9話 加護と能力
久しぶりの別視点です。
全くここら辺の極寒階層は寒くてかなわん。
儂らの種族からすれば上の真昼階層よりはマシなんだろうがな。
あそこは居るだけで肌が焼ける上にずっと昼間だから辛い。
それにしてもこんな深い層まで来る羽目になるとは思ってなかったが……。
シドの話だと儂の弟分はアンデットになって一カ月足らずという話だったと思う。
故に元の種族の性能を考えると、行っても八か九階層が精々だろう……、と思っていたんだがな。
基本的にアンデットは変異した当初は元の種族に劣る性能になり易い。
死肉で元より劣り、屍鬼で元より少し上、吸血クラスでかなり上回る性能だったか?
まぁ、死肉でも生物と違って痛みに対する性能等は上回るはずだが。
もっとも、死肉と屍鬼が肉体性能よりも低く見られるのは、自我が無く術者の命令でしか動く事が出来ない故だから、と言うのはある。
儂も記憶の中では死肉で蘇った時からの記憶があるが、吸血鬼になるまでは薄く靄がかかった状態に近いからな。
記憶として認識したのも吸血鬼に個体進化してからだった筈だし。
そもそもが前例の無い竜のアンデットであるからして、元の力は分からんが。
弱体化してもかなりの強さを誇っているのか、死肉の頃から強いのか……。
取り敢えず、それは置いておいて、シドの命令で成りたての弟分を連れ帰るべく、ムーマーの迷宮に来たがこれが困ったことに一向に見つからん。
運良く第五階層に居る事は無いとは思っておったが、まさか第十階層のタイラントウルフまで倒しているとは思わなかった。
このムーマーの迷宮……怒れる自然の大遺跡だったか?……は出てくる敵の割に出土する品もしょっぱいから狩人達にはあまり人気が無い。
故によく帝国が兵士の訓練や今回の訓練のように貸切る事が多い。
人気が無い故に安く貸し切れ、敵が強い故に訓練に最適、と言う事だろう。
訓練する兵もそれで給金が国から出るから文句もないだろう。
かく言う儂も最初にアンデット化した時に屍鬼に個体進化するまでここに居た記憶がある。
その時も精々が第七階層に行くのが限度だったな。
そう考えると今第十三階層にまで潜っているのは驚異的だと言えるだろう。
途中まで来ていっそのこと見逃したかと思ったが、それはこの迷宮の構造と儂の探知の能力を考えるとまずありえないだろう。
まず迷宮の構造的に、ここのムーマーの迷宮は迷いやすく見えるが絶対に迷わない様にできているからな。
階段から階層にたどり着いて、一定以上歩いたら次の階層への階段が現れる。
だから何処の方向へ歩いても絶対に次の階層へたどり着く様になっている。
因みに戻りたい場合は真逆へと歩けば戻る階段が出てくる。
ただ、階層を深く潜れば潜るほど次の階段にたどり着くまでの距離は伸びるがな。
もっとも、同じ階層内で逆方向へと歩いたら会えない。
だが、その場合も階段を下りたら下りた先で又会えるようになっているらしい。
空間が歪んでいるとしか言えないな。
まぁ、そもそもな話、迷宮もとい神々の試練所は神たちの合作らしいから互いの権能が使われているって話だ。
だから、この迷宮にも次元を司るレフソ=ウェル辺りの権能が使われているんだろう。
次に能力的に同じ階層にさえ来れば儂は死者探知でおおよその方向が分かる。
本来は聖職者がアンデットを滅する為に居場所を探る術式なんだが、儂らが使えば同族を探ることも出来る。
十三階層にまで下りてようやく反応があったからこの階層に居るのは間違いないだろう。
十二階層まで来ると見逃してないとは思いつつも、少し焦ったからな。
探知の雰囲気的にそうそう遠くに行った訳でもないようだ。
探知を頼りに先へと進む。
十三階層への階段を下りて数時間、林を抜けて草原に出た。
ここら辺に居るはずだと思った矢先に、ドラゴンが白い狼に襲われている光景が飛び込んできた。
む、あれはスノーフェンリルか。
極寒階層の初心者殺しと名高い魔獣だったか。
一体のボスを中心に統率のとれた狩りを行い、しかも群れのボスは簡単な氷結系の術式を扱えたはず。
因みに第十階層のタイラントウルフも初心者第一の難関と言われておる。
あそこで急に敵の強さが跳ね上がる故。
いくら元の種族ドラゴンと言えどスノーフェンリルの相手は死肉クラスにはきつかったのか、儂が目撃したのは丁度群れのボスに喉を食いちぎられる弟分の姿だ。
まぁ、あれくらいなら回復能力に乏しいと言われる死肉クラスでも死にゃせんだろう。
ましてや、あやつはシド曰くそもそも再生能力が死肉クラスにしてはずば抜けて高いみたいだしな。
ただ、あまり深く怪我をされても回復を待つ事になって面倒だし、助太刀に入るとするか。
そう思い、いつも通り術式で剣を作って助太刀しようと走り寄った瞬間。
上に圧し掛かっていた群れのボスが急に倒れて痙攣を始めた。
む?何が起こった?
