1話 後悔
長編処女作です。
粗が目立つかとは思いますが宜しくお願いいたします。
どうしてこんな事になってしまったのか。
ああ、もう少ししっかりと親の言う事は聞いておくべきだったかもしれない。
大体、こう自分で省みる気付き、と言うものは取り返しがつかなくなってから気が付く事が多い。特に大事なものほどその傾向が強く、大体の場合は気付くころには手遅れになっている。
俺は自分の捕えられた檻の中で軽く唸り声を上げた。
「おい、こいつ唸ってんぞ。
本当に大丈夫なのかよ?
檻壊されてもう一回闘う羽目になったら俺は逃げるぞ。」
俺の檻の隣を歩く人間が少し怯えながら槍を構えて少し下がる。
怖がりの人間め。まぁ、壊せないから唸る事しかできないんだが。
壊せるものなら今頃皆殺しにしてやると言うのに。
檻が無ければ何もできないだうが!
「そんなに怖がらずとも大丈夫ですって。
いくら竜種とはいえまだ幼体です。
術式付与はされていなくとも、鋼鉄製の檻ですから、破れやしませんよ。
この子竜が古竜種っていうなら別でしょうけど、
それならそれで今頃我々は仲良く神界に召されています。
魔術を使う気配もありませんでしたから、ただの魔竜種の子供ですよ。」
怖がりですねぇ、と檻のすぐ後ろを歩く別の細い人間が答える。
……思う所はあるが実際に魔術を使えない以上はそう思われても仕方ないだろう。
人間にとっては俺がどんな種族かなんかよりどんな価値で売れるのかの方が大事なのだと思うが。
時には人間と言う生き物は俺たち竜と違って金と言う命より大事なもので動くと聞く。
俺もきっと金とやらに変えられるのだろう。
その先で俺がどうなるのかはわからないが……。
何にせよ碌な目に合わないだろう。
はぁ、どうしてこんな事になってしまったんだろうか。
▼△▼△▼△▼
……今日はいつもなら母さんから魔術の使い方を教わる筈だった。
まぁ、今日はと言うか毎日その繰り返しなんだけど。
実際に俺の兄弟たちは自分の意志によって顕現される現象が楽しいのか毎日自分たちから練習を始めることも多いくらいだ。
ただ、俺は少し他の兄弟と勝手が違い魔術が使えない。
言わば落ちこぼれ。出来損ない。
正確には魔術を発動する為に体内のオドを練り上げる段階で暴発してしまう。
練習するたびに怪我が増えて兄弟姉妹たちはよくこんな難しい事を一度も失敗せずにやるものだと内心思っていた。
祖父曰く暴発は発生する故に体内にオドが無いと言う訳ではないだろう、との見解だったが俺からすれば理由なんかより実際に魔術を使えないという事実の方が大事なわけで。
そんな日が何年か続いて俺はすっかり魔術の習得は諦めた。
魔術の代わりに元々生まれ備わった牙と爪があれば生きて行ける。
そう信じて。
それでも何とかモノにさせたかったのか、俺の将来を心配したのか母さんは今でも積極的に俺に声をかけて練習をさせようとする。
普段から世話にはなってるしあまり無下にするのも申し訳ないと思ってしぶしぶ練習は続けていた。でも、昨日の練習で俺の九つも下の弟が当たり前のように巨大な火球を操って遊ぶのを見てなんだか地道に頑張るのが酷く馬鹿馬鹿しく思えた。
そんな訳で今日は練習する気分になんてなれず、でも洞窟に居たら居たで自分よりデキる奴から励まされるのも癪だった。例えそれが嫌味を一切含まない純粋に俺を慮ったものだとしても、だ。
だから、半ば自棄になっていつもの練習時間より少し早い時間に外に出て、普段より遠くに散歩に行くことにした。
それが自分の今後を左右する…主に悪い意味で…判断だったとはその時はつゆ知らずに。
とどのつまり、それまでずっと洞窟で家族と暮らしていた俺は知識でしか外を知らずに、実態がどんなものであるかを本当の意味で『理解』していなかったんだろう。
唐突だが、先に祖父の事を話そう。
立派な角を持った俺の祖父(父方)。
俺の魔法以外の知識は大凡祖父譲りだ。
俺がどんな知識を持っていたのかを知って貰えたら少しは仕方なかったって思って貰える面もあるんじゃないかと思って。
まぁ、あんまり意味ないかもしれないけどね。
魔術は母さんが教えてくれたが、それ以外の勉強もあって大体の事は祖父が教えてくれた。
祖父は知識と経験が豊富で俺たち生まれたばかりの子竜に対してよくいろいろと教えている役目を担っているらしい。あんまり詳しくは聞かなかったから覚えてないけど。
因みに父さんはいつも外に狩りに行っててあんまり会う機会はない。
でも毎日ごはんは採って来てくれているから俺たち子竜の中でも評判は良く姿が見えると喜ばれる。
俺自身はあんまり話さないから接点も少ないんだけど、魔術が使えない俺に対しても特に差別する事は無く平等には接してくれていた。
まぁ、それはともかく祖父の話。
まず僕ら子竜が最初に教わるのは外の世界について。
僕たちが生きている場所は竜天獄っていう山に囲まれた場所で、囲んでいる山々はとても険しく全てに竜の眷族が住んでいるとか。
そのせいで竜種以外は山を越えて竜天獄に入ってくる事は無くて、外敵から身を守られ安全になっている。
ただ、山の外側の麓には人間が町を作っているから近づくのは危ない。
特に僕たちは竜天獄の山々を襲われることなく普通に飛んで超えていく事が出来るから行動範囲は気を付けるようにって話だった。
そして次に人間について。
人間はすぐに目先の物に囚われ欲深くて意地汚い寿命も短いのに後先を考えない底辺種族。
それでも集団での戦いは連携を取られると面倒で個としてではなく集団で一つの群として群れ動くことに秀でている。
だからくれぐれも注意するように、少なくとも人間にとって竜は金になるらしく積極的に狙われる場合は注意が必要だと。
基本的に竜を見ても逃げる人間ばかりだが、向かってくる人間は決死の覚悟で何かを守りたいか、こちらを倒す自信のある場合のみで、特に後者の場合は多くは集団で迫ってくるらしい。
他にも色々な話を聞いた。魔術以外の知識はほとんど祖父に聞いたと言っても過言ではない。
まぁ、そんな話を聞いて覚えていたはずなのに、自棄になっていた俺は散歩がてら人間を見てやろうと竜天獄の山々を超えて人間の町近くの森まで行ってしまったのだった。
多分、今思い返すとその判断の元は、自分より劣ったものを見て少しでも安心したいっていう惨めな気持からくるものだったのだろう。
▼△▼△▼△▼
山を越えて俺が森に着地すると近くで草を食んでいた鹿や木を突いていた鳥が慌てて逃げていく。
別に襲うつもりなんてないのに。
……鹿は美味しいから偶に食べる事はあるんだけども。
今はお腹は減ってないから追わないでおこう。
さてさて、空から見た感じこの森を抜けた先に人間の町があるみたいだな。
この距離なら森から抜けるくらいで見渡せば一望できるかな?
