転生者と言えば内政チートでしょう
さて、やることは沢山ある。
自室にこもったマーリカは机に向かっていた。机に広げたのは、紙とペン。
気合を入れるために腕まくりをし、ペンを持った。
転生者が前世の記憶を活用しながら活躍するのはお約束だ。そしてこの世界は神さまお墨付きのマーリカのための世界。マーリカが願えば何でも叶うのだが、ちゃんと努力はするつもりでいた。主に、チート過ぎても人生つまらないと考えたためだ。ちょっとの幸運で自力で切り開く方が人生充実するはずだ。
ゲームの他にもネット小説も大好きで、内政モノだってかなりの量を読んでいた。毎日、新聞を隅から隅を見るかのように、スマホで更新情報を漁りまくっていた。
加奈子であった時にずっと思っていたことがある。
ネット小説のように知識チートで目を見張るほど発展させてみたいと。
幸いにして、研究心が高じて加奈子を雑学王にしていた。元々、凝り性なため、苦も無く知識はため込んでいる。
マーリカは非常に弾んだ気持ちで、思いつく内政ネタを書き出した。
砂糖、石鹸、トイレ、簿記の方法、そろばん、オセロにトランプ。その他色々。化粧水とか香水とかも定番と言えば定番だ。ハンドクリームもあった。どこかで読んだことがある。仕組みを構築してもいいかもしれない。例えば義務教育を広め、読み書きの学校や職業訓練学校とか。菓子ならば、チョコレートやアイスクリーム、ワッフルなんかもあった。
次から次へと浮かんでくる前世の記憶によるアイディア。
どんどんと書き出していくと、広げた紙一杯に文字が書かれた。
無意識に笑い声が零れてしまう。カテゴリーで分けていないから少し読みにくいが、整理した後に書き出せばいい。鼻歌を歌いながら、すでにこの世界にあるものを消していく。
「……」
消してみて、手が止まった。残ったものを見れば、チョコレートぐらい。アイスクリームは存在していた。
チョコレートは単純に材料が見つかっていないからなのか、マーリカはこの世界では確かに見たことがない。他の物に関しては、転生する時にそれなりに便利な暮らしと望んだため既に存在していた。
石鹸もシャンプーもリンスも好みで選べるぐらいには揃っている。ちなみに化粧品も充実していた。下手をしたら前世よりも肌には優しいかもしれない。
当然、経済もそれなりに発展しているから、簿記のような方法が確立していた。計算方法だって、掛け算や割り算もきちんとある。そもそも掛け算としての考え方は、前世でも紀元前からあったはずだ。中世ヨーロッパ風であったら既に発展していないとおかしい。
しかもここは都合のいい「箱庭」だから、仕組み自体が現代日本に近いところがある。
玩具類だって、ぬいぐるみやオセロ、トランプなど様々なものが手に入る。
マーリカも幼い頃、大きなクマもどきのぬいぐるみを買ってもらっていた。顔はテディベアに似ているが、ウサギのように耳が長く垂れていて、クマもどきではあるが。
「そうよ、食テロがあるわ!」
気を取り直して、食テロ、すなわち日本食を新しい紙に書き出した。
おにぎり、うどん、唐揚げ、てんぷら、コロッケ、串揚げ、おでん、豆腐、お餅、せんべい、タコ焼き、味噌、醤油。
眺めてみて、がっくりと肩を落とす。
「そもそも、コメも大豆もないじゃない」
そうなのだ。この世界はコメと大豆が存在しない。ベースが乙女ゲームのせいなのか、東洋で扱うようなものは存在しないのだ。材料がなければ作ることはできない。唐揚げとかも塩コショウで味を付けたらいいかもしれないが、それはすでに屋台で売っていた。
油で揚げるだけだから、誰だって思いつくだろう。味付けを変えようと思ったら、ニンニク醤油がいいのだが、醤油がない。うどん、てんぷら、タコ焼きぐらいは材料がそろいそうだが、実はすでに似たようなものが屋台に出ている。
「まずいわ、まずいわ」
余裕だと笑っていたマーリカは初めて焦りを感じた。座っていられなくなり、うろうろと落ち着きなく部屋の中を歩きまわっていると、部屋をノックされた。
「はい」
「私だ、入ってもいいかね」
