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アクセサリーを作ろう


 マーリカは王都の貴族区域を歩いていた。この国の王都は身分によって住み分けられている。王城のすぐ外側にある区域が貴族が住む場所、その外側の区域が貴族たちのための商業地区、さらにその外側が平民たち用の商業地区、そして最後が平民が暮らす区域だ。大抵は貴族区域、平民区域と二つの言い方しか使わない。


 それぞれに騎士団が置かれ、治安が守られている。この国の都合のいいところは、貴族区域では貴族の法が成立するが、平民区域では貴族の身分による理不尽な要求は通らない。ある意味、この場所だけが身分が関係なかった。


 貴族用の商業地区にある店は貴族向けの店ばかりなので、かなり華やかだ。この区域の店自体は貴族が出資している。だが実際に切り盛りしている者は貴族出身であったり、貴族に目をかけられ許可をもらった平民であったり様々だ。申請して国王の許可がないと入ることができないため、本当に治安はいいところだ。


 マーリカは侍女を一人連れて、ある宝飾店に入った。その宝飾店は沢山の店の並ぶ一角にあり、とても小さな店だが素敵なデザインの銀細工を作っている。


「こんにちは」


 ドアを押して中に入る。狭い店には銀細工がたくさん並んでいた。


「いらっしゃいませ……なんだ、マーリカお嬢さまか」


 店主と思われる中年の男が奥からのっそりと出てきた。大きな体で背中を丸くしている。髪もぼさぼさで髭も長い。いつもはもう少しましな格好をしているのだが、今日は作業をずっとしていたのか着ている服がヨレヨレだ。

 正直に言えば、貴族区域にいるのが不思議なくらいだ。この姿で表を歩いたら、難癖をつけられて確実に捕まる。


「やだ、山に籠っていたみたい。マーク、他の貴族に見られたら大変よ」

「ああ、気を付ける。折角、男爵様に引き立ててもらったんだ。恥をかかせるつもりはない」


 ヘールズ男爵の推薦で平民区域からこの貴族区域へとやってきた職人だ。マークは肩が凝っているのか、ごりごりと首を鳴らし、腕を回す。よく見れば顔色も悪く、目の下にはクマがある。この男はマーリカが訪れる時も作業をしていることが多いのだが、今日は特に疲れているようにも見えた。


「ずいぶん疲れているようね。無理な注文でも受けたの?」


 考えられるのは貴族のごり押しだ。僅かな時間で精巧な宝飾品を作れという人が時々いるのだ。マークはふっと笑うと視線で来客用の長椅子に座るよう促す。マーリカも遠慮なく座れば、静かに側に控えていた若い男性店員がお茶を用意する。


「違う。新作を作っていたんだ」

「新作? 新作でそんなにもくたびれてしまうの?」


 マークは肩をすくめ、一度奥に戻ってしまった。


「どうぞ」


 店員が音を立てずにカップを置く。柔らかな香りが辺りに広がった。お茶の香りに頬を緩ませると、小皿が置かれた。一口大の茶色の塊を見てマーリカは目を丸くした。


「え、ナニコレ?」

「チョコレートという物らしいですよ」


 にこりとほほ笑まれて、引きつる。チョコはこの世界にはないのだとこの間再確認したはずだ。それなのに、目の前に出てきた驚きに固まった。

 マーリカの反応をこの濃い茶色の菓子のせいだと思ったのか、店員は慌てて説明をする。


「最近、国外から入ってきた新しいお菓子のようです。見た目がこんな塊なので、知ってもらうために各店に提供されたのです」

「最近?」

「ええ。まだ噂になっていないので、やはり見た目がよくないのでしょうね」


 マーリカはまさか、と思いながら否定できない自分がいた。こんな形で「俺つえー力」が発揮されるとは思わなかったのだ。間接的過ぎて、涙が出そうになりながらマーリカは恐る恐るチョコを口に運んだ。


「…………まずい」


 チョコレートを口に入れてしまったことを後悔する。咀嚼もできず飲み込むこともできずにいると、奥からマークが戻ってきた。


「口に合わなかったら、吐き出せ」

「……それはちょっと」


 流石に毒でもないのに吐き出すのはどうかと思うのだが、マークは肩をすくめただけだった。店員にハンカチを渡すように伝えている。店員も気の毒そうな顔をしていた。飲み込もうとしても飲み込めず、マーリカは二人に見えないようにしてチョコを吐き出した。

