでアルーダの戦闘能力が低いならシドも迎えに寄越しはしないか。
俺に命令を下したアルーダは俺に背を向けると元来た方向へ向き直る。
同時にアルーダの皮膚に描かれた陣が軽く光り、アルーダの右の前足に血液で出来た刃が生成される。
それで戦うのか……?
そうか、人間は爪も牙も貧弱だから道具が必要なんだったな。
俺も素足の人間相手なら捕えられなかっただろうに。
……いや、魔術を使われたら厳しかったか。
アルーダも吸血鬼とは言えども人間の体である以上は武器があった方が落ち着くんだろうか。
同じアンデットになった身と言えどその気持ちは俺には分からなかった。
生成した血の剣を軽く振るうと、一瞬俺が付いてきているかを振り返って確認し、先に進み始める。
俺もそれに従って無言で後ろに追従した。
そのまま、特に何事もなく無事に第五階層に到着した。
いや、まぁ特筆するとすれば俺は全く戦わずに済んだというべきか。
基本的に襲い掛かってくる魔獣は俺が手出しをする前にアルーダが一振りの元に倒された。
魔獣共は俺よりアルーダの方が小さくて弱そうだから襲いやすいと思ったのか、俺より先にアルーダを襲うやつばっかりだった。
襲い掛かった瞬間、手に持った剣で何事もなく斬り捨てて終わり。
熊が来た時も正確に頭を切り落として、襲い掛かった勢いのまま熊の体が圧し掛かっても、片腕で地面に転がしていた。
……思ってるより力が強いのかもな。
少なくとも俺を捕まえたガットリーよりは強そうに思える。
あっちは集団で襲いかかってきたから比べられないかもしれないけど。
まぁ、アルーダの想像外の強さは置いておいて今は楽に第五階層まで帰れたことを喜ぶか。
別段アルーダとは敵対する予定は無いからな。今のところ。
第五階層に着いたアルーダは一旦剣を消し去ると、服を漁り何かの道具を取り出す。
……何の道具だろう?
後ろからばれない程度に視線だけ向けて観察すると、円形の道具みたいだった。
円の中には橙色の砂の様なものと藍色の砂の様なものが入っているみたいだ。
ただ、アルーダが傾けているにもかかわらず不思議な事に二つの砂は混じる訳でもなく、ぼんやりとした境界線を保ったまま動かない。
今は道具の表面の大半を橙色の砂が覆っている。
藍色の砂は左端に僅かにあるだけ。
「丁度いい頃合いだったな。
もう少しで夜だ。」
アルーダが一人でボソッとそう零す。
ふむ、言動的に昼か夜か判別する道具なのか?
いや、もう少しで夜と言う事はどの程度で昼になるか夜になるのかもわかるという事か。
様は時間が分かる道具と言う訳だな。便利だ。
よくよく見ると橙色の砂を左端から藍色の砂が徐々に侵食していっている。
よくよく見ないと分からな程度のゆっくりとした速度だが。
察するに藍色が道具の表面を覆いきって藍色一色になれば夜と言う事か。
「ここでしばらく待機しろ。」
思い出したかのように俺に向かって命令する。
命令なんてしなくても元から俺はここで休むように言われてるから大丈夫だぞ。
別に何かが言われるわけじゃないから何回言われても別に困らないけど。
アルーダは俺に命令すると自分は自分で適当な岩に腰掛けた。
俺は俺で暇になったから魔纏法の練習をすることにする。
あれは体内でオドを捏ねくりまわす手法だから傍目から見たら何もせずにいるのと変わらないだろう。
こっち見てないし。
こういう時に自我があると分かってれば会話でも出来るのかもな。
今はする気は無いけどさ。
俺の考えていた通りアルーダの持っている道具の表面を藍色が侵食していく。
そして、最初道具を取り出した時とは逆に右端に橙色の砂が僅かばかりになった頃合いにアルーダが立ち上がった。
「……いい時間だな。
着いて来い。
さっきと同様に自分の身だけ守っていればいい。」
そういって第四階層への階段を上って行った。
出発か。
長く感じた気もするが魔纏法の練習してると直ぐだな。
やっぱり長い間全く進展が無かった魔術関係に進展があるのが嬉しいんだろうな。
厳密には魔術じゃないけどさ。
新しいモノって言うのはいいもんだ。