空中で静止できたら一番楽なんだけど、飛行が精いっぱいな俺にはそんな高度なことはできない。
実際、飛行と言っても飛ぶと言うより滑空に近いし。
自由に空を飛ぶには緻密なオド操作とそこそこの量のオドが必要らしい。
折角羽があるのに活かせないとは悲しいかな。
余談だが全くオドの使えない俺は下手に使おうとする兄弟より滑空は一番上手い。
もっとも将来的には兄弟たちは飛べるようになるから滑空だけできてもあんまり誇れることじゃないけど。
まぁ、空が飛べないなら仕方ないってことで、歩いて地上を進むことにする。
道中で偶に実っている木の実や果物を食べながらゆっくりと進んでいく。
真上にあった太陽が傾きかけた頃合いに少し開けた場所に出た。
鋭利な切り口の切り株が多くて、多分人間が切り倒した後なんだろう。
少し歩きつかれたっていうのもあって顎を乗せるのに丁度いい切り株を見つけて、少し休むことにした。
ポカポカと良い日差しが差し込んで体が温かくなる。
森の中だと日光はさえぎられているからね。開けた場所があるのは僥倖だ。
だからと言って安心しきってしまったのは、今思うとどうかと思うけど。
ただ、今までの俺の経験上では野生動物や魔獣は基本的に俺たちを見ると一目散に逃げていく事ばかりだった。例えそれが日向ぼっこしてたり寝てたとしてもだ。
だから俺はその時までこちらに害意を向ける存在と言うものがどんなものか知らなかったのだ。
そんな言い訳しても後の祭りだけどさ。
そして、太陽がもっと傾いたころ。
最初は何かが擦れる音、そして金属の擦れる音に気が付いた。
普段あまり聞きなれない物音が気になって、いい感じの切り株から微睡む頭を上げ音源の方へと顔を向ける。
そこには生まれて初めて見る人間が数人いて、先頭を歩く長い棒を持った奴と目が合った。
互いに一瞬硬直。……いや俺は人間よりもう少し硬直してたか。初めての経験だったし。
「気付かれた!
散開して側面と後方から同時に攻撃しろ!
後方の奴はしっぽに注意!
子供と言えども竜種だ!侮るなよ!」
瞬間、先頭の人間がそう叫ぶと後方にいた数人の人間がこちらへ向かって走り、俺の横や後ろへと走りこむ。
やや、反応は遅れたもののただならぬ雰囲気と害意から襲われるという事実には気が付き、身体を起こすととっさに尾を振る。
尾の先端に何か硬い物が当たる感触とともに人間の苦悶の声が聞こえる、が尾を振り切る事は出来なかった。つまりは止められた。
そのまま前足で地面を蹴り前面に長い棒……よく見ると先端に金属が結び付けられている……を構えた人間に向かって突撃する。
しかし、当たる直前で棒の先端をこちらへつき出し、その反動で人間は横へと跳ね避けた。
肩に鋭い痛みが走るが、我慢して後ろを振り返る。
「爆球!」
瞬間、別の人間の叫び声と共に目の前が真っ赤になり爆発する。
痛ってぇええ、よりによって魔術かよ。ちくしょう!
弟の使うより遥かにオドの込められていない、弱い魔術だがそれでも顔に当たれば痛いし目くらましになる。
そもそも、訓練でも互いに攻撃をすることのなかった状況では、魔術を当てられるという経験がなく慣れない熱さと痛みに体が竦む。
「ちゃんと効いてるぞ!
畳み掛けろ!
この感じなら生け捕りに出来る!
グラレナ!念のためもう一度魔術を待機させておけ!」
人間の声と一拍遅れて体のあちこちに痛みが走る。
溜らず吠えるが人間は怯むことなくそのまま攻撃を俺に続ける。
痛い痛い。全身のあちこちが焼けるように痛い。もうやめてくれ。
慣れない痛みに反撃する余裕がなくなり、動けずにいるとますます滅多打ちにされる。
爆発で眩んだ眼が慣れ、ようやく視覚が戻ると最初に見えたのは最初後ろにいた人間が巨大な金属の塊を俺の頭に振り下ろす所だった。
「あ」と思う間もなく一瞬で俺の意識は衝撃と共にそこで途切れた。