 口直しに、お茶をごくごくと飲み干す。


「こんなまずいお菓子、初めてよ」

「そうだろうな。珍しいことは珍しいのだが、まずくて噂にもならない」

「そろそろチョコレートのまずさが噂になりそうですよ」


 店員はそんな一言を添える。マーリカは首を傾げた。


「これ、どこの商会の物?」

「ああ、確か、バークス商会だったかな?」


 バークス商会、と聞いて顔が引きつった。バークス商会はバークス侯爵家の商会なのだ。レインが婚約破棄した相手の家だ。二人はバークス家とマーリカの関係を知らないので、気にせず会話を続ける。


「この菓子がどうして売れると思ったのか疑問です」

「まったくだよなぁ。こちらとしても客に出すのはためらわれるのに、相手は侯爵家だからな。困ったものだ」


 二人は嘆息するので、マーリカはつい聞いてしまった。


「いつこの菓子をもらったの?」

「3週間ほど前かな?」


 店員がマークに確認する。マークは頷いた。


「職人たちの会合の時に説明された。あの時は参ったよ。侯爵家の使用人がいる中であの菓子を食わされたんだ。平民の俺たちは飲み込む以外の選択肢がない」

「職人たちが真っ青になって無理やり飲み込むところをあの使用人、薄い笑みを浮かべて見ていましたね」


 初めて食べた時を思い出したのか、店員が遠くを見る目になる。3週間前と聞いて、マーリカは自分の持つ力が作用していることを確信した。

 つまり、チョコレートがないと嘆いたことでチョコレートが外から入ってくることになり、アデルに自分を見返らない限り幸せになれないと言ったことで間接的ではあるが地味に不幸せになっている。


 なんという中途半端さ。

 できればそれぞれを独立させてほしかった。


「まあ、チョコレートの話はいい。これがさっきまで作っていたものだ」


 マークは気を取り直すと、奥から持ってきた銀細工をテーブルに置いた。マーリカはその銀細工を見て息を飲む。マークの作品はとても繊細で美しいのだが、今回はそれにも輪をかけて細やかで美しい。細い銀で編むように形が作られている。


「なかなかこの細さが出なくてな、苦労した」

「これ、誰かの注文?」

「いや、思いついて作っただけだ」

「手に持ってもいい?」


 許可を求めれば、マークは頷いた。マーリカは壊さないようにそっと手に持ってみる。


「これの欠点はそれなんだ」

「それって何?」

「慎重に扱わないと折れる」


 折れる、と聞いてすぐさまマーリカは手に持った銀細工をテーブルに戻した。


「確かに壊れそうよね」

「もうちょっと何か考える」


 眉間に深いしわを寄せ、マークは唸った。


「ところでお嬢さまは何か御用があったのでは?」


 会話が途切れたところで店員が尋ねた。マーリカははっとして自分の鞄から巾着袋を取り出す。マークの目の前にその巾着を置く。マークは無造作に巾着を手に取り、テーブルの上に中の物を出した。

 ざらりとした音と共に出てきたのは大量のクズ魔晶石だ。大きさは小指の爪の半分ぐらいの大きさだ。無理をお願いして、領地の職人に宝石のようにカットしてもらっている。


「これを使って平民向けの宝飾品を作りたいのよ」

「少し大きいが……クズ宝石か?」

「違うわよ。クズ魔晶石」


 クズ宝石は平民たちが買う宝飾品に使われているポピュラーなものだ。ただクズ宝石であっても宝石なのでそれなりの金額になる。


「魔晶石?!」


 驚いたように二人が声を上げた。その驚きに気分がいい。


「驚いたでしょう? わたしもずっと知らなかったのだけど、魔晶石のなりそこないらしいの。綺麗だから宝飾品に使えないかと思って」

「なるほど」


 マークは興味を持ったのか、クズ魔晶石を一つ手に取り光に透かしている。


「確かに綺麗だ」

「お嬢さまは商売でも始めるつもりですか?」


 店員も一つ手に取って色々な角度で眺めている。


「できればそうしたいなと思って。凝った意匠でなくていいのよ。髪留めとか作ってもらって、それにこれを付けてほしいの」

「なるほど。既存の形でいいということだな」

「ええ」

「何種類ぐらいいるんだ?」


 マークは次々と質問してくる。マーリカは丁寧に要望を伝えていった。


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