「お父さま!」
いつも忙しくしている父親であるフェド・ヘールズが部屋を訪れたことに驚いて慌てて扉を開けた。ダンディーな中年のおじさんであるフェドが心配そうな顔をして立っていた。
「マーリカ、大丈夫かい?」
「ええ。わたしは変わらず元気です」
フェドの心配がよくわからずそう答えれば、彼は苦笑した。
「いや、君がバークス侯爵令嬢に喧嘩を売ったと聞いてね」
「ああ。そちらでしたか。大丈夫ですよ。昨日のうちに、侯爵令嬢に対して賠償金額を積み上げてきましたから」
今はその内容をレインの方で調整しているはずだ。彼には沢山の頼る人がいる。多少借金が残るかもしれないが、さほどひどいことにはならないはずだ。
「レイン殿下は……我が家では不満を持っているのではないのか?」
どうやらフェドの心配はヘールズ男爵家に入ることになったレインを気にしていたようだ。マーリカは表情を緩めて、にこりと笑った。
「レイン様はたとえ平民であってもわたしと一緒にいたいと言ってもらっています」
「ほう、そうなのか」
「ええ。ですから、心配はいりません。それに」
マーリカはフェドの顔を下から見上げた。フェドの瞳には娘を案じる優しい色が溢れている。娘思いの父親がマーリカは大好きだ。
「レイン様にもお父さまにも不自由はかけませんわ」
「頼もしいね。マーリカがそう自信を持って言えるのなら何もいう事はない」
優しい手つきでフェドがマーリカの頭を撫でた。母親が死んでからずっとこうして撫でてくれている頼りになる大きな手だ。マーリカを守ってくれている手でもある。
「お父さま、お出かけですか?」
「そうだった。これから領地に戻るので、しばらく留守にする」
「何か問題が起きたのですか?」
突然の予定に驚いてしまった。フェドはため息をついた。
「魔晶石を掘っていたら、色々な不純物が出てきてね。沢山あるので、これからどうするか決めないといけないんだ」
「不純物?」
首を傾げれば、フェドは上着の内ポケットの中から布袋を取り出した。それをマーリカの手に乗せる。マーリカは布袋から中の物を取り出した。
出てきたのは、紫色の透明感のある石。それから鮮やかな緑色の透明な石。他にも赤やピンクといった色とりどりの石が出てきた。
「先ほど受け取ったものだ。綺麗だろう」
「本当に綺麗。見たことがないわ」
「綺麗なんだが、これが沢山ありすぎて、採掘が遅れているんだ」
採掘が遅れる、ということは供給が遅くなるということだ。魔晶石は加工すると5年ほどエネルギー源として使えるのだが、半永久的に使えるわけではないので常に一定の量を生産する必要がある。生産量は国で定められており、流通も輸出も国が調整している。
「宝石?」
「鑑定してもらったところ、魔晶石とならなかった石だそうだ。綺麗であっても、宝石のような価値はないらしい」
「これ、もらってもいいですか?」
「もちろん」
フェドはその後、いくつかマーリカに注意をしてから領地へと出かけた。一人、屋敷に残されたマーリカは先ほどもらった石を机の上に並べた。色とりどりで、キラキラしている。
指で転がしながら遊ばせる。
「綺麗よね」
大きさもかなりあるし、なんといっても我が領地にしたらただのクズ石だ。
しばらくそれらをじっと眺めていたが、突然ひらめいた。
「ふふふふ、いいじゃない!」
女の子が好きそうな綺麗な石。
クズ同然で、価値のない石。
前世でもジルコニアやフェイク物は沢山あった。貴族階級の女性は身につけないかもしれないが、貴族階級の人間なんてほんの一握り。平民の女性の方がはるかに多いのだ。一番のボリュームゾーンをターゲットに、シリーズ展開してもいいし、記念になるようなデザインを起こしてもいい。
プレゼントしやすいイベントを作ってしまえば、勝手に売れる。前世で言うバレンタインやホワイトデー、クリスマスと言った恋人たちのイベント。
低価格で、手に入りやすい金額なら、買ってくれるはずだ。どこの世界でも女性はおしゃれなのだから。
マーリカは前世に散々書いた企画書を嬉々として書き始めた。