にしても第四階層か……。
またあの陽射しに晒されるのは辛いな。
あまり気は進まなかったが、大人しく従う以外の選択肢は現状無いから大人しく後ろに追従する。
階段を上っていくと第四階層への出口が見えてくる。
既に漏れ出る明るい光がすでに暑苦しく感じる。
同時にアルーダが背中へと垂れていた布を手に取ってそのまま頭に被った。
背中の布から延長されて垂れていたから、不思議な構造だと思ったが、成程そう使うのか。
そして、俺を振り返ってついてきているのを確認すると嫌そうに第四階層へと足を踏み出した。
……アルーダも嫌なのか。
やっぱり上の階層は陽射しが酷く暑く嫌になるくらいの熱気だった。
歩いている途中で気が付いたが、さっきまでと違ってアルーダが身体を前へと傾けて下を向いている。
それにいつ着けたのか前足にも形に添った布を装着している。
そしてさっきまでと違って襲い掛かってくる相手には無造作に手を振るい魔術を主に使って倒していた。
何回かその様子を見ていて思ったが、どうにもあまり体を大きく動かしたくないみたいだな。
そして、その理由もわかった。
一度だけ服の隙間からアルーダの白い肌が晒された。
瞬間、ジュッっという音と共に煙が立ち上った。
アルーダは慌てて煙の出た肌を布で覆いなおしていた。
成程、動くと皮膚が陽射しに晒されるからか。
そう考えるとさっきまでの行動にも合点がいく。
魔術と剣だとそりゃ魔術の方が身体を動かさなくて済むもんな。
と言うか、明らかに日光にしては過剰な反応だ。
どうにもアルーダには日光が害になるみたいだな。
人間がみなそうと言う訳じゃ無いだろう。
そうじゃないととてもじゃないが生きて行けない。
とすると、日光に対する過剰な反応は吸血鬼もしくはアンデットだからか。
そう考えたら、成程。
俺が今の日光に対して酷い暑さを通り越して熱さを感じているのもその一環か。
暑いとは思っていたが少しおかしいとは思ったんだよな。
別段、竜天獄に居たころの太陽とそんな変わるって感じた訳じゃ無かったからな。
なのに、ただただ異様に暑く感じた。
つまり、アルーダの反応を見るに、アンデットは陽光が苦手なんだろう。
それが進化したらより苦手になるのか、アルーダと俺の元の種族差から来てるものかは分からないけど。
……いや、よくよく考えたら種族差は無いか。
種族差なんて俺を散々初めてだと言ってたシドからすれば、俺が陽光が苦手になるかどうかなんて分からないはずだもんな。
そう考えると、人間のアンデットも竜のアンデットも最初の死肉の頃はそこまで陽光は苦手じゃないんだろう。
まぁ、今でも十分暑いけどな。
アルーダみたいに布で覆ってマシになるなら俺もその布が欲しい。
無い物ねだりしても仕方ないから大人しく歩くけどさ。
酷い陽光は第一階層から迷宮の外に出るまで続いた。
迷宮の門を潜るとさっきまでとは打って変わって真っ暗な夜だった。
ようやくあの暑さから解放される。
本当に嫌な暑さだ。
夜万歳って気分だな。
「ふぅぅ。相変わらず嫌な場所だ。」
アルーダも苦々しげにぼやきつつ頭の布と前足の布を取っていき、迎えに来た時と同じような格好になった。
そのまま、アルーダの後ろに着いていくと、来た時と同じ檻が馬車に繋がれて置いてあった。
アルーダに中に入るようにとの指示のままに中に入って、檻の中で揺られることになる。
暫く経つと檻から出され、その先で光る陣から見慣れた地下室へと戻された。
久しぶりだ。
お、本が読めるか?
と一瞬思ったが地下室にはシドが既に待機しており動く事は出来なかった。
残念だ。
暫くすると扉が開き、アルーダが地下室内へと入ってくる。
「戻ったかね。
ずいぶん遅かった気がするのは気のせいかね?」
シドが扉から入ってきたアルーダの方を向き直って、少し責めるように言葉を投げかけた。
「ひひ、そう言うな。
こやつ、十三階層まで行っておったぞ。
探すのが大変だったぞ。」
アルーダは悪びれる事もなく肩を竦めてシドにそう返した。
十三階層と聞いてシドの目が驚いたように見開いた。
「十三階層だって?