ボスに続いて周りのスノーフェンリルも倒れて痙攣し始める。
ふむ?儂じゃないと言う事は弟分が何かしたのだろうか?
創ったばかりの剣を解き、倒れているドラゴンへと近づいて話しかける。
「まさか十三階層まで来てるとは。
途中で見落としたかと思ってそろそろ引き返す所だったぞ。
しかもスノーフェンリルに襲われてる途中とは儂も酷い時に合流したもんだ。
で、助けようと思って急いで寄ってみればこれはどういう状況だ?」
弟分はバッとこちらを向くとジッと儂を見てきた。
まぁ、話しかけた所で返事があるはずもないのは分かっている。
ただ、音に対する警戒なのか、声に反応してこちらを見る姿に僅かばかりの自我を感じた気がして、少し微笑ましかったがな。
暫くあたりを警戒したが、続いて何かが襲い掛かってくる気配はなかった。
恐らくここら一体がスノーフェンリルの縄張りになってたんだろう。
周りで痙攣していたスノーフェンリル共は、ボスを含めて全てが暫くすると死んだ。
やはりというかなんと言うかボスだけ、ある程度生きて抵抗してた様だがそれでも痙攣する時間が長かった位で、最期は徐々に動かなくなり最後には死んだ。
取りあえず弟分には「この場で怪我が癒えるまで待機しろ」とシドから託された権限を持って命令しておく。
でなければ、怪我が癒えてなくとも動けるようになった時点で第五階層に戻って行ってしまうだろうからな。
さて、今の段階で考える優先事項としては、スノーフェンリル共の死因だな。
場合によっては、例えばここに居ない第三者による攻撃などだった場合は、今ここに居る儂らの身も危うくなるかもしれん。
まず、死に方を見るに毒物での死に方に近かった。
過程として毒で死んだと考える場合、まずはここら周囲一帯に空気を汚染する毒物が撒かれている場合。
ただ、儂や弟分には全く毒物の影響が見られない。
まぁ、元からアンデットには毒物の類は効きづらいという特性はあるが無影響という事は考えにくいだろう。
そう考えると次に考えられる可能性としてはこの弟分が何かをした場合だな。
ただし、こやつはまだ自我が無い。
つまり、意図的に何かしらした可能性は低いだろう。
そもそも、自我があったとしたら戦い始めた最初の頃に使っていてもおかしくないしな。
自我の無いアンデットの特徴として、肉体でしか戦わないという側面がある。
そもそも生前とは存在が違うから生前の技術等は置いておくにしても、死肉人などの段階で加護などを貰っていても使えない。
単純に肉体を用いた物理的な攻撃しか手段を持たない。
儂も屍鬼の時に加護を貰っていたが吸血鬼になって自我が芽生えるまで使えなんだ。
ただ、この制限には抜け穴……と言うより当たり前なのだが忘れられやすい側面がある。
それは「常時発動系の加護や能力を保持していた場合、それは本人の意思関係なく勝手に発動する」と言うものだ。
常時発動系の加護や能力はあまり所有者が多くない故、失念されやすい。
つまり、今回のこの出来事も弟分の持つ加護ないしは能力が常時発動系で、それの発動条件を満たしたと考えるのが正しいか。
発動条件としては……一定以上傷つく、身動きが取れなくなった場合などか?
……まぁ、ここまで考察できれば十分か。
これ以上は考えても仕方ない。
故に大人しく『鑑定』することにするか。
弟分の方を向き、体の内側へと意識を向けて、目に集中し鑑定を発動させる。
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名前:なし
種族:グロリア・アローサルオリジン
能力:
『猛毒血液』
『連なる命(制限付き)』
『■■なる■(使用不可)』
『脳髄再生』
『隠遁存在』
加護:
『血なるレフソ=ウェルの呪加護』
『復活なるレフソ=ウェルの貯加護』
『龍なるエンディガーの脳加護』
『謀なるメルロイの隠加護』
『自然なるムーマーの往加護』
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……色々と情報が多くて混乱した。
取り敢えず言える事はスノーフェンリル共が死んだのは能力の欄にある『猛毒血液』の効果で間違いなさそうだな。
それにしても能力も加護も数が多い。
……いや、冷静に考えればそこまで不思議ではないか。
加護は種族によって貰いやすい貰いにくいがある。
例えば儂ら吸血鬼などのアンデットはレフソ=ウェルとトープルの加護を貰いやすい。
死神であるレフソ=ウェルと楽神であるトープルという神としての特性がアンデットに寄っているからだろう。
実際に儂もトープルから授かっている『眼識なるトープルの鑑加護』から『鑑定』の能力を得ている訳だしな。
この加護も迷宮で得たものではなく、屍鬼になった際に自動的に授かったものだ。
同じようにドラゴンも龍神であるエンディガーから加護を授かりやすい。
大地と密接な関係にあるスピリタム・ドワーフ族などはカンヨウから。
他にも種族ではないが、職人であればグアカリブ、剣士であればノーテットなど。
まぁ、種族やそれぞれの生き様に応じて加護は勝手に増える事がある。
偶に全く関係ないのに加護が与えられることもある故、必ずしも関係深いから、と言う訳ではないが。
他にも加護は迷宮を一定数攻略すると報酬で貰える事が稀にある。
まぁ、そういった面で迷宮は『神々の試練所』なんて呼ばれ方をするんだろうが。
狩人以外の貴族たちの中には加護欲しさに狩人に依頼し迷宮に潜る者も居るらしいな。
そう考えると弟分の加護もそこまで不思議なものはないか……。
レフソ=ウェルの加護はアンデットになったことで生じたもの。
エンディガーの加護は元の種族的に考えて。
そしてムーマーの加護は運良く第十階層のタイラントウルフ討伐の報酬で手に入れた。
と考えると自然か。
ただ、人神であるメルロイの加護だけはなぜあるのか分からない。
……まぁ、それこそ必ずしも関係があるとは限らない一例だろう。
そうは言っても、アンデットで自我もないのにここまで加護が多いのも珍しい。
自我があったり意図的に迷宮攻略で加護を集める手合いであればこの位の加護は持っているとは思うが。
能力も多いが加護の数と比べると自然と言えるか。
凡そ能力は加護から授かるものが多いからな。
恐らく、『猛毒血液』は『血なるレフソ=ウェルの呪加護』から、『脳髄再生』は『龍なるエンディガーの脳加護』、『隠遁存在』は『謀なるメルロイの隠加護』からそれぞれ得たのだろう。
いくつか関連が分からないものもあるが、能力が必ずしも加護由来とは限らないのと、加護も必ずしも能力を与えるとも限らないから、絶対に関連があるとは言えない。
例えば『自然なるムーマーの往加護』は有名だから効果も知ってる。
過酷な自然環境に少しばかり適応しやすくなるという内容だったはず。
これも能力と言える程ではないから、加護を持っていても能力に変化は見られない。
『連なる命』はどこかの文献で見た気がしたが……忘れたな。
帰ったら調べてみるとするか。
たしかアンデットに連なる能力だった気がするが。
なんにせよ、これはシドに報告もせんといかんな。
死肉竜であるうちは大した能力もないだろうと鑑定を怠っていただろう。
今のうちに儂が出来て良かった。
今回のような事態にならなければ、危うく見逃す所だ。
ここまで種類があるとは思っていなかったが。
それに『■■なる■』か。
鑑定の項目が塗りつぶしたように見えなくなっている。
使用不可、との記述が横にある故に恐らく使えるようになった場合に文字が見えるようになるのか。
これもあまり見ないが、稀に居る。
加護は貰ったが条件を満たしていない故に制限付きか、そもそも条件を満たすまで使えない加護かのどちらか。
例えば生まれつきメルロイの性に関する加護は子供の頃は保持していたとしても効果が無い。
もっとも、メルロイの加護は産まれつき持っているものはそんなには居ないがな。
神々も産まれつき加護を与えやすい神と、後天的に与えやすい神、神々の試練所で手に入れやすい神などそれぞれ趣向がある。
それで言うならメルロイは後天的に、つまりその対象の生き様に応じて追加されやすい神だな。
まぁ、この塗りつぶされた加護もいずれ条件を満たすのだろう。
恐らく『復活なるレフソ=ウェルの貯加護』と関係ある気がしているが、そうなると条件はアンデットとして個体進化した先で解放されると推測するがな。
本当のところは後々になってみないと分からない。
鑑定でそれぞれの加護や能力の中まで見れればよいのだがな。
そこまで求めるのは過ぎた要求というものか……。
さて、弟分の鑑定をして内容を考えているうちに歩ける程度には身体の傷も癒えてきた様だな。
帰りは儂が露払いする故にあまり怪我を負わせる事は無いだろう。
極寒階層を抜けた先はこやつも特に怪我無く自分で戦えるだろう故、あまり気を使う必要もないか。
大体、遅く見積もっても半日もあれば迷宮の外には出れるだろう。
後は第五階層で迷宮外の時間に応じて時間を潰すとしよう。
昼間に帝都までの長い道のりを進むなんぞ、ゾッとするからな。
「文章量少なめの毎日投稿」と「まとめての隔日投稿」
どっちがいいんでしょうね?