十階層のタイラントウルフを倒したと言うことかね……。
それは……それは想像以上だね。
精々が八階層程度だと思っていたんだがね。」
「儂だってそう思ってた。
極寒階層まで行くのは大変だったぞ。」
「つくづく自分で行かなくて良かったと思ってるね。
お前は分からないかもしれないが、
あの環境は気温だけでも人間が死ぬには十分なんだよ。」
「ひひひ、人間はつくづくやわだな。
儂からすれば日光の下でも平気で歩けることが羨ましいがな。」
「お前達からすればそうだろうね。
まぁ、そもそも私も基本的に夜が好きだから太陽は好きじゃないけどね。」
「夜にふんだんに光を使える贅沢者の言葉だな。」
皮肉げなアルーダの言葉にそれがどうしたとばかりに、シドは肩を竦める。
それを見たアルーダは鼻で笑って返した。
「ひひ、まぁ、それで迎えに行った際の事なんだが、
十三階層で不可解な事があってこやつを『鑑定』した。
シド、お前どうせ死肉竜だからと鑑定を儂に頼むの怠っておっただろう。」
「ああ、いや、今回帰ってこさせた時に見ようと思ってたんだけどね。
手間が省けて助かったね。
えっと……ああ、あったあった。
……この紙に鑑定結果を書け。分かってると思うが虚偽報告はするな。」
シドは机の上から白紙の紙を手に取って命令口調でアルーダへと手渡した。
「そう言わずとも分かってるとも。
そもそも儂はエヴァーンと違ってお前に反抗した事は無いだろう?
儂はここの暮らしに満足してるんだとも。
何度もそう伝えて居ると言うのに、いまだに信頼されないとは嗚呼悲しいかな。」
「それでもだね。
確かにお前が自我を持って五年、一度も命令に反抗はしていないね。
ただ、それでアンデットを信用して殺された死霊術師はごまんといるのは、お前も知っているだろう?
私はアルクカタンの二の足を踏むつもりはないからね。」
「ひひひ、慎重だな。
だから死霊術師として生き残れたんだろうが。
それにアルクカタンとはずいぶん儂を買ってくれている。
儂には国を滅ぼす程の力は無いんだがなぁ?
……ほれ、書き終わったぞ。」
渡された紙にさらさらと記入をしつつアルーダが軽口をたたく。
書き終えた紙を渡されたシドは不機嫌そうに紙を手に取ると、また目を見開いて驚いている。
よく驚く日だな。
そんなに俺の能力が変わっているのか?
「ひひ、どうだ?
儂の弟分は中々のモノだろう?」
「……ああ、これは鑑定してよかったね。
屍鬼ならともかく死肉の段階でここまで加護と能力があるとは珍しいね。
前例がない訳じゃ無いがね……。
竜だからかなのか、別の理由があるのか何とも言えないね……。
まぁ、助かったよ。
他の文献をあたってみるとしようかね。」
「それは良かった。
そう言えば、今回どうしてこやつを連れ戻したのか聞いてなかったな。
迷宮は今月いっぱいどころか今年いっぱい借りれたんじゃなかったのか?
てっきり儂は迎えに行かなくてもいいと思っていたんだが。」
「一つは、それこそこいつを詳しく調べるためだね。
丁度、今回戻ってきたときに調べようと思っていたからね。
それに、調べるにあたって生前と戦闘能力がどれくらい変わっているかを調べようと思ったんだよね。
それで、こいつを捕獲したギルドに依頼してたんだけど、丁度別の依頼で出かけちゃってたみたいでね。
先日そのギルドの狩人が帰って来たって連絡が来たから、それに合わせたって訳だよ。
ついでにエヴァーンも任務から帰ってくるからね。
エヴァーンとも戦わせてもいいかと思ってね。
丁度いいタイミングで助かったよ。」
「ひひ、成程。
戦闘能力を測るためか。
それにしても、狩人の腕前は知らぬがエヴァーンとも戦わされるとはこやつも運が無い。
自我が無いのがまだせめてもの救いか。」
「丁度、帝国最強の吸血鬼と戦えるんだ。
運がいいの間違いだろ?
エヴァーンの意見も聞けるしね。
……私個人としては悪態が多いからあまり話したくないけどね。」
「ひひ、エヴァーンの境遇を考えると仕方あるまい。」
はぁ、と溜息をつくシドと笑うアルーダが酷く対照的だった。
そして二人の考えとは別におもいっきり自我があって、横で聞いてる俺的には聞き逃せない言葉ばっかりだ。
また、ガットリー達と戦わせられるのも陰鬱だし、別の吸血鬼とも戦いたいとは思ってないんだけどなぁ。
言ってもどうしようもない事だけど、上手くいかない事ばっかりだな。
ままならん。




